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ルフの物語  作者: 水栽培
23/25

23 開戦

 戦闘が始まってから一週間。ライスフィールド軍は順調に包囲の輪を狭め、大陸のおよそ三割を制圧したと報告を受けている。連戦連勝、ただの一度の敗北も無い。全ては順調に進んでいる。

 ただ、自軍から戦死者が出たらしい。ライスフィールド兵は全員が第一種複製体、強化人間である。海水淡水化に使用したフィルタ魔法の発展系である障壁魔法によって尋常ではない防御力を誇り、障壁が破れ傷を負ったとしても不死化魔法によってたちどころに傷が癒える不死身の軍隊。一人でも死者がでるとは思いもしなかった。敵の新兵器かなにかだろうか。


「死者が出たと聞いたが」

「ええ。二名程」

「大砲の直撃を受けても平気だったんじゃないのか?白兵戦や弓鉄砲で死ぬというのは想像がつかない」

「圧死です」

「圧死。将棋倒しにでも」

「いえ、敵が砦を破壊しました。その下敷きになり、特に重量が集中した地点に居た二人が死亡しました。他の者は重軽傷を負い、その部隊は一時的に機能停止に陥りました」

「あー……」

「劣勢に見せかけて砦の内に引き込み、我々を道連れに自軍諸共。ようするに自爆攻撃です。砦の破壊には設置型の衝撃魔法が利用されましたので自爆といっても爆発はしていませんが」

「自爆か……」

「衝撃魔法の配置は誘導した地点に居る者に最大限のダメージを与えるべく計算し尽くされたものでした。ただ自棄になって自爆しただけであれば障壁魔法を破る程の威力はなかったでしょう」


 命懸けで国を守る、か。鉄砲大砲その他攻撃魔法具がことごとく無効化され、相当追いつめられていたものと思われる。切っても突いても傷一つ付かない化け物の群れ。そんなものと戦って国を守らねばならないというのはどんな気持ちなのだろうか。砦と自分と部下達の命、その全てを犠牲にした自爆攻撃に一縷の望みを懸けたのだろう。


「蘇生は?」

「問題なく。二人とも無事に蘇生し次の作戦に参加しています」


 そうして命懸けで与えた損害も、魔法であっさりと回復されてしまう。彼らの挙げる事の出来た戦果は一部隊を一時的に機能停止させたという一点のみ。時間稼ぎは立派な戦果と言えるが、後に続かなければ意味が無い。彼らの稼いだ時間は何かを生む事ができたのか、どうか。


「砦の将兵の魂は」

「確保しています。情報固定化を施してありますので問題なく蘇生できます」


 敵兵達がどういう心境で逝ったのかはわからない。国の為故郷の為皆納得済みで死を選んだというのはあり得ない話ではない。ありえない話ではないが、強要によって上司や同僚への恨みを抱きながら死んだ兵が居る可能性も否定できない。蘇生後にそのあたりの問題が拗れなければ良いが。


「最近は落とし穴や地形を利用した罠による足止め、そこからの火責め水責めを仕掛けようとする敵が増えていますね。まっとうな戦闘では損害を与えられないという認識が浸透しているようで」

「まあ、そうなるわな。大陸統一戦争も終わったし、今まで秘密兵器を温存していたという事も無いか。そうすると、ダメージを与えられそうなのは火責め水責めぐらいしか無い」

「まあ、古くからある戦法ですが強力ですからね。鉄砲水をまともに食らえば我々も何人かは死にますから、間違った選択ではありません」

「しかし、死者は自爆攻撃の二名のみ」

「はい。我々相手に有効なレベルの火責め水責めなんてそうそう成功しませんよ。充分な成果を挙げられるような罠は準備に時間がかかりますし、それを可能とする地形が限定される。攻撃が効かないので攻めたてて追い込む事ができないわけですから、罠にかけるには誘い込むしかないわけです。情報収集と周囲への警戒を怠らなければまず引っ掛かる事はありません。砦で自爆攻撃を受けてからは敵が自軍の損害を度外視して自爆攻撃を仕掛けてくる可能性も充分に考えるようになりましたから、もう同じ手は食わないかと」

「問題は無し、と。死者といえば不死化はかけてなかったのか?鉄砲水なら肉体が細切れに流されて材料不足で蘇生不可というのはわかるんだが」

「不死化魔法は改良されず旧型のものがそのまま使われていましたので。体に刺さった瓦礫を分解して取り除き負傷箇所の治療を始めた直後、瓦礫が消えた事で支えを失った別の瓦礫が雪崩れ込み……という事が続いて魔力生成器官の負傷が癒えず、魔力切れで回復不能になりました。防御は体表の障壁頼りですから障壁が消えると結構簡単に瓦礫が刺さります。治療途中の傷口なら特に脆い」

「うわあ」

「すぐに死ねた方が楽だったと思う、との事です。死ぬ事が殆どなくなりましたから不死化魔法や治療魔法などの改良が進んでいませんでした。第二種も稼働から数年でその上保護者付きですから死ぬような事がありませんでしたし。今回の件は、不死化魔法の回復優先度と障壁魔法の仕様の組み合わせが問題でした。不死化魔法の回復優先度は、まずは魔力生成器官が動かないと魔力切れの恐れがあるので魔力生成器官を最優先で、その後で心臓、脳、血管、それが終わってからその他の臓器、骨。筋組織や皮膚などはあと回しになっていました。障壁魔法はその性質上表皮に大きな傷がある箇所には展開できません。傷が癒える前に傷口に攻撃を加えれば障壁に妨害されずダメージが通る。魔力生成器官を攻撃し続けて魔力生成を阻害すれば魔力が尽きて自動回復できなくなる。この合わせ技で今回の死者の発生と相成りました。これを受けて本島で改良が進められています」

「なるほど」


 改良か。これでますます死角がなくなるな。せっかくの弱点もすぐにこうやって解消されてしまう。俺こいつらと戦って勝つビジョンが浮かばない。


「投降は」

「増えていますね。身分と財産を全てこちらに預ける事、手土産を持ってきても地位の保証はしない、という条件を事前に伝えてありますから初期は反応が良くありませんでしたが」

「まあ、急に現れてそんな事を言われてもな。自分の今後を預けるに足ると判断できるような情報も無いし」

「ええ。充分に強さは伝わったようですし、占領地での評判も悪くは無いのでこれからはもう少し増えるかと」

「まあ死ぬよりましだしな。占領地は上手くいっているのか」

「まあ、そこそこは。我々が占領した土地に限り行き来を自由にして居ますし、魔法具と白澤の配布も開始しました。人気取りはまあまあ上手くいっていると思います」

「魔法具と白澤は時期尚早では」

「魔法具だけならそうかもしれませんが白澤は監視も兼ねていますので」


 先ほどから話に出ている白澤とは人工知性体の事だ。つい先日小世界から送られてきた。白澤と名が付いているが人面の牛ではなく猫に近い外見をしている。部分的に長毛種のように毛が伸びていて、短い角を持ち、目が体含めて九つある。そんな猫っぽい生き物。それが人工知性体白澤である。

 本来人工知性体には決まった姿が無く人の姿にもなれるのだが、教育係として普及させるにあたって小型の動物の方が良いだろうという事になった。人の姿であれば、まあその、色々とトラブルが予想されるし、何より居住スペースが圧迫される。


「いや、住人側の感情の方。こっちにとって都合がいいのはわかってるけど受け入れられるのか?虐待とかされると小世界との関係こじれそうで怖いんだけど」


 小世界乗っ取りはちょっとしたトラウマだ。あれからサニーさんに苦手意識がある。


「配布を始めた頃の住人は怯えきっていましたから、我々から預けられたものを粗末に扱う者など居ませんでしたよ。一部の頭がおかしい連中には適当に理由をつけて与えませんでしたし」

「あー……そりゃ怯えるよね」

「ええ。まあ第一種はぱっと見不死身ですし化け物に見えたでしょうね。そこに毛がふかふかで知的な猫という癒しが」

「癒しを感じたかどうかはわからんが、まあ冷たく扱うのは難しい状況だろうな」

「我慢して付き合ってみれば穏やかで世話焼きな性格で、なにより便利。そのうえ愛らしいときている。一週間でそれなりに打ち解けた家庭も結構あります」

「なるほど」

「死者蘇生も前倒しで始めました。白澤が来た事で情報漏洩防止が充分可能になりましたし」

「漏洩はやはりまずいか」

「タルフに大きな宗教はありませんが、それでも死者の命を弄ぶなどと宣伝されますとやはりマイナスです。死後自分が誰かにいいように操られるというのは宗教関係なく恐怖ですので、そこを突いてネガティブキャンペーンを敷かれると今後に悪影響が。良いイメージを持たれるようにこちらが宣伝を主導する必要がありますので情報拡散は避けたい所です」

「そうか」

「占領地の管理の為の人員は現地登用を進めています。第二種は強化人間ではありませんので不慣れな土地の管理を第二種のみでやるのは少し難しいものがありますから。現地登用した人材には白澤も付けますから反乱や不正の心配は無いでしょう。第一種や白澤の能力をフルに使えば第二種や現地住人の力が無くとも一応なんとかなりますが、住人の心証を考えれば現地登用はしておいた方が良い」

「なるほど。他になにか問題は」

「問題らしい問題は無いですね。住民間のトラブルの解決は結構苦労させられてますが」

「ほー、どんなトラブル?」

「土地の境界とか。書類や目印が凄くいいかげんなんですよ。どっちが正しいと判断するのも難しい状態でして、どういう判断を下しても必ず誰かに不満を持たれるという」

「あー……」

「まあ土地を召し上げて再分配とかしてもいいんですけどね、やはり先祖代々受け継いできた土地とかあったりするわけで、この土地代わりにあげるからでは納得が」

「……面倒臭いね」

「ええ……」


 それからもトラブルについて色々と話を聞いたが、ライスフィールドでは起きないタイプの問題がいっぱいだ。統治はおおよそ順調との事だが、おおよそ、の冠を外せるようになるのは随分先……いや、そんな日など来ないのかもしれない。

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