11 防衛戦
敵は少なく見積もっても三千は居るらしい。王都を短期間で落とすには少ないが、この世界の人口や常備兵の少なさを考えれば充分に多い。兵は多くは無いと聞いていたが、恐らく途中で別働隊と合流でもしたのだろう。王都側は二千強。王都が前線になる事が想定されておらず、クリントに近い拠点に優先的に兵を回していたからこんなものだ。少し心もとないが、籠城戦ならどうにか戦える数だ。周囲を落とされてしまえば籠城の意味はないから、もう負けているともいえる。兵を集中していたはずの拠点が鎧袖一触に蹴散らされているのだ。それ以外の王都周辺の拠点を落とすのは大した苦労でもないだろう。ねばった所で負けは決まっている。早めに降伏を決断してくれれば良いのだが。
岩石の運搬に時間をとられ情報収集を怠ってしまった為、敵を目にするまで敵軍の装備の情報を得られなかった。
これはひどい。敵軍全てが鉄砲で武装し、大砲も二百門は持っている。味方側の士気の異様な低さはこれが原因か。確かに普通に考えて勝てるわけがない。大砲型魔法具は城壁さえ数発で砕く。それが二百門。王都が更地になる。
一体どうやってあれだけの鉄砲型・大砲型魔法具を用意したのか?あれを作れるのはクリントに一人だけ、それも魔力生成器官に持病があって生産量が少ないじいさんだったはずだ。衝撃魔法を利用した鉄砲型・大砲型魔法具が発明されてから三年と経っていない。これまでに生産したもの総て合わせてもあの数にはならないはずだ。
なんらかの方法で敵は魔法具の量産を可能にしたと考えるべきだろう。これは兵糧攻めなどせずに一息に潰してしまうつもりかもしれない。パーシムを派手に潰して見せしめとし、フィカスやミリカに帰順を促す。ありえない話ではない。これはいよいよ逃げるわけにはいかなくなった。以前とは違い、力がある。利害で結ばれた仲とはいえ、親しく付き合った知人が居る。国から給金を受け、良い生活をさせてもらった。射出魔法で飛んで逃げれば脱出は容易だが、擂り潰されるのがわかっていて見捨てて逃げるのは、流石に人としてどうか。
敵軍が攻撃を開始した。前口上は無いらしい。大砲の中から、衝撃魔法によって弾が吐き出される。街門を狙ったようだが砲身が曲がっているのか、射手の腕が悪いのか、風に流されたのか。地面に着弾して砂煙をあげただけに終わった。魔法は量産できても砲身はそうはいかなかったという事だろうか?急いで作ったために工作精度が低い物があるのかもしれない。
先手は取られたがこちらも反撃だ。街壁の上に陣取り岩を次々射出する。大砲を重点的に狙うと、砲の重さの為に鈍重であるからかよく当たる。二分で五十の岩を射出し、三十の大砲とその周辺の兵六十前後を潰した。砕けやすい岩石を高速でぶつける事で榴弾的な効果を期待したが、破片での死者が思ったより少ない。まあ榴弾とは違って内圧で四散するわけでは無いから効果範囲は狭いし、頭か胸をやられなければ回復できるのだから仕方がないか。
敵に動揺が見られる。まあそりゃそうだろう。こちらの遠距離攻撃手段はほぼ弓か石だけだったはずだ。それで大砲に対抗できるとは思うまい。その貴重な大砲が、二分で三十も破壊された。魔術寮を擁する王都を攻めるからには多少の被害は覚悟していただろうが、ここまでとは考えていなかったろう。俺の射出魔法は五キロ先に二トンの岩を飛ばすぐらいの事はできる。消費魔力量を抑える必要もない。一般兵用に作られた鉄砲や大砲では射程や威力で俺には対抗できない。一対百七十の手数での勝負なら俺に勝ち目はないが、こちらを射程内に収めている大砲は全て潰した。あとは敵の射程外から撃ちまくるだけだ。気楽なものである。懸念を挙げるなら弾が足りない事か。いざとなれば街壁なり民家なり壊して弾にすればいいから大した問題でもない。
後はこれといって山場も何もない。弾になりそうなものを街壁の上に運んでもらって、大砲や敵の多い所、あるいはわずかでも王都に近づくそぶりを見せた者を重点的に狙って淡々と発射する。敵は何もできずに数を減らしていく。途中、榴弾のように岩を着弾時に爆裂四散させる魔法構成を思いつき、数回の不発の後に成功。以後の敵兵の被害は目に見えて増えた。
これを戦いと呼んで良いものなのかどうか。まあ、敵さんも王都に着くまで鉄砲大砲を使って似たような事をしてきたのだろうし、王都にもそうするつもりだったろうから同情の必要も無いか。ひたすら撃って大砲を破壊しまくり、敵が撤退し終えるまでに敵兵を半数以下に減らす事に成功した。当然、大砲は全て破壊している。第一次王都防衛戦は終わった。これだけやれば充分だろう。とっとと逃げよう。
防衛戦の最大功労者名義で王城上空から石に括り付けた書状を投げ込んだ。ドリアナが魔法具量産技術を手に入れた今、王都を正面から叩き潰せるだけの戦力があるはずだから、早く降伏した方が良いといった内容の文だ。次は対策されて勝てないだろうから俺はさっさと逃げる、勝利に気を良くして抗戦を唱えるような馬鹿は無視しろというような事も書いた。大砲が量産された以上旧来の防衛設備はまったく無意味で、城などただのでかい的だとも書いた。これで駄目ならしょうがない。義理は果たした、俺は逃げる。
戦いはやはり恐い。圧倒的優勢であるという自分の判断に自信がもてない。もしかしたらと考えてしまう。例えば、敵を倒すのに夢中になっている間に背中を刺されるなんて、如何にもありそうな話だ。俺は目立ち過ぎた。敵は周辺拠点を攻略して回っていて、どうにもパーシムには勝ち目がない。俺を生贄に捧げて降伏後の待遇を良くしてもらおうなどと考える者が出てもおかしくは無い。ここまで目立つつもりなどまるで無かったのだが、敵のあの装備を目にしてしまっては仕方がない。俺が前に出なければ射程外から一方的に攻撃されていたのはこちらの方だ。出し惜しみしていればあっさりと王都が落ちていた事だろう。
なんにせよ、逃げるが勝ちだ。俺が逃げたという情報は漏れるだろうが、敵も大敗の後だ。それを鵜呑みにしてすぐに攻撃をしかけるという事もあるまい。降伏するための時間を稼ぐぐらいは出来ただろう。
さて、どこに逃げたものか。フィカスも情勢が怪しいし、長居はできないだろう。人脈も一から作り直しか。面倒だ。
自己複製もあと一息の所まできているし、どこか人里離れた所で研究でもするか。射出魔法があれば買い出しも苦でもないだろうし。となると、大陸の南北を隔てる山の中か、海上の島あたりか。フィカスの東は潮目が複雑で無人島がいくつかあったはずだ。そっちに行ってみるか。海賊なり身を隠している犯罪者なりの先客が居なければいいが。
敵の持ち出してきた鉄砲大砲はこの世界の技術水準を考えれば非常に反則くさいものだったりします。
まず、火薬を使用しないので硝煙も煤もでない。なので視界に影響が出ないうえ整備の手間が少ない。魔力が尽きない限り不発も無い。火縄銃ではないので天候の影響を受けず密集して使用できる。魔法の構成が完全では無いので無反動とはいきませんが、反動も非常に軽い。頑丈に作る必要が薄く、後装式を容易に実現できる。
まあ、何一つ見せ場も無く主人公の投石で蹂躙されましたが。射程が足りないならどうしようもないですね。魔力消費量が多いので継戦能力との兼ね合いで射程は常識的な範囲のものでしかありませんでした。