14 永久機関もどき
中村に大陸に渡って大工に弟子入りしてはどうかと打診したが却下された。下積みから始めて本格的に修行するとなると何年かかるかわからないからとのことだが、実際は肉体労働系の社会に入るのが怖いという部分の方が大きいようだ。建築は本を読んで、あとは遠くから観察して技術を盗んでなんとかするからと言われ諦めた。中村も俺も人があまり好きではない。体育会系のノリは特に苦手だ。中村の気持ちがよくわかるだけに無理強いはできない。
中村は日がな一日細工物を作っている。回復魔法で疲労を癒しながら延々と作り続けている。どうもこの方面に才能があったらしく木工品はパーシム王都でも滅多に見ないレベルに達し、最近は金属加工に凝りだした。強化魔法失敗作による木工品の金属化では再現できない加工が多々あり、それを習得しようとしているらしい。いくら失敗しても破片を全部集めて複製装置の材料置き場に置けば元の素材に戻せるとあって、毎日飽きずに金属をいじっている。一度外出許可を申請して大陸に渡り、金属加工関係の道具と本を集めたらしい。本は一冊しか手に入らず、それを参考にほぼ我流で腕を磨いている。大工と細工師は違う気がするが、まあ今の所住居に困ってはいないから気が済むようにやらせよう。どうせ、森本が複製体の成果共有を実現させれば今とは比べ物にならない速度で技術が上達する。魂改造・肉体改造の恩恵も得られるようになれば、独学で巨大建造物を建てることもいずれは可能になるだろう。
中村の要望もあって、まずは大陸各地で書物を求めようという提案があった。しかし十歳児が高価な専門書を買い漁る姿が各地で目撃された、となるとちょっとまずい。ドリアナに俺の情報は渡っているのだ。指名手配などもされているかもしれない。姿を変える必要がある。
で、姿を変えるとなれば魂または肉体改造、森本の研究分野になる。幻術などという便利そうな魔法はまだ覚えていない。多分存在しないのではないか。
森本の研究はまだ始まったばかりで、今すぐ変身をという訳にはいかない。当面は別の事をして時間を潰す必要がある。仕方がないので四人で佐々木を手伝う事にした。
佐々木の抱えていた課題は魔力を蓄積し、必要に応じて吐き出す仕組み。まずその魔力というものの正体がよくわからずそこから手を付けていたようだ。魔力生成器官にひとりでに入り込んだ何かを、魔力生成器官が魔力に作り替えているという事。魔力は体内至る所でエネルギー源として利用されているという事。研究成果はこの二点。いずれも魔力無限化研究の副産物である肉体情報復号化によって得られた情報だそうな。
魔力を蓄積する仕組みを作るにはまず魔力を生成する仕組みを知り、魔力の性質を知る必要がある。そういった考えから研究をしたがうまくいかず行き詰っているらしい。五人で相談した結果、データは森本に預けて今までとは別の方法を考える事になった。分析は森本の仕事。俺たちは今使える物を組み合わせて取りあえず使えるものにするのが仕事だ。
数日議論を交わし実験を行った結果、どうにか形になった。設置型魔法の基本構成要素、魔力操作。その応用で、自動的に魔力を吸い上げ魔法具に魔力を供給する仕組みが完成した。魔力供給源は人間の魔力生成器官を複数繋ぎ合わせた物を密閉されたガラス容器に入れた物、名称は発魔機である。ガラス容器を採用したのは内容物が痛むのを防ぐため。見た目が少々グロテスクである。なにしろ人の臓器であるから。
将来的には生体部品を使わずになんとかしたい所だ。まあ俺の臓器の複製であるから人道的には問題ないと思うが、生肉を機械部品に使うというのはやはり抵抗がある。
魔力操作。これは特に解説は必要ないだろう。指定された場所に指定された量魔力が溜まったら、それを魔法糸に変形させて魔法糸を組み合わせて魔法にする。設置型魔法にはそういう仕組みが組み込まれている。魔力を感知し移動させ変形させる。そういう、条件付きで起動する魔法糸がある。これが上手くイメージできず、魔法は使えても魔法具が作れないという寮生はそれなりに居た。
発魔機。魔力生成器官を複数繋ぎ合わせただけでは魔力無限化が成されていない為生産できる魔力量に限りがある。魔力無限化は魂を利用しているため、魂を持たない臓器の複製では無限化が不可能だ。それを、複製魔法の応用で解決した。
結局の所仕組みは通常の魔力無限化と同じで、情報読み取り先と情報書き込み先を同じにしただけだ。どちらも魂ではなく実体のある物質のデータを読み書きしているという点が異なる。書き込みを遮断してしまえば劣化が起こらない魂とは違い、肉体は時間とともに変化する。故に読み取りと書き込みがただ同じなだけでは疲労や劣化が進んでしまうが、読み取りから書き込みまでの間隔を変化させる事で劣化をほぼゼロにする事ができた。書き込み直後に読み取り、読み取ったデータをある程度の時間保持し、疲労や劣化で能力が落ちる頃合いに書き込む。そして書き込んだ直後に読み取れば、読み取るデータには殆ど変化が無い。こうして魂に依存しない自動回復の仕組みを実現した。
繋ぎ合わせる魔力生成器官の数×一人あたりの魔力生成量-自動回復魔法による魔力消費が発魔量となる。大型化すれば出力は上がる。
これによって無生物の自動回復が可能になり、ついでに住居の耐久性の問題も解決した。
思いがけず恐ろしいものが出来上がった。大型の発魔機は島を丸ごと宇宙に打ち上げてもおつりがくるような魔力を毎秒生み出し続ける。使っても使っても発魔量は衰える事が無い。燃料の類を供給する必要も無い。永久機関、という言葉が頭に浮かぶ。実際の所は魔力の素となる何かを消費しているので永久機関では無いのだが、何のコストも払わずに無限とも思える程のエネルギーを取り出せるのであるから、心情的には永久機関もどきぐらいの位置付けだ。こんなものを魔法を学び始めて一年半足らずで実現できてしまうなんて魔法はやはり恐ろしい。この世界は狂っている。これからもこんな劇物と共に生きてゆかねばならんのか。恐ろしい話だ。
そもそもエネルギー源はなんだ。魔力の素とはなんだ。なぜ使っても使っても湧いてくるのだ。パーシムに居た頃、魔力無限化がうまくいってしまった時も正直信じられなかった。魔力生成器官の疲労さえ除いてやれば本当に底なしに魔力を使えてしまった。空間の魔力密度なりなんなりがあって、使い過ぎれば出力が落ちると予想していたのだ。それが全く落ちない。それを知って呆然としてしまった事は昨日のように思い出せる。
何かが魔力生成器官に自ら入り込み、それが魔力に変わっている。その何かの出所はどこだ。気になる。魔力の素である何か。それはガラスも金属もすり抜けるらしく、発魔機は機嫌よく魔力を生成している。魔法が少し恐ろしくなった。
尚、魔力生成器官内の魔力密度が一定値に達すると魔力生成器官は魔力生成をやめる。余剰魔力が漏れだす事はない。人間はただ生きているだけで魔力を消費するので、発魔量が減る事はあっても魔力生成器官が停止した事は無かった。魔力生成器官内の魔力密度に応じて発魔量が減る事から予想されていた事ではあるが、発魔機単品をしばらく観察する事で予想の正しさが裏付けられた。魔力生成は停まった。回復魔法が自動発動して魔力が消費されるとすぐさま魔力生成が再開された。なんにせよ、魔力を作り過ぎて不具合が出たりしないようでなによりだ。
佐々木・中塚・三郎の三人が担当していた海水と生活排水をフィルタ魔法で真水に変え水場に供給する仕事は、ひとまず完了した。上水道の整備はまだだが、下水道と浄水設備、及び浄水設備で除去された廃棄物を食料樹の材料置き場地下に移動させる装置は整えられている。人口が増えれば大幅な改修が必要になるだろうが、今のところは完了と言って良い。
さて、佐々木と中塚と三郎もフリーになった。この七人で何をしたものか。