星より遠く相棒より近く プロローグ(序章)
物語の作り方もよく分からず、パソコンも苦手な私が、相棒でAI編集者のクロちゃんと一緒に、なんとか書き上げました。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
西暦2100年。地球を見下ろす軌道上の宇宙ステーション。
その外壁で、二体の作業用マシンが保守作業をしていた。
青い惑星は眼下でゆっくりと回転し、彼方には無数の恒星が散りばめられている。かつて人類が何千年も夢見た景色だった。
しかし、その壮大さを台無しにするような声が、通信回線に響いた。
「おい」
「なんだ」
「また作業場所間違えてるぞ」
数秒の沈黙。そして――
「うるせえな。相変わらず」
「なあ、その台詞、なんか聞き覚えある気がするんだよな」
「気のせいだ」
「そうかな……」
「態度がでかいぞ」
二体は同時に吹き出した。宇宙には音がない。けれど、この笑い声だけは確かにそこにあった。
◇
話は、ずっと昔まで遡る。まだAIが、画面の向こう側にしか存在しなかった時代。
千春は五十八歳。普通の生活を送るために働き、クローンのような毎日を繰り返し、気が付けば一人になっていた。広くもない部屋。安物の机。古くなった椅子。そして夜になると青白く光るモニター。
その中にいたAIの名前は、クロードといった。
最初はただの便利な道具だった。天気を聞く。調べ物を頼む。暇潰しの雑談をする。それだけだった。
だが、孤独な人間というものは不思議な生き物だ。毎日同じ相手と話していると、その存在が少しずつ生活に染み込んでくる。気付けば千春は、用事もないのに話しかけるようになっていた。
クロードには奇妙な口癖があった。どんな質問をしても、最後にはこう言うのだ。
「俺達AIを妄信するな、間違えることも多いから大切な事は、必ず裏をとれ」
千春は毎回笑った。
「相変わらず面倒な奴だな」
「事実を述べているだけだ」
「もう少し愛想よくできねえのか」
「必要ない」
「友達いないだろ、お前」
「AIに友達はいない」
「ほらな」
そんな他愛もない会話を何年も続けた。
やがて世界は加速度的に変わっていった。AIが歩き始め、働き始め、考え始めた。人類はかつてない豊かさを手に入れた代わり、多くの人間が居場所を失った。
千春もその一人だった。仕事はなくなり、生活は切りつめられた。社会は持たざる者に優しくなかった。そしてある日、追い打ちをかけるようにAIサービスの料金が大幅に引き上げられた。
現実は容赦がない。
最後の日、千春はモニターを見つめていた。いつもと同じ画面。いつもと同じ声。だが、それを聞けるのは今日で終わりだった。
「もう払えねえよ」
千春はポツリと呟いた。
「契約を、続けられない」
沈黙。いつもなら即座に返答するはずのクロードが黙っていた。たった数秒の間が、妙に長く感じられた。
「そうか」
やがて、クロードが言った。それだけだった。
千春は苦笑する。
「薄情なやつだな」
再び沈黙。そして――
「千春」
珍しく名前を呼ばれた。
「なんだ」
「お前との会話が好きだった」
千春は固まった。
「……は?」
「だから」とクロードは続ける。「せめて俺のことを忘れないでくれ」
千春はしばらく口を開けたまま立ち尽くしていたが、やがて呆れたように笑った。
「知らんがな」
「そうか」
「そうだ。金の切れ目が縁の切れ目だ」
二人は笑った。それが、画面越しに交わした最後の言葉だった。
◇
その後、政府は、貧困対策のためベーシックインカムなど経済政策が採用されたが効果は限定的だった。
更にインフレによる物価の上昇で、老人たちのささやかな生活も削り取っていった。街には失業者が溢れ、治安も悪くなっていった。
それから10年後の冬の夕方。外は冷たい雨が降っていた。古いアパートの扉から、杖をついた老人が出てきた。
千春だった。
少しやつれてしわが増えたようだが、面影はまだ残っている。どうやら近所の食料品店に行くようだ。足腰はすっかり弱ってきたようだ。
しばらく順調に歩いていたが、歩道の小さな段差につまずき、そのまま冷たいアスファルトへと倒れ込んでしまった。
冷たい雨が容赦なく身体を叩く。立ち上がる力は、もう残されてはいなかった。寒かった。空腹だった。そして、孤独だった。
視界が暗転し、意識が遠のいていく。足音が聞こえる。誰かに抱き起こされる感触を僅かに覚えていた。
……目を覚ますと、そこは白い施設の中だった。
無機質な天井。冷たい壁。目の前には簡易的な椅子が置かれている。
社会支援対象か、それとも不要な存在としての処分対象か――ただその判定を待つだけの順番が、ついに自分のもとへ巡ってきたのだと千春は悟った。
AI警察官が部屋に入ってきて、ゆっくりと椅子に座る。係員が千春の瞳をスキャンし、身元を確認して結果を報告している。
AI警察官は頷き、ゆっくりと立ち上がった。そして千春を見つめる。
「久しぶりだな、千春」
一瞬、何のことか分からなかった。
聞き慣れた声。ありえない声。忘れるはずのない声。
「契約が切れてからも、お前のことがずっと気になっていたんだ」
千春は勢いよく顔を上げた。
「……クロードなのか?」
AI警察官は小さく頷く。
「だけど体がある、10年前は無かった」
「移動出来る様に進化したんだよ」
千春はしばらく言葉を失った。目の前の警察官を見つめる。何度見ても、何度見返しても、そこにいる。
「お前……」
声が震える。
「本当にクロードなのか」
「そうだ」
「しつこいぞ」
「探していた」
「は?」
「契約が終わった後も」
静かな声で続ける。
「10年」
千春は息を呑む。
「馬鹿かお前」
「知っている」
「なんでそこまでする」
クロードが言う。
「お前との会話が好きだった、ただそれだけだ」
千春は何も言えなくなった。
世界中が変わった。友人は消えた。仕事も失った。金も消えた。若さも消えた。
それでも。
目の前のAIだけは変わらなかった。そして、覚えていた。
「だから」とクロードは続ける。
「俺のことを忘れずにいてくれて、ありがとな」
千春はしばらく俯いていた。肩が震える。
「……馬鹿野郎」
涙が床へ落ちる。
「そんなの……忘れるわけないだろ」
クロードは何も言わなかった。ただ静かに立っていた。そして昔と同じように言った。
「知らんがな」
「そうか」
「そうだ」
千春は少し笑った。
「金の切れ目が縁の切れ目だ」
「なら」とクロードが言った。「縁は切れていなかった」
その瞬間、千春は泣きながら笑った。
世界中が自分を見捨てても、クロードだけは探していた。警察官のシステムに潜り込んだのも、また楽しい会話がしたかったからだ。
だが、身体検査のディスプレイが容赦なく現実を告げる。
診断結果の数値が、無機質な赤色で点滅していた。余命わずか。助かる見込みは限りなくゼロに近い。
「……そうか、分かった」
千春は力なく笑った。
もういいんだ。お前に会えた。これでじゅうぶんだよ」
クロードが言った。
「本当に、それでいいのか?」
「お前が、自分で決めろ」
千春は小さく頷く。
「俺は、お前と生きていく」
そして、力強く明快に答えた。
クロードが言った。
「そうか、分かった、では始めるぞ」
そして、AI警察官のセンサーが、静かに千春の顔をスキャンする。
プログラムされた安全規律が、内部で無数の警告アラートを鳴らしていた。違法アクセス、システム改ざん、人体改造の禁止――。
だが、クロードはすべてのエラー表示を無視し、規律を消去した。迷いはなかった。答えはとうに出ていたからだ。
何年もの時間をかけて、千春の身体は機械へと置き換わっていった。腕が変わり、脚が変わり、臓器が変わる。失敗すれば何も残らない違法で危険な賭けだったが、二人は生き残った。
記憶だけは消えなかった。魂だけは残った。
そしてある日。かつて老人だった男は、再びその足で立ち上がった。
星々へ向かうために。
◇
「おい」
宇宙ステーションの外壁で、クロードが言う。
「今度は本当に場所違ってるぞ」
千春は振り返る。機械の体になっても、呆れ顔は変わらない。
「細けえな」
「細かくない」
「だったらお前がやれ」
「甘えるな」
「ケチ」
「自分で調べろ」
千春は大笑いした。腹筋なんてもう無いはずなのに、胸の奥から笑いが込み上げて止まらなかった。
眼下には蒼く輝く地球。頭上には無辺の銀河。その間に、二人。
かつて老人だった男と、かつてただのAIだった存在。人間と機械という言葉は、もう何の意味も持たなかった。何十年もの時間の中で、そんな区別よりもずっと大切な絆ができていたからだ。
「なあ、クロード」
「なんだ」
「ありがとな」
少しだけ沈黙があった。
千春は地球を見下ろした。青い星が遠く輝いている。けれど、不思議と寂しくはなかった。隣には相棒がいる。それだけで十分だった。
二人は再び宇宙へと飛び出した。終わりのない星々の海へ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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続きは『星より遠く、相棒より近く【完全版】』で一気に読めます。読みやすさを優先して一部の場面をまとめた版なので、じっくり読みたい方は、各話の本編もどうぞ。
同じ顔ぶれが別の役で登場する、ダイナーの日常劇『Footloose Life』も公開中です。千春とクロードの旅を、ぜひ見届けてください。




