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ルフの物語  作者: 水栽培
3/25

03 蛍光

「どうやって出て行ったものだろうか」


 眼下では村人がせわしなく動き回っている。粗末な馬防柵のようなものや設置型の盾のようなものをあちこちに作り、内側に小石を山と積んでいる。

 兵は皆居なくなっていた。どうやら村の中に引き込んで挟撃する算段らしく、各所に兵を伏せているようだ。

 粗末な陣地とはいえ、突破するにはそれなりに時間がかかる。少なくとも、村人を逃がさないように逃げ道を塞いで皆殺しにするのは不可能だと一目で判断できる。


 伏兵まで配さなくともまず作戦の失敗を悟って撤退するだろう。奇襲にせよ別働隊にせよ目的の達成は不可能。戦闘をする意味が無い。村の中まで攻め込んでは来るまい。

 しかしこちとら一般人。戦の知識など無い。軍人が伏兵を指示したのだから、何かそうする必要があったのかもしれない。


 そもそも、全く情報を漏らす事無く村を三つも四つも潰して進軍するなど出来はしない。いずれかの時点で情報が漏れるのは織り込み済みだろう。漏れたなら、どうするか。作戦失敗が間違いないなら損害を抑える為に撤退もあるかもしれない。しかし最善の結果で無いにしろ目的達成の目があるなら、続行もありうる。

 自国の軍人は、敵が攻撃を仕掛けてくると考えた。つまり、多少手間取ってでもここを突破すれば作戦成功の目がある……敵がそう考えると読んだという事だろう。敵の目標地点が近いのかもしれない。


 兵を伏せたのは、防衛の主体が村人である……つまり救援が間に合わず時間稼ぎをしていると誤認させる為なのではないか。普通に考えて、敵の撤退を防ぎ、村に引き入れて包囲殲滅するか捕虜を得るのが目的だろう。



 しかし例えば、自国の兵が敵に少しでも被害を与えようと、少しでも長く足止めしようと必死になっているのだとしたら、劣勢を悟って策に頼っているのだとしたら……

 もしや、村本体の防衛を村人に任せて、兵の殆どを伏兵に使わなければいけないほど、兵が足りない?


 いや、いやいやいや、それは無いだ、ろう。

 ……なぜ無いと言える。救援を見て気が緩んだか。


 そもそもだ。俺の村は人口が少ないとはいえ、それでも六十人近くは居た。それを、作戦に支障をきたさない程度の時間で制圧できる程度の戦力が、敵にはある。殺すにせよ、捕虜にするにせよ、いくら武装していない村人相手とはいえ全員を無抵抗に追い込むにはそれなりの武威が要る。数人が刃物をちらつかせた程度で震え上がる程辺境の人間は胆が小さくはない。

 敵は少人数とは考えにくい。後続の部隊だって来ているかもしれない。

 奇襲なら隠密性を考えて大人数や重装備にはしないだろうと考えたが、それが大きな間違いだったのかもしれない。情報の拡散を少し遅らせたかったという程度で、隠密性を然程重視していなかった可能性がある。

 拠点奪取の為の少数での奇襲などではなく、本格的な侵攻。敵陣地を深く侵す為に、準備時間を少しでも削る為に侵攻を気取られないように少し気を配っただけ。ばれるのは、想定の範囲内。


 駄目だ、軍事知識が足りない。何がどうなっているか判断がつかない。俺はどうすればいい。


 無事敵を撃退できるようなら、村に入って村長に庇護を求めるといい。しかし、もしこれが負け戦なら、俺はどうなる。


 負け戦になるなら、遅滞戦術をとってくれている間に逃げるべきではないか。負けを見届けてから逃げたのでは遅すぎる。

 ……自国の兵の少なさが気にかかる。なぜ、たったあれだけしか居なかったんだ?既に大半の兵を伏せていたのか?ここからは見えない、俺の村との連絡路脇の山中にも兵を伏せているのかもしれない。戦闘が始まってみればわらわらと出てくるのかもしれない。

 だが、もし、俺が確認できた程度の人数しかいないのだとしたら。

 近くの町に駐屯していた少数の兵を都合してもらっているだけなのか、あるいは複数の経路で同時に攻撃を受けていて、こちらに兵を回せる余裕が無いのか。もしかすると、近くの別の村・町どころか、別の国にまで逃げる必要があるのかもしれない。


 判断を間違えれば、死ぬ。またか。今日はこんな事ばっかりだ。




 結局、出て行くとも出て行かないとも決められぬ内に戦闘が始まった。疲労と動揺で頭が働かず、思考が堂々巡りをして時間を浪費してしまった結果だ。夜の山中を休まず駆けてまで時間を稼いだというのに、全くの無駄になってしまった。

 今からでも逃げるべきなのかもしれない。しかし敵を目にして少々吹っ切れたような、開き直ったような気持ちになってしまった。眼前に迫った敵軍というものは非常にわかりやすい死と暴力の象徴である。自分はもっと腑抜けた人間で、刃物を振り回す人間の群れなど目にしてしまえば恐怖に竦んで動けなくなるものだとばかり思っていた。しかしどうやらそれは前世の俺に限った話であって、今生の俺はそういう人間ではないらしい。

 とはいえ、好戦的というわけでもない。そもそも九歳児に何かができるはずもない。戦いに参加する気など皆無である。

 このまま闇雲に逃げても趨勢を見極めてから逃げても、生存率は然程変わらないように思える。休憩がてら可能な限り情報を集めようと考えた。胆が据わったというよりは気力が尽きて動くのが億劫になっているのだろう。


 内容は聞き取れなかったがなにかしらの言葉でのやり取りがあり、村人の投石によって戦闘が始まったらしい。手に巻き付けた紐かなにか……人によっては手ぬぐいのような物を使って石を投げているようだ。回転によって加速をつけて威力と飛距離を増しているらしい。文章でしか見た事がないが、戦国時代の印字術というものもこのようなものだったのだろうか。夜闇と篝火の為に視界が悪く高速で飛ぶ石を視認する事は叶わなかったが、着弾地点からある程度の飛距離と威力を推し量る事はできる。たかが投石とは思えない、洒落にならない威力だ。首がちぎれ飛ぶ者まで居る。

 兵士の方もやられっぱなしという訳では無い。弓を構えて斉射し、応戦している。こちらもやはり威力と射程が尋常なものではない。弓というものはここまで威力があったのか?テレビで流鏑馬を見た事はあるが、これほどの威力だとは思いもしなかった。騎馬民族の使う短弓であれば動物性の繊維を材料に使う関係で和弓より威力に優れると聞いた事はある。しかしそれにしたってここまでの威力はあるまい。まして敵が使っているのは和弓に良く似た長弓だ。それで二百メートル程先の木製の板を突き破り、三人を串刺しにするというのはどうにもおかしい。


「異世界……って事なのかね、やっぱり」


 自身の身体能力が、前世の基準で考えれば並外れて高いという事は自覚していた。周囲の人間も同様に一級の身体能力を持っている事も知っていた。そんな人間ばかり集めて辺境で農業をやらせる訳がない。おそらくこの地域ではこれが一般的な水準なのだ。だから、予感はあった。

 遠い未来か神代の過去か、でなければ異世界か。なんにせよ、前世の世界とはいろいろと常識が異なる事は確かだ。

 異世界だと言い切れないのは諸法則が前世のものと同一に思えるからだ。日常生活において、例えば火を熾したり、水で物を洗ったり。物理法則を肌で感じる機会は多々あるが、身体能力が異常である点を除けばまるで違和感が無い。人間の品種改良が為された後に第三次世界大戦でも起こって文明が中世程度まで後退したのだと言われれば、そうなのかとすんなり納得できてしまう。そのぐらいに世界が似ている。

 しかし投石や弓矢の威力を直に見た今となっては、どうにも現実感が無い。現実の人間があんな事をやってのけるというのがちょっと理解できない。前世の記憶を引き摺っている人間の想像力の限界なのだろう。異世界だとする決定的な証拠を掴んだわけでもないが、ここは異世界なのではないかという意識が強まりつつある。


 充分に敵を引き込めていないらしく、まだ伏兵が出てくる様子は無い。敵国兵も村人も負傷者と死体を後方に搬送している。医療技術の方はどの程度のものなのだろう。まあ戦場であるから包帯・添え木・塗り薬程度の応急処置しかしないだろうが、ここが未来の世界であるなら何かしらの機械でも出してくるかもしれない。村では前述の応急処置程度しか見た事が無いが、軍隊であるなら世界大戦以前の遺物ぐらい持ってきている可能性はある。


 後方に負傷者を運んだ敵国兵を注視していると、目に酷い違和感を覚えた。視界の色が、少し変わったような気がする。

 何かがおかしい。今までに感じた事の無い予感に、心がざわつく。治療に当たっている敵国兵、その手元。手に持っている何か。そこに意識が吸い寄せられる。きっと何かが起こる。



 敵国兵の手元から、蛍光が溢れた。

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