10 敵襲
パーシムに着いてから一年。トルソ村の戦いから数えれば一年一ヶ月程経ったある日、クリントが一戦もせず突然ドリアナに降り、即日パーシムに侵攻を始めた。攻め込んできたのは元クリント兵でも元ザボネ兵でもなく、既存のドリアナ人だけで構成された部隊。侵攻の早さを考えると、降伏宣言前にクリント国内に移動させていたのだろう。進路上にある拠点を異常なまでの早さで攻略し、一直線に王都に攻め込んできているらしい。少なくとも二日以内には、早ければ半日以内に王都に到達するとされている。
もう少し猶予があるものだと思っていた。準備が全然足りていない。魔法使いを戦場に出す上での課題であった魔力量を俺個人に限っては解決した事もあり、一人で敵部隊を壊乱させられる程度には魔法を修めている。しかし王都防衛に一度成功したぐらいでどうにかなるような状況なのか、どうか。
ザボネ侵略の際にそうしたように、複数の経路から攻撃をしかけている可能性がある。兵数自体は然程多くないと聞いているし、可能性は低くは無いと思う。その多くも無い兵に、あっさりと重要拠点を連続で抜かれているのだ。おそらく、相当な量の魔法具を投入している。三国分の魔法具を保有しているのだからまあ当然だろう。それが主力部隊であろう王都強襲部隊だけであるなら良いが、下手をすると他の方面担当の部隊も同様の装備である可能性がある。そうなれば、王都だけを防衛しても意味が無い。戦っている内に周辺拠点を全て落とされ降伏する事になるだろう。
王都攻撃がどの程度本気なのか。正面から馬鹿正直にぶつかるだろうか?パーシム王都の堅さを知らない訳でもないはずだ。王都は魔術寮を擁している。大量の魔法具と魔法使いを保有している。力押しでは他の拠点と同じようにはいかない。同盟国クリントを調略しておいて、それがわからないという事はあるまい。王都強襲を担当する部隊はおとりなのかもしれない。重要拠点を力押しで潰して王都に一直線に向かっているとなれば目が釘付けになる。守りを固めた所を周囲を囲んで兵糧攻めでもする気なのではないか。
王都を正面から攻めるとなればドリアナ側の消耗もそれなりのものになる。無事王都を落としたとして、その破壊した王都を修理して治めるのは他でもないドリアナである。勝ちの目が無くなった事を知らしめて降伏させる。それが出来るならその方が良い。兵も都市も損なわずに済む。
なんにせよ、パーシムはおそらく積みだ。ここまで戦力が開いているとは思わなかった。下手をすると、強襲部隊だけで王都を落としてしまえる程力を付けているのかもしれない。あまりに短時間で拠点を攻略されてしまって力の底を計りかねている。
もう少しでも時間があれば多少変わった結果にできたかもしれない。自己複製魔法さえ完成していれば、あるいは。まあ、不死化が間に合っただけで良しとしよう。長く暮らした国でもあるし、また何もせずに逃げるのは嫌だ。王都を防衛して降伏を見届けてからでも今の手持ちの魔法ならなんとか逃げられるだろう。武力制圧されて王の首級を挙げられるよりは降伏の方が良い。見知った人間が死ぬ確率が減る。王から降伏を申し入れるか、降伏勧告の使者が来るか。それまで王都をもたせなければならない。
不死化。文字通り、魔法によって不死になった。とはいえ、まだ改良点も多い。痛覚は普通にあるので負傷すれば痛みでまともに思考できなくなり、そうなれば複雑な魔法が使えなくなる。痛みに慣れるよう武術を齧っては見たが、骨折レベルの痛みになるとちょっとどうしようもない。すぐさま回復魔法が自動発動するので単発の攻撃を食らっただけならどうにかなるが、囲まれて休みなく攻撃を受ければなすがままになってしまう。捕えられて継続的に痛みを与えられればどうしようもない。あとはなんらかの手段で俺の魔力を断つか設置型魔法を消してしまえば俺は死ぬ。
これで自分の身を敵の面前に晒して戦うのは正直怖い。怖いが、少しぐらいは意地を見せねばならない。こちらの弱点を悟られる前に叩き潰して逃げてしまえば良いのだ。勝算は低くは無い。
不死化の仕組みはそう難しいものでもない。多少改造した回復魔法を条件付きで自動発動するようにしただけだ。あとは、最近完成させた肉体情報と魂情報の差異を監視する常駐型設置魔法がカギとなる。魂情報と肉体情報に著しい差異が生じた場合、即座に脳と心臓を含む全身に回復魔法をかける。その際欠損部の材料は魔力を伸ばせる範囲全体から引っ張り込む。基本、回復魔法は魂の影響下に無い物質しか材料として分解できないので、誤作動で周囲の生物を分解してしまうおそれは無い。常時監視魔法が作動し、ちぎれた肉体を回収できるよう魔力を広範囲に広げる為に魔力消費が大きいが、回復魔法自動発動時に魔力生成器官も自動回復する為然程問題は無い。
さて、攻撃に使用する魔法だ。
最も使い勝手が良く構造が単純なのが射出魔法だ。魔法をかけた物を指定した方向に移動させる魔法である。極めてシンプルな魔法だがどういうわけか発明されておらず、無駄な魔法糸として既存魔法の中に紛れ込んでいた。
単一の魔法糸のみで構成される魔法は普通の魔法使いには難しいものらしい。複雑な魔法をなんとなくで完成させてしまう癖に、無駄のないシンプルな魔法を作ろうとすると無意味な魔法糸をごってりと付けてしまってバランス調整に失敗してしまうようだ。似たような魔法はあったが、接触面に衝撃を与える仕組みで使い勝手が悪い。
俺の射出魔法は衝撃を与える魔法とは異なり、物の重心を指定して魔法をかける事でエネルギーの無駄なく物を射出する事ができる。軽石を飛ばそうとして破砕してしまう既存の射出……いや衝撃魔法とは大違いだ。籠められた魔力を最大限活かして目標にぶつける事が出来る。射出魔法は等速直線運動に近い形で飛ぶ。初速を与えて終わりの衝撃魔法に対し、射出魔法はロケットのように追加でエネルギーを受けながら飛ぶ。籠められた魔力を徐々に消費しながら設定された速度で前進し続ける性質を持っている。欠点としては、指定された方向にエネルギーを加え続けるだけの魔法であるから、側面から力を加えられれば簡単に軌道がずれてしまう点が挙げられる。飛ばした後から遠隔制御で軌道を変えられる射出魔法や、指定された目標地点に向かって自分で軌道修正しながら飛ぶ射出魔法は未だ実現していない。
重力や抗力によって軌道が下方向にずれる問題は、進行方向とは別に下方向への力と拮抗する程度に調整した上方向の射出魔法をかける事で解決した。無風状態に限れば、この二重がけでほぼ完全な直線軌道の射撃が可能になった。これによって射程が抜群に伸びた。
攻撃魔法は他にもいくらかあるが、正直これ以外は今の俺ではまともに使えない。回復魔法の応用で生物の分解が可能ではあるが、やや射程が短く実用的ではない。俺は近接戦などしたくない。
近接戦などする気がないし、戦闘時に複雑な魔法を使うのは余程使い慣れている魔法を除けば不可能に近い。近接戦闘で役に立つ魔法と複雑な魔法はこれで除外される。残るのは、単純な遠距離攻撃魔法。つまり射出魔法というわけである。遠くから無制限の魔力にものを言わせて撃ちまくるだけでもまあ大体何とかなるだろう。
魔法具化に成功した攻撃魔法がいくつかあるからそれの慣らし運転もしておこう。魔法具化してしまえば複雑も何もない。パニックになろうが魔力さえ注げれば魔法は出る。
防衛にあたる兵に新魔法を籠めた魔法具を配布すべきかどうか。
どうせ脱出するのだから色んな種類の魔法具を作れる事がばれるのは構わない。しかしパーシムはまもなくドリアナの一部になるわけで、新魔法を伝える事はドリアナの強化に繋がってしまう。やめておくべきだろうな。しかし何もしないと死人が出た時後悔しそうだしなあ。既存魔法の魔法具だけでも配っておくかな。
防衛に参加する事を伝え、持ち場に大量の岩を持ち込むことを認めさせた。岩を運ぶ方法は魔法具化が難航してまだ申請していなかった新魔法で行うと伝えてある。実績があればこういう尻に火が付いたような状況ならある程度の無理が通る。生産できる魔法具の種類も量も、目立ちすぎないように加減して尚俺がパーシム一だ。妬み嫉みから身を守る為他の成績優秀者の魔法研究のサポートを引き受けて人脈を作ってある。それも効いている。
岩は射出魔法で運ぶ。方向も移動距離も速度も、魔法具化せずに自力で使う分にはいくらでも微調整が効く。高速で目標にぶつけるだけが能の魔法では無い。応用範囲が広いお気に入りの魔法だ。石切り場に射出魔法で移動し、許可を貰って射出魔法で岩盤を砕き、手ごろな岩を可能な限り引き連れて王都に戻る。複数制御に難があり数回往復する事になったが、まあうまくいった。自分自身を射出魔法で飛ばすのは初めての経験だったが、空を飛ぶのは想像以上に怖かった。泣き言を言っている場合ではないから我慢したが、もうあまりやりたくはない。
準備に追われている内に第一報から約半日が経ち、敵軍が姿を見せた。戦闘が始まる。俺は今日、人を殺すのだ。俺達を殺しにやってきた連中を殺す。特に感じるものはない。