04 魔法
治療にあたっている兵士が手に持っている何か。それが、蛍光を帯びている。もう片方の手に持っていた何か……人の腕のような物が見る見るうちに消えて、倒れていた兵士の傷が癒えていく。
「魔……魔法、なのか、本当に魔法があるのか?いや、超科学というセンも……いやいや」
狼狽して少し大きな声を出してしまった。移動した方がいいだろうか?自分の五感を基準に考えるなら、この程度の声であれば半径百メートルも離れていれば聞こえないはずだ。この体になってから、聴覚よりも視力の上昇が著しい。下手に動いて見つかってしまうリスクを冒すよりじっとしていた方がいいだろう。
魔法……魔法なんだろうな。異世界なら、そりゃ魔法もあるだろう、多分。魔法の話などこっちに生まれてから聞いた事も無かったし、あまりに前世に似た世界だったものだから、異世界かもしれないなどと考える事はあっても魔法があるなんて考えもしなかった。
いや、考えもしなかったというわけではないが、現実的ではないと切り捨てたのだ。転生なぞしておいて現実的も何もあったものではないが。
普段以上の身体能力を引き出す際に感じる力の流れと脱力感。あるいはあれも魔法と関係しているのかもしれない。別人の体に、それも大人から子供の体になってしまった訳だから感覚が違うのは当たり前だと自分に言い聞かせてきたが、今となっては魔法と関連付けて考えた方が自然なように思える。異常な身体能力の高さも魔法によるものだと思えば説明がつく。
しかし蛍光に似た光が見えたのは先ほどの一回だけで、まだあちこちで治療しているのに光る様子は……いや、光っているな。意識を向けて注視すると、なにかのスイッチが入るような感覚がある。スイッチが入ると視界に色が付き、魔法が使われているあたりに光が現れる。
なるほど、魔法というものは現実に光を、可視光を発しているわけではないらしい。可視光以外の何かを発していて、それを意識の切り替え次第で知覚できる。俺の体はそういうつくりになっているようだ。
いままでこの機能に気付かなかったのは日常で魔法が使われる事が無かったからなのだろう。兵士が魔法を使う際に手に持っている掌大の金属板らしきもの。あれが無いと魔法が使えないらしい。敵国側に二十以上の光が見えるのに対し、村では二つしか光が見えない。貴重品なのだろう。俺の村には一つでもあったのかどうか。
しかしそうなると身体能力の向上と魔法の関連性に疑問が残る。おそらく俺は身体能力を向上する魔法を常用していたし、俺の村の村人もこの村の村人もそうだろう。しかし投石している村人からは光は見えない。身体能力を向上する際に道具を必要としていないのも気になる。魔法とはまた別物なのかもしれない。そもそも魔法全般が光るものなのかどうか。サンプル不足で今のところなんとも言えない。
まあ、今はあちこちに意識を分散させるべきではない。目の前の回復魔法らしきものに集中しよう。
先ほどの兵士がもう片方の手に持っていたもの。あれはやはり人の腕だったらしい。ちぎれた腕を材料として消費して、傷口から腕を再生する。繋げる、という事はできないようだ。分解して再構築しているように見える。材料は本人のものでなくてもいいようで、村人の死体からもぎとった腕や足を材料にしているのも見える。
ところどころで再生が失敗しているのも見受けられる。最初期に運び込まれ、怪我の程度の軽さからか治療を後回しにされていた者達だ。ちぎれた腕を再生するなんて事ができるのに、時間がたてば小さな傷や打撲を治す事もできなくなるらしい。
時間が経った者以外にも治療の甲斐なく死んでしまう者が居る。頭を半ばまで吹き飛ばされたが息があった者、心臓や左心臓のあたりの位置を貫かれた者。魔法が効いていない訳ではないらしく表面上傷が治るのだが、顔色悪くぐったりしていたり白目を剥いていたりして回復する様子がない。治療にあたる者が諦めその場に放置し、負傷者はそのまま動かなくなる。外傷はおおよそ癒えているものの、おそらくあれは死んでいる。あれより時間が経ってから処置された者でも問題無く再生している事から考えるに、脳と胸部は回復不能、もしくは回復までのリミットが短いのだろう。
戦闘開始からしばらく経ったが回復魔法らしきものしか使われる様子が無い。殆ど助かる見込みのないような重傷者でさえ致命的部位を破壊されない限り完全回復させてしまう回復魔法。そんないかにも高度に思える魔法を使える癖に、攻撃魔法は使えないのだろうか。
敵兵が使っていた金属板、仮に魔法カードと呼ぶ事にする。彼らの魔法はそれに依存しているように見える。現に光っている所を目で追うと全て魔法カードに行きつく。電池として必要なのか機械として必要なのかは分からないが、回復魔法にはあの魔法カードが必要らしい。あるいは、無くてもなんとかなるが何かしらのリスクがあるか、習熟が必要な所を補助具で補っているか。
攻撃魔法を使わない理由。攻撃魔法の行使をためらう理由があるか、技術や物資の都合がつかず使えないかのどちらかだろう。
前者としては、なんらかの条約で使用を禁じられているとか、技術漏洩を恐れて小規模な戦闘では投入されないとか、なにかしらのエネルギーを消費するから温存されているとか。威力が大きすぎて使いどころが難しいなんて理由も考えられる。
後者としては、前項と少し被るが消費エネルギーが割に合わないから使用許可が下りないとか、魔法カードが単機能で回復魔法用のカードしか持ち合わせがないとか、攻撃魔法を使える魔法カードの開発や量産が難しいからとか。
色々と考える事は出来るが現状では判断が難しい。前者であっても後者であっても戦局次第で攻撃魔法が投入される可能性はある。そうなれば一気に村側は不利になるだろう。
今の段階でも村側が押されている。やや高所に位置し地の利があるとはいえ、粗末な柵や木の板程度の守りではそう長くはもたないだろう。村側では後方に運ばれたにも関わらず回復が間に合わず戦闘不能になる人間が続出している。矢で負傷し後方に回復に向かう村人と、回復して前線に復帰する村人。その数の釣り合いがとれていない。もう少し減った所で敵国兵が突っ込んで近接戦に移行するだろう。柵で足止めされて敵国兵の被害は増えるだろうが、こちらの世界の人間の身体能力を考えればあんな柵は物の数秒で破壊されてしまうだろう。気休め程度のものでしかない。
近接戦に移行すれば、正規の訓練を受け装備を揃えた軍隊相手に農民と猟師と少数の帰還兵の寄せ集めが勝てる道理が無い。蹂躙が始まるだろう。
そう考えて敵国兵が突っ込んだ頃合いを見計らって、自国の兵が後方から奇襲をかける。そういう作戦なのだろう。未だに伏兵を伏せているのはその時を待っているのだと思われる。うまくいけば確かに効果的な戦法に思える。失敗すれば、防備の薄くなった村に敵兵がなだれ込み、村が壊滅する。どうなるか。
どちらにせよ今暫くは戦況は動くまい。魔法の観察に戻ろう。
回復魔法が放つ光。それを注意深く観察すると複数の細い線に分かれているのが確認できる。俺の現在の視力をもってしてもこれ程離れた場所のこれ程細い線……間近で見ても恐らく一本一本は髪の毛程の細さだろう、それを視認できる筈がない。ないが、わかる。
目で見ているというよりも感じ取っていると言った方が近いのだろう。目を遣って意識の焦点を魔法光に向けなければ分からないあたり目で追うという行為に何かしらの意味があるのだろうが、視覚で以て情報を得ていると言うには少し違和感がある。
光ではあるがずっと見ていると目に焼付くという事も無く、ゲームの演出的な光の揺らぎや変化も無い。同じライン、同じ光度、同じ色の光が魔法を使用している間ずっと放たれている。治療対象と魔法カードを繋ぐ線、魔法カードと術者が持っている治療材料を繋ぐ線だけが術者の手の揺れに連動してゆらゆら揺れているが、それ以外の魔法光には全く変化が無い。
線形、光度、色に何かしらの意味があるという事だろうか。余剰エネルギー的な副産物にしては全く変化がないのが不自然に思える。不自然に思えるのは俺の前世の記憶に因るところも大きいのだろう。プリント基板や魔法陣といった意味のある図形を前世の娯楽でさんざ目にしてきたのだから、何も感じない訳がない。あれは、意味のある図形だ。
あのパターンが回復魔法だ。あれを出せれば回復魔法が使える。そんな気がする。