12 増殖
大陸から少し離れたところに無人島を見つけた。ざっと見て回った感じ、人の生活の痕跡は無い。ようやく腰を落ち着けられる。大陸に近い島を五つ程見てみたが、どれも人の生活の跡があって困っていたのだ。無人島と聞いていたが人の話などあてにならないものだ。大陸から三百キロ程離れてようやく条件の良い島が見つかった。大陸への買い出しが一日仕事になるが、まあ仕方がない。全力で空を飛べば一時間で行けない事も無いだろうが、事故が怖い。時速五十キロ以下の安全運転でいけば往復だけで半日潰れる。安全運転でも寒いわ乾燥するわ日差しがつらいわでとても快適とは言い難い。あまり頻繁に行き来しては変な噂もたつだろうからなるべく島に引き籠っていようと思う。
さて、生活をどうするか、だ。正直無計画だ。魚でも獲っていればまあどうにかなるだろうと思うが、俺は魚があまり好きではないし果物が食べたい。パンも欲しいな、主食が無いのはつらい。欲を言えば米が欲しい。大陸の南の一部地域では水稲を栽培していると聞くが、そう気軽に行ける距離では無い。当面は大陸からの買い出しと魚と島で獲れるものでなんとかするとして、どうにかして複製魔法でも完成させて豊かな食事をしたいところだ。
昔は野草でも不満は無かったというのに、パーシムでの生活が長すぎたか、少し贅沢になってしまっている。一度上がった生活水準を下げるのは容易な事ではない。贅沢な生活よりもドリアナを滅ぼすのが先決だという事を忘れぬよう自分を戒めねば。
おおよそ満足できる環境の島だが、島に水源が無いというのは痛い。あるにはあるが、人が利用できそうな色をしていない。貯めた雨水なり海水なりを魔法で濾過すれば一応なんとかなるが、もっと水道をひねるぐらいの気軽さで水を使いたい。真水を作る設備を作るところから手を付けねばならない。
とにかく、色々としなければならない事がある。一人でやっていてはどれだけ時間がかかるか知れたものではないし、その間我慢の多い生活を強いられることだろう。人手が要る。それも自分と同等かそれ以上の能力を持った、決して裏切らない人材が。
島に着いてから二週間が経ち、もう一人の俺が誕生した。自己複製魔法の完成である。
「や」
「や」
「気分はどんなもんかね」
「特にどうということもないですね」
「そうですか」
「ええ」
「自分の顔を見た感想は」
「ちょっと抜けた顔してますね」
「俺も同意見だ」
「とりあえず役割分担決めようか」
「先に名称どうにかした方が良いのでは?」
「ああ、そうだな、じゃあ俺はそのままルフで行こうと思う。そっちはどうする?」
「じゃあ佐々木で」
「OK。佐々木、役割は何が良い?」
「んー、水行きましょうか」
「じゃあそうしよう。俺はもうちょっと数増やすよ」
「解りました。じゃあ解散って事で」
「ああ」
もう一人の俺との初めての会話はこうして恙無く終わった。自分の名を佐々木にするというのは冗談でも言って緊張を緩和しようとしたのかも知れないが、今後名付けに困る事になるだろうからバリエーション豊かな日本の苗字を使うのは悪くはない、などと思い、なんら反応を返す事無くそのまま了承してしまった。
以後生産された俺のコピー達は特に冗談を言う事も無く淡々と生産されて名と役割を決めて消えて行った。複製体を作るのは初めてであるから何かしらの感慨でも湧くかと思っていたが、冗談がすべった佐々木を見たのが後をひいたのか終始ローテンションで第一次俺コピー生産は幕を閉じた。以後、俺のコピーを複製体と呼称する事とする。
初日に生産された複製体達の名は、佐々木、山本、三島、中村、国本。作業をするにあたり人手が必要になったら一応俺に申請し、自分達で増殖してもらう事になっている。七日に一回会議を開き、研究成果と作業の進み具合を報告し合う。特に報告する事がなければ不参加でも良いと伝えている。しばらくはこれで様子見だ。あまり一気に増やしても問題が発生したとき対処が難しくなる。
水作りは半日で一応の解決を見た。佐々木が早速複製体作りを申請してきたので許可したら、複製体である中塚一人にひたすら水を生産させるという方法を取った。水は毎日使うものだから早急に対処する必要がある、当座はこれでしのげとの事だ。自動化はこれから考えるらしい。水を生産している複製体の食事や睡眠はどうするのかと問えば、ごく短い間隔で回復魔法が自動でかかるようにしてあるから必要無いと答え、ただ魔法を使い続けるだけの毎日では気が狂うのではないかと聞けば、魂情報の脳の部分を固定してあるから回復魔法がかかるたびに記憶も何も全て巻き戻ると答えた。われながら恐ろしい事をする。相手が自分自身であるから遠慮も何もない。佐々木から生まれた複製体も納得して仕事をしている事だろう。複製体というものの恐ろしさを垣間見たような気がした。
複製体の製造方法。色々と試行錯誤したが、完成してしまえば然程難しいものでもなかった。回復魔法を改造して、データの書き込み先を変更したぐらいだ。最初は魂のない肉体だけが出来てしまったが、魂の複製にも成功した。魂情報もコピーしてやれば良いだけの話であった。実際には色々と……例えば魂の発生源らしきものがどうしても複製できないだとか、まあいろいろ問題にぶつかったのだが、ざっとまとめてしまえば自分の肉体情報と魂情報をコピーして動物の肉や骨から自分を作り出す、ただそれだけだ。
魂は謎が多い。素材もよくわからない。魂は魂の核ともいうべきなにかから発せられているらしいという事はわかっている。魔力無限化時に判明した。魂情報を直に上書きしても定期的に書き直される。回復魔法が読みに行く魂は出力されたものに過ぎず、情報を格納している大元が別にあるのだ。それを暫定的に魂核と呼んでいる。回復魔法で利用している方の魂は魂殻と呼ぶ事にした。
魂殻情報を魂の無い俺の複製体に書き込んでしばらくその状態を維持すると、どこからか魂核が現れる。魂核が現れれば魂殻の維持は必要ない。後は勝手に肉体の情報を読み取って正常に魂として働く。
魂核は魂殻情報があるところに自然発生的に現れるらしく、肉体がなくとも魂核は現れた。魂殻情報が消えると消滅するらしく、魂殻情報が存在しない肉体情報を反映させて消える際に一緒に消えてしまっているようだ。
扱う情報が増えてきて自前の頭と紙や木簡ではデータの蓄積も閲覧もちょっと難しくなってきている。パソコンが欲しい。しかしパソコンの作り方などわからない。
俺が複数居ても情報を共有するのが難しい。それぞれに違う経験をし、違う人間になっていく。佐々木が剣術を極めたとしても、俺は剣に関して素人のままだ。成果を共有できるようにしたい。そのために魂殻情報の解析と差分の割り出しができるようにしたい。目的とする成果物に対応した魂殻情報だけを割り出し、それを全員にコピーする。不要な情報を除去した研究成果だけを選択的にコピーする事で、複製体それぞれが思考・経験の独立性を維持したまま他人の研究成果を得る事ができる。
それを、人力でやるのは無理がある。少なくとも今の俺には無理だ。
いや、今の俺には無理だ……が、人力では無理だというのは、本当にそうだろうか?
その方面に特化した複製体を作ってそれだけに専念させればあるいは。
まあ、とりあえず俺の当面の仕事は複製体達の仕事の割り振りと、後は魂情報の研究といったところだ。しばらくは大陸の情勢など忘れて研究に励もう。その為に無人島に来たわけであるし。
ああ、そうだ。パーシムはあのあとすぐに降伏し、所領を移されたもののパーシム王家滅亡は免れたらしい。どういった政治的判断が働いてパーシム王家を残したのかはよくわからない。防衛戦での勝利がそれに少しでも役立っていれば嬉しいのだが。