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ゆっくり帰りたいの事

 艶々とした立派な床柱のある座敷で、会食は和やかに進んでいた。

 目の前に並べられた料理は、どれも上品に盛り付けられ私の目を楽しませてくれたが、味の方はいまいち良く分からない。実は隣の会話が気になって味わうどころじゃないのである。

 私は箸を動かしながら、耳をダンボにさせていた。


「でな普一、美佐子の次の法要は、ちゃんと来られるのだろうな ? 」

「いや、分からん。仕事が立て込むかもしれん」

 

 普一さんは「法要なんて、形だけのものだろう」なんて言いつつ、箸を止めない。その口調は、どこか他人事のようだ。

 それを見咎めた善堂先生は、重い溜め息。


「はぁぁ、まったくお前は・・・・。仕事、仕事と・・・そればかり。母の法要にも来られんとは」

「そうよ ? 普一さん。たまには駿河台のお家にも帰ってきてくれないと美佐子様が寂しがるわ」

「はははっ、寂しがっているのは雪乃、お前だろう?『普一さんは何をしているかしら』、などと良く口にしている」

「えっ、そんなこと有りませんわ」


 雪乃さんが白く肉の薄い頬を赤らめた。


「先生、おからかいにならないで下さいまし」

「はははははっ。まぁ、そんなところでだ、たまには顔を見せなさい。寂しがる者もいる」

「・・・・・・・・・分かった」


 低く素っ気無い返事に、善堂先生は普一さんと隣に座った雪乃さんを交互に見てしみじみと言う。


「まったく、二人が夫婦になってくれれば、話が早いのだがなぁ」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」


 無言の返答。

 2人の硬い表情に気付き、善堂先生が卓に置いていた手を軽く振る。

 

「あぁ、いや、すまん。今のは失言であった。許せ。許せ」


 そんな3人のやり取りを横で聞いていた私は、開いた口が塞がらなかった。おかげで里芋が転がって、卓の上に躍り出た。


(なっ、何ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!二人が、めおとぉーーーーーーーー!!!そんな話があったのかいぃぃぃーーーー!!??聞いて無いよぉ!?)

 

 衝撃の事実の前に、今の私には里芋の行方を探している余裕は何処にも無かった。


 そんなやり取りがあった後、雪乃さんは気まずげに、普一さんは通常道り鉄面無表情に、不思議な空気の中で食事が進む。

 善堂先生の他愛もないお喋りが、この場を和ませる唯一のものだった。

 当の私は内心穏やかではなく、お目当ての玉子ふわふわの味など分からないまま会食は終わってしまった。

 終わってみたら高価な玉子料理より、今朝食べた鰻の方が余程美味しいと感じた。あんなに期待していたのに、肩透かしを喰らってしまった感じだ。



 そして、駿河台の診療所に帰ると言う二人と別れ、私と普一さんは川ぞいに沿って長屋へと向かう。

 ぷらぷらと景色を見ながらそぞろ歩くのは気持ち良かった。


「あぁ、この川、綺麗な水ーー・・。泳げそう」

「・・・・・・止めてくれ」

「あはは・・・」

 

 柔らかい風が川の水面をなでて、きらきらと輝く。涼しげだ。穏やかな時間がゆっくりと流れていく。

 そのせいか少し眠くなってきた・・・・。他愛も無い会話も子守唄のよう・・・・。ぼんやりと頭に霞がかかる。


「なぁ」

「う ? 」

「親父が言った事は何でもねぇ。もう、関係ない事だ」

「関係ない ? 私と ? 」

「いや、・・・・・俺達と、だ」

「でも、お母さんの法事は、行っといた方が良いと思うんだけど」

「そっちじゃない」


 何だろうと考え、はたと思い付く。

 (・・・・もしかして、雪乃さんのこと?)


「あんたは、今までと同じで良い」


 こちらを見ずに、キッパリとした断言。言い切った彼の表情が見たかったが、それより今は「同じ」の意味を考える。


「同じ、同じ・・・・それは、家に居て良いってこと?」

「ああ」

 

 つまり、自分は雪乃さんとは恋人関係では無い、と普一さんは言っている ? だから、私が傍に居ても良いと ?

 これは私の都合の良い様に解釈してもいいの ?


「そっ、そうですか。あっ、有り難う御座いますっ。・・えぇと、そうだっ、こっ今晩は鰻が食べたいんですけど、どうでしょうかっ」

 

 何となく、どういう顔をしていいか分からなくて全然関係無い話を出して誤魔化した。でも、たぶんバレバレだ。明らかに話しの運びがおかしいし、挙動不審すぎた。けど、彼は笑ったり茶化したりはしなかった。「そうだな」と、短い肯定を返すだけだ。


「玉子ふわふわより、朝の鰻のが美味しかったですよね ! 」

「そうだな」


 結局、普一さんの表情は見えなかったけど、帰って来た声は穏やかだった。

 私は前をゆっくりと歩く広い背中を追いかけながら、ざわついていた心が凪いで、今度は不思議な高揚感に満たされていくのを感じていた。

 これは何だか嬉しいぞ。

 自然に足がステップを踏む。


「明日の朝も、鰻が良いな」

「おい、踊るなよ」


(いいえ、これはスキップです ! )



 長屋が多くある住居地区の近くまで来ると、普一さんの足が急に止まった。そして後ろに居る私を振り返る。

 

「おい、ここまで来たら一人で帰れるな」

「え ? どこかに寄っていくんですか ? 」

「あぁ、注文しておいた材料が届いたらしいから取って来る」


 きっと、簪を作るために使う材料の事だろう。

 ここから道なりに行けば甚平長屋だから、一人で帰れるけど何と無く別れ難い。もう少し、このまま歩いていたい。

 それに、簪の材料を扱う商店にも興味がある。


「邪魔しないから、付いて行っては駄目ですか ? 」

「銀やら、真鋳やらを買いに行くだけだ」

「大人しくしてます」

「今日はもう、食い物屋には行かねぇぞ」

「・・・・私、そんなに食い意地張ってませんっ」


 どの口がそんな事を言うのか・・・と、自分でも内心思ったが、あえて訂正はしなかった。普一さんの目が、若干呆れていたから。何と無く意地だ。自分で言う分には良いが、人に言われると認められない。ムカつく。そんな感じ。


「帰れ」

「やだ」


 正面から向き合い、お互い自分の意思をぶつける。

 見下ろす鋭い目と、見上げる目。私達の間にバチバチと火花が散った。


「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」


 私は精一杯睨みをきかせているつもりだった。ぎらぎらぎと。でも、恐ろしさも迫力も無かったらしく、彼は全然怯まない。通常通りのキレの有る目で私を上から威圧し続ける。

 対する私は、目を見開き続けているせいで乾いて潤んできたようだ。しぱしぱして痛い。自然に涙が滲んできた。このままではドライアイになってしまう。あれになると、とても辛いと聞いた。この時代の目薬もなんだか不安だし。

 でも、負けたくない。ドライアイになったって引きたくない。

 私は睨みつける行為を止めずに続ける。今日は絶対に一緒に帰りたいのだ。そんな気分なのだ。

 すると普一さんの視線が、すっと逸らされ、


「・・・・・・・・・・・・・・・襲われたいのか」


 と、のたまった。


 「えええぇぇぇ !!!! こんな、往来で !!!??? 」

 (この人、むっつりじゃなくて変態だったのか !!!)

 

 急いで後退り叫ぶ。その時、あれっと気付いた事があった。彼の耳の先が赤くなっているような気がしたのだ。まさか、照れている ? いや、この人に限って、そんな可愛い反応が帰って来るはずは無い。やっぱり気のせいだ。もしくは虫にでも食われたか。だいたい、今までのやり取りのどこにも照れるなんて要素は無かったし。




 その後「スケベ」「ムッツリ」に加え「ヘンタイ」が追加された悪態攻撃により、普一さんが折れた。

 しかし、店の中では口を開かないと言う約束付きの同行だった。

 でも、私は満足。だってこれで一緒に帰れるから。













家主の無口レベルがどんどん上昇中であります。

それと共に「ムッツリ」レベルも上がるようです。

居候ピンチやもしれません。



何でもない日常が書きたいのに、何でもないって難しいです。

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