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ルフの物語  作者: 水栽培
13/25

13 魂の改造

 以前、複製体作りに失敗して魂の無い肉体を作った事がある。魂の無い体はぴくりとも動かず、声をかけても突いても何の反応も見せなかった。何かが欠けていると、俺ならずとも誰でも思うような明らかな異常があった。魂はただの情報蓄積器官ではなく、生物の活動に必要な何かを担当している。そう思わせる何かがあった。


 島に移住してから三ヶ月。暫定的生体コンピュータ森本が誕生した。改造魂殻一号を搭載している。


 魂が生物の活動に必要な何かを担当している、もしくは補佐しているという予想が当たった。思考か気力か人格か、活動に必要な何かを肉体が魂から読み取ろうとして、空白データを読み取ってあのような状態になってしまっていたのではないかと考えた。そのおかげで三ヶ月で済んだ。ヤマが外れていれば一年ですんだかどうか。

 ヤマ勘に頼って研究を進めた結果、魂の中に、記憶データの一種と計算能力を補う仕組みが組み込まれている事がわかった。活動不能に陥るくらいであるから他にも常時必要とするような重要な機能を魂に頼っているのだろうが、そちらまで研究しているような余裕が無かった。ひとまず魂殻改造によるパソコン製造に役立ちそうな記憶と計算に焦点を絞って研究した。


 その結果が森本である。トライアンドエラーの過程で実験の被験者となった三島が悲惨な姿を晒すというトラブルが度々あったが、どうにか形になった。具体的な研究内容は特に書くような事もない。記憶と計算に関係する領域を拡張できないかと試したり、拡張に成功して空いたスペースに計算機能をコピペして計算能力を上げられないか試したり、失敗して三島が残像が見えるレベルで振動したり、そんな毎日だった。データを集めて仮説を立てて実験をしてデータを集めて、を地道に繰り返して計算と記憶に異常に優れた魂殻モデルを完成させ、その改造魂殻によって森本が生み出された。苦労した。俺も、三島も。

 特に、魂殻をいくら改造しても魂核に反映されないのが悩みのタネであった。魂核から送られる情報ですぐさま上書きされるのである。魂核の情報を直に書き換える手段はないかとかなりの時間を使って研究したが解決できず、魂核からの情報を一部遮断し、魂殻情報を直接書いたり消したりする手法が中村によって発見された事で一応の解決を見た。ただ、遮断と手書きという手段は既存のデータに固定する不死化に比べ一層不自然で不具合が発生する懸念が強く、全員に即時適用するのは躊躇われた。そこで、新しい複製体である森本の製造を佐々木が提案した。魂核が現れる前であれば魂殻は書き換え放題、魂殻の鋳型に合わせる形で魂核が魂殻を生成する。それを利用すれば魂核からの情報を一部遮断、などという事をする必要がない。あとは不具合なり不自然な部分なりがあれば、固定化がなされていないのだから人として生活するうちに無理のない形に勝手に矯正されるだろう、との考えだ。それを採用した。


 森本は計算と記憶用に魂に後付の機能が付加されている点を除き、俺と同一である。特殊な能力を持っているだけの普通の複製体だ。パソコンのような外見はしていないしキーボードも無い。

 データ入力は口頭もしくは書面で行われる。俺や他の複製体が集めた情報を統合して解析し、会議において発言する形で出力する。森本の発言を元に各々が考え行動し、行動によって得られた情報を持ち帰って森本に入力する。そうしてまた森本の意見を聞いて、次の行動の参考にする。コンピュータというより知恵袋というか参謀役というか、そういう意見を求められるポジションで、ようするにただの人間だ。生体コンピュータというのはあだ名のようなものと思えば良い。


 森本の登場によって今までに集めた情報の全記憶が可能となり、魂情報及び肉体情報の丸暗記も可能となった。しかも人間としての思考で以ってそれを解析する事が可能になったのだ。計算機能も大きく強化してあるし、後は森本に任せれば遠からず魂及び肉体の大規模な改造が可能になるだろう。研究が飛躍的に進歩するはずだ。

 俺が分裂して二ヶ月と二週間。それぞれに別の個性が生まれ始めている。俺のみならず、他の複製体達も不安がっている。部分的に常にデータを共有し、俺達は同じ人間なのだという拠り所を得たい。自分と同じ顔、同じ能力を持った人間が何を考えているかよくわからないのは怖いと国本から相談を受けた。相談者を伏せて会議の議題に挙げてみたが、俺を含む全員が同じ意見だった。やはり元が俺なのだ。三ヶ月程度ではこの臆病さと人間不信ぶりは変わらないらしい。だが、それがこれから先も続くとは限らない。俺達全員が俺達というコミュニティに属する仲間であると信じるに足る拠り所が欲しい。根本的な価値観の共有。それを実現したい。それさえ成されれば表層的な違いに怯える事無く皆心穏やかに居られる。狭い島だ。住人のストレスの軽減は重要だ。

 それを、森本によって実現する。俺達全員の魂情報を解析し、価値観に修正をいれる。魂改造技術で以て逸脱を防ぐ。その為に魂改造技術の進歩が急務だ。しばらくは森本を魂研究に集中させてやらねばならない。




 さて、今まで俺が担当していた研究は森本に引き継いだ。手が空いたが、何をすべきだろう。


 ひとまず、この二ヶ月と二週間で複製体達が挙げた成果をまとめてみよう。

 水の問題の解決。これはまだ完全には解決していない。水の生産を魔法具によって自動化する事には成功したが、魔法具を動かすには魔力が要る。魔力供給係として中塚が拘束されているのは変わらない。魔力を貯める電池のような物を発明する必要がある。ただ、中塚の負担は軽減された。中塚の他にもう一人佐々木の複製体が投入され二交代制になったのだ。記憶のリセットも解除され人間らしい生活を行えるようになった。魔力供給は片手間でできるので、魔力を供給しながら佐々木の仕事の補助として机の上でできる仕事を割り振られているらしい。


 新たに佐々木の複製体を作るにあたって、佐々木から提案があった。氏族の創設である。中塚と新規の複製体を佐々木一族に組み込みたいとの提案だ。


「中塚を私の部下として貰い受けたい。また、私の名を佐々木太郎、中塚の名を佐々木次郎と改名し、新しく生まれる複製体を佐々木三郎としたい」

「うーん……とりあえず続きを聞かせてくれ。あとそれを望む理由を詳しく明快に頼む」

「手足が欲しい、自由に使える部下が欲しいというのが理由です。今後複数人で組んで仕事をする機会が増えるはずです。命令系統を整え組織立って動けるようにしたい。そのために、帰属意識を持たせる為に共通の氏を持ちたい。序列を定める為、個人名と兄弟関係が欲しい」

「しかしそれは」

「離反はありません。私はあなたに従う。私が従えば佐々木一族もあなたに従う」

「ぬ」

「我々の悪い癖だ。自分自身の複製さえ信じる事ができない。別れれば本体とは別の価値観・願いを持ち、力を持たせればいつかは裏切り寝首を掻きにくると心配している」

「その通りだ。君個人に従う集団を作るのは危険だと考えている」

「その心配は不要です。遠からず森本が解決してくれる。価値観の乖離は森本によって矯正される。離反しようがない」

「森本はまだ不完全だ。それが可能になるかどうかもわからない。見切り発車はできない」

「では、森本がそれを可能としたその時に、氏族の創設を認めて頂きたい。それまでは中塚は中塚のままとし、新規複製体は仮に三郎と名乗らせます」

「確約はできないが、その方向でいこう。森本が価値観の調整技術を完成させてから会議を開き、そこで皆の意見を聞いて決める」

「わかりました、それでお願いします」


 氏族。なんだか話が大きくなってきた。信用できる自分の手足が欲しいというのはいかにも俺らしい考えだ。俺が複製体を作ろうと考えた時と同じだ。水担当になった時佐々木が躊躇なく中塚に二十四時間労働をさせる事を決めたのも、中塚を自分と同一視して自分の延長と捉えたからこそだ。複製体を複数製造し、複製体個人個人の未来に対する責任を感じ始める前の俺に思考パターンが良く似ている。俺は複製体達全ての責任を被る関係で少々守りに入った思考に偏りがちだ。佐々木は責任の多くを俺に預けられる関係で以前の俺の荒っぽさを残しているのだろう。


 話は変わって食料調達の問題。国本が担当。これは魂固定と強化魔法失敗作の応用による樹木の肉体情報改造で解決した。

 今この島には、梨に林檎に柿に枇杷に、キャベツ白菜人参玉ねぎ、さらには豚肉牛肉の入った実を付ける巨大な樹木が植わっている。魔術寮に居た頃に相談を受けた、クワガタのハサミを金属に変えてしまった強化魔法の応用だ。

 あの魔法は単に指定した範囲を金属情報で塗りつぶすだけの効果しかなかったが、その魔法を構成する魔法糸の内二本を除いてやればもっと複雑なデータをコピー&ペーストすることが可能な魔法に変化する。開発者が外皮の金属への置き換え以外の用途を想定していなかった為に、用途が限定された魔法になってしまっていた。魂のハサミ情報が失われてしまったクワガタを他のクワガタのハサミ情報の移植で治療するなどという事が出来たのは、強化魔法失敗作の解析によって複雑なデータのコピー&ペーストが可能になったからだ。あれで治療の幅が広がった。

 蹄鉄がどうの金属加工がどうのというレベルの話ではない。不要な魔法糸を除いたうえで更に二、三の工夫をすれば完全な複製魔法が実現する。改善案を持ちながら彼に伝えなかったのは申し訳なく思うが、複製魔法がドリアナに渡るのは避けたかったのだ。

 話を樹木の改造に戻す。まずは大きな果実を付ける樹から果実の付いた枝部分の情報をコピーし、大樹に移植。果実内部に空洞の情報を書き込み、空洞内部に食料の情報を書き込む。それでしばらく放置すれば魂情報が肉体情報を読み取って書き換わるので、魔力無限化の際に使った魂情報固定を施す。これで材料さえあれば回復魔法をかけることでいつでも食料を収穫できるようになった。食料樹と名付けた。食料の原材料は少し離れた所に設置した厠だ。回復魔法で消費するなら堆肥化させる必要もないし、衛生面での問題もない。便だけでは虫や鳥獣に食われたりした分で不足がでるかもしれないからと、痛んだ食材や魚介類を大量の塩と共に箱に入れた物を作り、それを厠とはまた別の所に設置した。時々減っていないか確認する事になっている。

 この報告を受けた時は報告者である国本以外は皆一様に嫌な顔をしたが、まあ衛生面に問題がないならと受け入れた。どこかから食材の元になる材料を仕入れなければならないし、排泄物の処理も考えなければならない。どちらも解決できるのだから多少の生理的嫌悪感は我慢しようという訳だ。今となっては誰も気にしていない。

 基本的に自分や複製体以外の肉体改造は倫理的な問題で避けているのだが、枝の先に果実の生る枝を移植するのは前世の普遍的な技術である接ぎ木と然程変わらない。例外的にこれを許可する事になった。


 次に住居。これは中村が担当した。我々には建築関係の知識が無い。柱や床の強度やら地盤やら排水やら色々考えねばならない事が多く、なかなかうまくはいかない。魔法による力技で当座の住処を確保し、建築関係の本を手に入れてからおいおい解決していこうという事になった。

 壁や柱や床の強度も防水なども非常に適当な家であるが、複製魔法によって修復が容易になる予定であるから然程問題はない。森本誕生まで家がもてば、森本が暗記した建物のデータを基に壊れた個所を複製魔法で修復できるようになる。


 複製魔法。これは山本が担当した。複製魔法は強化魔法失敗作を応用した魔法である。強化魔法失敗作は生物以外のデータを取得し、それを魂から得た肉体情報とすり替えて生物の肉体情報に直に書き込む魔法である。また、複製体を作る為の自己複製魔法を開発する際に、魂内の肉体情報を肉体の無い場所に書き込み、材料を元に肉体を複製する事に成功している。この二つと、部分回復魔法を合わせた。

 部分回復魔法をベースに改造を施す。まずは部分回復魔法の本来の工程を記述する。


 自分の体の一部を司る魂情報を引出し(A)、自分の体の一部の肉体情報に書き込む(B)。材料の不足分を指定された場所から引き出す(C)。


 Aで取得した情報を、B地点に書き込む。その際に不足する材料を取得するポイントをCで指定する。こういう構造になっている。Aを強化魔法失敗作の応用で複製したい工作物の情報に書き換える。Bを自己複製魔法で得た技術を応用して何もない空間に書き換える。そうすると、


 所定の位置に置かれた工作物の情報を引出し(A)、指定された何も無い空間に書き込む(B)。材料の不足分を指定された場所から引き出す(C)。


 となる。複製魔法はこれで完成だ。

 これは魔法具として設置され、A地点に設置した物をC地点に設置した材料を使用してB地点に複製する設備として使用されている。原材料と魔力と少々の時間、消費するのはそれだけだ。反則じみた便利さである。

 注意点はC地点の残留物。たとえば、酸化鉄から鉄だけを抜き出せばC地点には酸素が発生する。物によっては有毒ガスを発生させるものもあり、C地点に設置する原料の選定には慎重になる必要がある。金属の精錬に使用するのは基本的には禁止されている。


 佐々木はまだ自動化の課題を残している。中塚と三郎は水の生産を担当している。中村は木工技術を磨いている。三島は森本の誕生で実験の被験者としての役割を終えた。森本は俺の担当していた魂研究分野をこれから担当するので仕事がある。

 今手が空いているのは俺、国本、山本、三島の四人。この四人で何をしたものか。仕事を終えたら次何をしたらよいか考えておいてくれと頼んでおいたはずだ。まずは四人で集まって意見を聞いてみよう。

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