山あり谷ありの事
私の住み着いた江戸の神田は市場の町であり、職人の町である。なので物流の要で有るここで、大抵の物は揃えられた。
飾り職人である普一さんの目当ての店も、この町にある。そこは銀や真鋳、その他の金属などを手広く扱う店で、店頭に無い品は遠方からでも取り寄せてくれるので重宝しているようだった。
何せこの時代は車も電車も自転車すらない江戸時代なのだ。庶民の移動といったら自分の足しかない。
そんな時代だからこそ、遠方の物を取り寄せてくれるこの店は貴重なのだ。
「おい、約束は・・・」
暖簾に手を掛けながら、私をじろりと見下ろし普一さんが言う。
「お、お口にフタです」
「良し」
無表情に頷く彼に続き、私も暖簾をくぐる。中に入ると途端に、ぷんっと、金臭いような独特の匂いが鼻を突いた。嗅覚を刺激された私は、物珍しくてキョロキョロと辺りに目を走らせる。
表から見るよりも店の中は以外に狭い。土間に所狭しと物が置かれているせいで余計に空間が狭く見えるのかもしれない。
地震でもきたら大変だなぁと、物が押し込められた背の高い棚を見ていると、台帳やら仕入帳やらが山積みになった向こうから、店主らしき男がはんなりと「へ~い」と挨拶をしてきた。帳面を捲る音だろうか、紙の擦れる音がする。
「いらっしゃーい。あぁ、旦那、注文の品届いてますよ――って、あれ ? 」
店主は山と積んだ帳面や書物の間から首を伸ばし愛嬌を振りまく。その時、普一さんの横にいる私に初めて気付いた。こっちを見る小さな丸い目が、キラリと煌く。何というか、私を映す目に興味津々が駄々漏れだった。
「あれあれあれ~ ? お珍しい、普一の旦那が女連れだぁ~」
「・・・・・・・」
「・・・・(性別は女は女ですが、まだ特別な関係ではないです。まだ。まだ ! )」
私は口を利いてはいけないと言う約束があるので挨拶を目礼で済ませた。
「何です~とうとう嫁さん貰うんで ? 」
「違う」
店主は身を乗り出し、ニヤニヤ笑い。普一さんは・・・・機嫌が悪そうだ。声が地面を這いつつある。
そんな様子に、私は気が気じゃない。心の中で「店主 ! 空気読め ! 貴様、地獄を見たいのかっ」と、何度も突っ込んだ。
だけど、悲しいかな私の心のシャウトは届かない。
「いやぁ ! こりゃ、とんでもねぇ器量よしだ ! 旦那、何処から、攫って来なすった ! 」
「・・・・・・」
普一さんは返事をするのが面倒らしく、そのまま無視した。いつもの事なのか、慣れた様子だ。
ガン無視の客、喋り続ける店主の図。
何と無く彼が重宝しているこの店の欠点が分かった。店主の口数の多さだ。下手に相手をすると、帰りが夜中になりかねない。
もしかすると、私を連れて来るのを嫌がったのは、この店主のせいかもしれない。
私は取り合えず、普一さんに言われたとおり大人しくしている事にした。・・・・巻き込まれたら嫌だし。
「主、そんな事より品を見せてくれ」
焦れた普一さんが店主を急かす。とっとと用事を済ませて帰りたいのが良く分かった。
「はいよ。何だい、何だい ! 照れてんのかい ! 」
「・・・・・・」
店主はニヤニヤしながら後ろの衝立の陰に手を突っ込んで、小さい小箱を取り出すと普一さんに手渡す。受け取った普一さんは、木の箱を開けると中身を検めた。
「どうだい ? 今度のも良い色の珊瑚だろ ? 」
「・・・・ああ、良いな。それと、これより上物の銀をくれ」
端に積まれた何かの塊を覗き込んで言う。私も後ろから一緒に覗き込んでみたけれど、それはただの石にしか見えなかった。ごつごつしたどこの河原にでもありそうな石の塊。
どうも思っていたのと違う。私はもっとキラキラしいのがいっぱい有ると思っていたのだ。金やら、銀やら。ザックザックで。
・・・・なのに、目の前には黒っぽい石ばっかり。ちょっと、つまらない。かなりつまらない。
でも、私とは反対にテンションを上げている人物が居た。
「こりぁまいど ! お互い商売繁盛ってところで目出度いね。でも、これ以上の品はかなり値が張っちまうよ ? 」
「かまわねぇ」
「太っ腹だね ! 良かった良かった。・・・・・そう言えば、旦那は毎年この季節になると珊瑚を注文してくれるよね ? 」
「ああ」
店主は一層ニヤニヤ。普一さんは一層・・・・いらいら ?
「もしかして、この御新造さんに送ってたのかい ? 」
「・・・・・・・・・」
「だんなも隅に置けないねぇ~!そんな、瓦より硬そうな顔してねぇ~、へぇぇぇ ? ふうぅぅぅぅん ? 」
「・・・・・・・・」
「そんなテレなさんなって、連れて歩いているって事は、アレしてコレしたって事だろ。めでたいねぇ~ ! 長年の思いが叶ったってことだ ! 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・めんどくせぇ・・・」
一人で話しを進めていく店主に普一さんの口から、ぼそっと本音が漏れた。
その呟きが耳に入らなかった店主は、めでたいめでたい、今後ともご贔屓に。孫の代までご贔屓に~などと、好き勝手言っている。
一方、陽気に商売っけを出す主を完全に無視する事にした普一さん。鉱物の入った箱を覗き込むと、黙々と石の塊を選り分ける作業に入った。
ブンブンブンブンッ !
その後ろで私はずっと頭を横に振っていた。
(違うよー、違いますからー ! 珊瑚だなんて貰ってないしー、アレでコレって何さ ! って言うか普一さんっ ! 面倒臭がってないで、否定する所はちゃんと否定してよっ ! 期待するぞ、コラッ ! )
それから私達は店主をひたすら無視する事で、買い物を早めに終わらせる事ができた。
つーか、私は最初から話しをすることを禁じられていたわけだが、今思うと、それで良かったと思う。空気を読まない店主の埋めた地雷を、踏まないで済んだのだから。
「又の御贔屓にぃ~~」
愛想良く店から送り出されたのち、長屋に向かって黙々と歩く。
その時、私の胸の奥には一度落ち着いていたあのザワめきが、また生まれていた。認めるのは辛いが、これは嫉妬だろうか。
(毎年って事は、長い付き合いの人だよね ? ・・・・・・・じゃあやっぱり、雪乃さん ? 二人は幼馴染だって食事会の時に聞いたし)
我慢できなくなった私は、前を歩く普一さんの隣に並ぶ。そして恐る恐る聞いてみた。
「あ、あのう、普一さん。その珊瑚は簪にするんですか ? 」
「ああ、そうだ」
「じゃぁ、発注された仕事ですね」
「いや、私用だ」
「あ、あぁ、そうなんですかー」
珊瑚の簪を毎年贈られるような女の人・・・・誰だろう ?
少なくとも私じゃない。
一度は登り切った絶壁を、また転がり落ちた。
主人公である居候が、殆ど口をきいていません。おかげで、すごく早く終わっちゃった・・・・
動作とか風景の描写なんて難しい事出来ないし。どうしたもんだろ。




