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ルフの物語  作者: 水栽培
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01 死別

 前世での自分の最期がどういうものであったかは覚えていない。自殺では無かったのではないか、とは思うが、それすら判然としない。記憶も穴だらけで、自分がどういう性格をしていたのかも、家族構成さえ完全には思い出す事ができない。


 それでも。これ程曖昧な記憶でも、今生に影響を与えるには充分な力があった。



 自分は、異物である。



 結局、今生での肉親と別れるまでに自分がこの世界の一員であるという帰属意識を得ることは叶わなかった。


 親兄弟は俺を愛してくれたというのに、俺には、せいぜいが遠い親戚に対する親愛の情程度のものしか抱く事ができなかった。


 前世の記憶は毒である。人生を、家族との絆を破壊してしまう猛毒だ。


 転生を管理する神の如き存在がもし在るのだとしたら、転生の際の記憶消去は神の愛なのだろう。偶然か、必然か。今生における俺はその愛を受ける事ができなかったらしい。




 家族の遺体を前にそんな事を考えていた。


 家族が死んだというのに、そんな事に意識を割く心の余裕があった。家族の死そのものよりも、それに然程動揺もしない自分の心に俺はより強く動揺させられていたのだ。


 その事実に気付いた時には酷い自己嫌悪に襲われた。しかし自己を嫌悪する事で心を守ろうという自身の浅ましさを許す事ができず、半ば無理矢理に意識を切り替えた。



 動揺している場合ではない。死んだのは俺の家族だけでは無いのだ。この状況は非常にまずい。逃げねばならない。

 これはちょっとした殺人事件とか、そういったレベルのものではない。村全体が静かすぎる。村人の死体が確認できただけで八体、道に打ち捨てられている。

 そのうち三体は俺の家族だ。父も、母も、兄も、ピクリとも動かない。まず死んでいるだろう。俺の家族は俺以外全滅している。残りの村人は恐らく広場だろう。静けさから考えるに、既に処理は終わっている。


 虐殺が起きたと、予想される。国境に近い村だ。充分予想できた事である。

 確認できた遺体の中には見目良い女性の姿もあったが、尊厳を汚されたような形跡はなかった。後頭部を切りつけた後、後ろから脇腹を突き刺したようだ。引き摺った跡もなくそのまま捨て置かれている。

 賊の可能性も考えないでもなかったが、妙齢の女性を躊躇なく殺し、その場に打ち捨て、さらには家を荒らした様子も見られないのだからその可能性は低いだろう。


 駐屯兵も居ない。村人が時間をかけて嬲り者にされた可能性は低そうだ。恐らく、手早く始末されている。

 駐屯兵もいないという事は、人員に余程余裕が無いか、この村を拠点として維持する必要が無いかのどちらかなのだろう。どちらにせよ、目的はこの村ではない。


 こことは別のどこかが攻撃を受けている。判断を誤り、避難先をそこに定めてしまえば俺の命は無い。


 まずい。非常に、まずい。


 俺は社会情勢をよく知らないのだ。なにしろわずか九歳の幼児であるから、そういう情報は口を開けて待っているだけでは入ってこない。家族に嫌われる事を恐れ知能の高さをアピールする事を極力避けていたものだから、そういう情報を得る機会が無かった。


 隣国がどういう目的で攻め込んできたのかが解らない。どこを目指しているのか、どこを経由していくのか、何もかもが解らない。

 解るのは、情報の拡散を避けているという事と、侵攻を急いでいる事の二点だけだ。奇襲なのだろう。情報が漏れないように村人を残らず殺し、急いでいたために村人を嬲ることもせず略奪すらもせず、人を残さず出立したと見える。


 ……いや待て、情報の拡散を避けているなら人が全く居ないというのはおかしい。少なくとも主要な道は監視され、村に近づく人間は殺されるはずだ。居ないように見えるだけで、ここには少数の兵が残っていると考えるのが妥当だろう。


「なら、ここも早く離れた方がいいか。」


 村でも数人しか知る者のない裏道とはいえ、見つからないとは限らない。そう考え、隣村への近道という名の草深い山道を引き返した。

 家族の遺体に動揺してここから飛び出していたなら俺も殺されていた可能性が高い。情の薄さで命を拾ったのだと自分を責める声を努めて無視して、ひとまず隣村の様子を窺うべく道を急いだ。

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