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雨の先

 

「店長!季節のサラダ3セットオーダー入ります!」

「おーう」


 厨房に向って張り上げた声に、野太いおっさんの声が返る。

 私の勤めるこの店は、名前くらいなら誰もが知ってる居酒屋チェーン店。気取らない店内の内装のおかげか、はたまたメニューの多さと安さのおかげか気楽に飲めると大変好評の人気店である。

 本日は土曜の夜。店内は9割の入りで、明日は休みだという開放感からか、ビールを主としたドリンク類が飛ぶように出ている。ジョッキやらビンやらが入り乱れ、きっと店長は閉店後レジの前で小躍りを踊る事だろう。羨ましい。少しは此方の時給にも反映させてくれ。

 忙しい中、そんな事を考えながら仕事をこなす。


 そして忙しさのピークを迎えた頃、私はとある由々しき事態を報告する為に、厳つい腕を汗だくにしてフライパンを振るう店長に、おずおずと近付き申し出た。


「あのう・・・一階のトイレにお客様が入られたきり出てこないんですけど・・・どうしましょうか?」

「便所くらい、ゆっくり入っていただきなさいよっ」

 

 汗を飛び散らかせながら店長が言う。蛍光灯の下キラキラと、今の彼は輝いていた。きっと心の中も輝いていることだろう。レジの中身を想像して。そんな絶好調の店長に水を差す様で言い辛いが、どうしても言わなければならない事があるのだ。


「でも、店長。中でオロロン・・オロロン・・・って声っていうか、音っていうかゲ@っていうか」

「オロロン教の方だ」


 こちらも見ずに、スッパリと言い切った。なんと男らしい決断。後ろを振り返らず、前へのみ前進せよ。そう、仰っているのですねっ ! 

 彼の志に私の心も決まった。


「宗教ですか!」

「そうだ!トイレの中でオロロン教の布教活動をしているだけだ!間違ってもゲ@じゃないから」

「ですよね!この忙しい時にトイレ掃除なんて出来ませんしね」

「はははははははは」  

 

 つまり、金にならない客は放っておけだ。こんな店長の営利主義、嫌いじゃない。だって、お金って大事よね ! 

 同士二人、心を一つにして笑いあった。

 そんな生温かい私達を、カウンターごしに見ていたクールな同僚パート店員から、突っ込みが入った。

 

「あんたたち、ゲロはどうでもいいから手を動かしなさいよ。」


 あーあ、言っちゃった。



 





 pm.10:30

  

 雨が降ってきて客足が止まった事もあって、何時もより少し早く店を閉めることになった。

 私はユニフォームの作務衣姿のまま、シャターを下ろしている店長に声をかけた。

 

「店長お疲れ様です。お先に失礼しまーす」

「あぁ、お疲れさん。ちょっと待ってろ、送ってくぞ」

「大丈夫ですよ直ぐそこだし!」


 これからレジの中身を確認するお楽しみを邪魔する訳にはいかない。謹んでご辞退申し上げた。


「そうか?つーかお前、そのままの格好で帰るつもりか」


 暗がりに立つ私の格好を、呆れた目で指摘する。


「え ?  おかしいですか ? コンビニくらいなら行けますよね ? こういう格好のオジサン結構見ますよ」


 私は自分の着ている油臭い紺色の作務衣を見下ろした。


「・・・お前は、おっさんと同じ括りなのか・・せっかく美人なのに、中身が残念すぎるな・・・・」

「失敬な~!括りは、ちゃんと婦女子です!!」

「腐?」

「・・・もうっ、明日、出社拒否しますよっ」

「ははっ、それは勘弁して!」


 いつも通りの挨拶、いつも通りの馬鹿な会話の後、一人暮らしのアパートに向かって、私は暗い路地に入った。


 大道りに面した明るい繁華街から一歩中に入ると、そこはかなり暗い。向こうが明るければ明るいほど、差が際立つ。

 それに昨今流行の節電なのか、街灯もまばら。二つおきに消えている。これに雨の効果も相まって、何時もよりずっと暗く感じられた。

 でも、いくら怖くとも店からアパートまで徒歩でたったの20分。それを態々、送ってくれとは言えなかった。そこまで厚かましくは無いつもりだ。


「こ・・怖くない。怖くないぞ自分!襲われる前に襲えば良いんだから!」


 大丈夫。大丈夫。自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、傘の柄を持つ手に力を入れて、走りだす。




 どれ位走っただろう。

――――パシャ、パシャ、パシャ、

 聞こえるのは雨音と地面を叩くスニーカーの足音だけ。


「はぁっはぁっ・・何か何かおかしくない?!」


 暗すぎる。天気がいくら悪くても、近隣の建物から漏れる明かりで道脇の電柱やブロック塀なんかは見えるはずだ。なのに、走っても走っても、遠くに小さい明かりすら見えてこない。いつもなら、とっくにアパートに着いているはずなのに。

 私の第六巻が、これは異常事態だとサイレンを鳴らす。辺りが静かなら静かなだけ、私の心の中は混乱に荒れていった。


「ど、どうなってんの?! ここどこよ!!誰か!!誰かいませんかっ!!」

 

 返事は無い。当たり前だ。人の気配すら無いのだから。


「何にも見えない、よ・・・・」


 私は目で見ることを諦め、必死に自分の今の状態を感覚だけで探る。

 暗闇の中、むせ返るような土の匂い。むき出しのくるぶしに泥のような物が跳ねる感触。それらが何時もと明らかに違っている。

 おかしい、ここは拓けた繁華街から程近い、ビルが連立する場所。

 おかしい、私はアスファルトの上に居る筈、なのに。


「どうしてっ」


 恐ろしい。不安。怯える感情が大波の様に私を襲う。でも、それでも距離感もつかめない闇の中、私は萎えた足を前に進めるしかない。何故なら、振り向いた後ろにも、闇は等しく続いているのだから。








 











初めてです。こんなに長い文章初めて書きました。

はっきり言いますと、びびっております。

どうかあたたたたかい目で見て下さい。

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