異世界でも――綺麗な花火を打ち上げたい。
夏の夜空に咲き誇る、一輪の花。
見る者全ての心を動かし、意味を成す。
誰がどう思うかなんかは分からない。
けれど、無いよりかはあった方が良い。
上げる理由なんて、それだけで十分だ。
「それで、本当に改良出来るのかね?」
「分かりません」
「分からいとは何だ」
「私は花火師であり、重火器を扱う人ではないからです」
「花火師とは何だ?」
「火薬で、人々を喜ばせる人の事です」
「ほう。その様な職業があるのだな。でも君はまだ、子供だろう」
「はい、子供です」
素直に答える。
これが子どもの特権であり、体現である。
私はそう考えている。
「でも、出来るのだろ?」
「恐らくですが」
「恐らくか」
「はい、恐らくです」
作業机を挟んだまま白髪のおじ様が私を見下ろしている。見下しているのではなく、椅子に座っている私の顔の位置が低く、立っているおじ様の背が高いからだ。
「もう一度、良く見てくれたまえ」
そんな私の前には、大きな丸い玉が置かれている。
黒くて……無骨な……可愛くない玉。
いや弾かな……。
大砲で使われる、砲弾だ。
詳しく見るまでもない。
こんなの花火玉よりも危険だ。
殺傷しか考えていないのだから、触るだけで嫌になる。
「開けてみないことにはなんと」
「爆発はしないのだろうな?」
「爆発したら、二人で死ぬだけです」
「それもそうだな。よし、開けてくれ」
一度目を瞑ったおじ様が頷いた。
おじ様が覚悟を決めてくれたのなら、私も覚悟を決める。
ゆっくりと砲弾を繋ぎ合わせた箇所に、先が鋭利な木片を差し込んだ。
火花が散ってしまえば、私達も散り散りになる。
それだけは絶対に嫌。
だって私は、まだこの世界で――花火を上げてない。
私の名前は、イヴリン・コーストン。
十四歳の少女。
背は七歳の子と同じ、少し様子のおかしい子爵令嬢になる。
それもこれ私が日本からの転生者だからに違いない。
髪が黒いのも、身体構造が似ている可能性がある。
だから、この世界に適応出来ずに背が小さいんだ。
私はそう考える事にしていた。
それに、せっかくなら涼しそうな白い髪だって体験してみたかったけど、花火と同じぐらい私は、この日本人らしい黒髪も大好きなのだから別に不満はない。
そんな前世の私は、花火師として仕事をしていた三十七歳の独身女性だった。
花火に携わる者としては圧倒的に若い。だから可愛がられてはいたけど、不思議と交際といった関係になる同業者もいなければ、寄ってくるおじ様方も居なかった。
花火という素晴らしい文化に携わる人々だからこそ、己の誇りをもっていたのだと今なら分かる。
けれど私は、不慮の事故で死んでしまった。
花火というのは、当たり前ではあるが都心部で作る訳にはいかない。
膨大な火薬を扱っているのだから、自然と山奥になってしまう。
そう……私は出逢ってしまったのだ。
森の熊さまに……。
同業者から好かれないのに、熊さまには好かれてしまった。じっとして刺激しないように後退り大人しくしていたのに、決して逃がしてはくれなかった。
巨大な爪で切り裂かれ、ころりと人生に幕を下ろす。
そして私は魔法のある――この世界に転生した。
子爵家の令嬢として生まれ、王都で何不自由なく育つ。
けれどある日偶然、耳にしてしまったのです。
砲弾の威力が良くないから、どうにかしたいと話す衛兵の言葉を。
聞かなかった事になど出来ない。
私はチャンスだとばかりに考え、軍に対して強く決定権を持つ人に会いたいと、生まれて初めて親に無理を言ってしまった。そして願いが叶い、私はヘイデン・ラングフォード様と言葉を交わせる場を設けて貰った。
そして今に至る。
――ガっ……ト――。
砲弾が二つに分かれる。
花火玉と違って、美しさも感じられない火薬の塊。
一箇所に穴を空けて、火薬を詰めなかったからなのか、火薬は直ぐにこぼれ落ちてくる。
これで威力を上げろと言うのなら。
中が空洞の外枠を作って、一箇所だけ穴を開けてちゃんと火薬を押し詰めてしまえば多少は上がる。その方が構造的に安定もするけど、そんな形で外側を作れないのなら好都合だ。
そんな大量殺戮兵器の考案者になるつもりは、そうそうない。
この世界では綺麗事が通用しない。
立場の偉い人間の機嫌を損ねてしまえば、次の日には殺されてたとしても表立っては、誰も文句を言えない。それどこか、手を下した者を裁く事すら出来ない。
それに私が何もせずとも他国との戦争や、魔物の侵略を許してしまえば、殺されるか。私みたいな少女であっても、どうなるかは想像出来てしまう。
だからこそ、少しは役に立ち、私と家族の身の保証をしてもらう必要がある。
そして花火を打ち上げるのだ。
殺戮は二の次どころではない。
極力避ける。
それがこの世界で、私が生きていく上で決めた一つの制約だ。
「この形状でしたから、問題ありません」
「誠か?」
「はい」
「なら頼むとしよう」
「威力はどれほどになさいますか?」
「その砲弾で壊せない壁がある。それと同じ物を近くに作らせたから、それが壊れれば合格としよう」
「承知いたしました、ラングフォード様」
ヘイデン・ラングフォード。
軍の参謀役であり、過去に単騎で敵の中隊を壊滅させた事もある軍人。
それだけでなく公爵家のお人だ。
経歴だけでなく家柄にも隙がない。
そんな方に気に入られてしまえば、火薬などいくらでも手に入るに違いない。
私はそれで、自らの夢を叶える。
「ラングフォード様、流石にラングフォード様のお傍で作業をするには、私の精神力が持ちません。申し訳ないのですが、別室でお待ちいただけますか?」
「そうさせてもらおう」
本当は見せたくないだけである。
おじ様が離れるのを待ってから、私は火薬を叩き始めた。
ただ叩くのではなく、唯一削られている箇所に向かって溝を作り、爆風が逃げる場所を決めてあげる。
これだけでたた詰めた時よりは、飛んでくれる……筈。
大砲の弾なんて、実際には使った事がない。
私は花火が作りたいのだ。
詰めた分だけ隙間が出来たので、更に火薬を増やしていく。
正直、この作業が一番怖い……。
ただの殺戮兵器の火薬だ。
触っているだけで、手汗が出来てきてしまい、私は何度も乾いた布を握っていた。
そして一時間もせずに作業が終える。
「出来ました」
お腹の前で大砲の弾を抱えたままおじ様の前に姿を見せると、コーヒーを飲んでいたおじ様が驚いたように目を見開いた。
これは目の錯覚!
などではなく、私が持てば、本当に大きく見えてしまう。
「試し撃ち、しましょうか」
そんなおじ様に大砲の弾を持ったまま、私達は外に出た。
「よいっしょ、っと」
重たい弾を、大砲に入れる。
「ラングフォード様、どうぞ」
マッチ棒を手渡す。
「ありがとう」
手慣れた手つきで、おじ様が火をつける。
そのままタバコを吸い始めてしまいそうな雰囲気を纏っていた。
そして私は両の耳に、手を当てる。
「行くぞ」
おじ様の声が小さく聞こえ、マッチの火が導火線に触れた。
瞬く間に火が移り、ジリジリと火花を出しながら導火線が縮んでいく。
それが大砲の中に入り見えなくなったかと思うと、身体の芯にまで振動が伝わり、轟音と共に砲弾が発射された。
分厚く作られた壁。
その中心に砲弾がぶつかり、粉々に打ち砕いていた。
想定していた通りの威力が発揮され、私は何とも言えない気持ちになってしまう。
――実に恐ろしい花火だ。
火花の代わりに作らえた硬い岩などが飛んでいるのだから、花石とでも言った方が良いのだろうか。どちらにせよ、私としては余り打ちたくはない代物だった。
「素晴らしい、これ程とは」
この程度で喜んでもらえるのなら有り難い。
こんなものは暫くしてしまえば、直ぐに頭の良い人達が改良を重ねて辿り着いてしまう。けれど、少なからず知識を持っているからという理由だけで、考案者にもなれる。
「いえ、とんでもございません」
「それでこの方法は、いくら払えば教えてもらえるのかな?」
きた。
これだ。
「教える……ですか?」
「あぁ、全ての砲弾がこの威力になるのなら、軍としても有り難い限りだ。君一人が手作業でやるにはいささか不可能とも思える。だから、教えてほしい。そう言っているのだよ」
「一つご提案をしても、よろしいでしょうか?」
「何だね、言ってみたまえ」
「お金ではなく、今後。私が欲しいと言った時に、求める量の火薬を譲ってはいただけないでしょうか? 勿論、許可なく他国に持ち込む事は絶対にいたしません」
「何につかうのだね?」
「先程お伝えした、火薬で人々を喜ばせる事にです」
「そうだったな……」
悩んだ様におじ様が考えて初めてしまう。
「そうですね。二週間後の夜、王都の南の夜空を見ていただけますか? そしたら、素晴らしい物をお届けさせていただきます」
「ならば。それが気に入らなければそれ相応の金銭だけを払う。それで良いな?」
「はいっ。大丈夫でございます。それと軍の方々にも、異常な事が起こっても慌てるなと、お伝えしていただけますでしょうか?」
「分かった。私もその日は壁の方に行くとしよう。楽しみにしているよ」
「お任せください――」
おじ様の心を動かす。
それがこの世界での、初めての一大イベントとなった。
***
それから火薬を受け取った私は、無理を言って王都の外れにある小屋を借りた。
勿論、大量の火薬を持ったまま。
父上と母上も驚いていた。
それもそうだ。
こんな小さな少女が、火薬を笑顔で抱きかけているのだから。
気でも狂ったかと私なら言ってしまう。
けれど、承諾してくれたので、今の私は毎日兵士に送り迎えされて屋敷と小屋の往復をする生活をしていた。そんな生活が始まって早くも――二週間が経った。
――晴れた、暗い夜。
離れた場所に見える王都の明かり。
そして見上げた先では、一面に広がる星々が光り輝いている。
用意した簡易的な、木の発射台。
恐らく、一発打ち上げただけで壊れるだろうけどそれで良い。
私が作ったこれが、おじ様に届けばそれで満足だ。
ザっ……。
マッチで火をつけようとするもつかない。
諦めずにもう一度手を動かす。
ザッ、ザ――ザッ――!
「ついた」
火が消える前にと、急いで導火線に火を移した。
「走れ――」
長い導火線を準備する時間はなく、確実性を狙った方法。
つまりは導火線に火をつけてから走り出す。
小さな身体で一歩、一歩と離れる。
そして――そろそろかな。
そう思い私が振り返った時だった。
大きな音が鳴り、夜空に舞い上がった筒。
ひゅ~――という音を奏でながら、高く上がってくれた。
「やったぁあ!」
飛び跳ねて喜び、暗い夜空を見上げる。
ドンっという大きな音と共に、
一輪の花が咲いた。
暗い夜空で光を放つ――赤い花。
それがキラキラと光ながら、夜空を流れてくれる。
「頑張ったかい、あったかな」
届くと良いな。
そう思いながら私は、消えて行く花を眺めていた。
*
その日。
王都から見える夜空に、花が現れたと噂が広がる。
けれどその花は、一瞬で消えてなくなった。
信じる者と信じない者で分かれてしまう。
しかし、公爵であるヘイデン・ラングフォードを含め、壁の上にいた警備兵は全員が話してくれる。
夜空に――見たこともない綺麗な花が咲いたと。
詳細は分からずとも、それで良い。
だって見た人が満足なら、それはきっと良い事なのだから。
*
『今度はもっと、多くの人に届けたいな』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『花火』良いですよね。
毎年花火大会には行くのですが中止になったり……今年は既にエアコンが壊れたり災難続きですが、頑張って今年も行こうと思っています。周囲に人が居ない場所なら、一眼レフカメラを一人で操作してても迷惑にならないのも良いですよね。
そんな花火を描ける作品をと思い、この短編を投稿させていただきました。
少しでも面白い! そう思っていただけたのなら、下記の☆☆☆☆☆で評価やスタンプなどで反応いただけますととても励みになります!
何卒よろしくお願いいたします。
――海月花夜――




