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婚約七年目、悪役令嬢は本日をもって卒業します   作者: 九葉(くずは)
第2章

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第17話 鉄の花の誇り

冬至祭の舞踏会から三日が過ぎた。


シュタインベルク公爵夫人とその姪エリーザベト嬢の社交界追放は、帝国中に衝撃を与えた。長年、社交界の頂点に君臨していた公爵夫人の失脚は、多くの貴族たちの態度を変えることになった。


「お嬢様、本日も面会の申し込みが届いております」


マルタが書類の束を抱えてきた。その厚さは、日を追うごとに増している。


「また増えたのね」


「はい。公爵夫人の派閥だった方々が、次々とお嬢様への挨拶を求めてきております。手のひらを返したとも言えますが」


「仕方ないわ。貴族社会とはそういうものだから」


私は書類に目を通しながら答えた。勝者に擦り寄るのは、どの国でも同じだ。七年間、王国の社交界で学んだことの一つだった。


「ただ、一通だけ気になるものがございます」


「何かしら」


「帝国技術者協会からの招待状でございます。年末の総会で、L・Rの功績を称える式典を行いたいとのことです」


私は手を止めた。帝国技術者協会。魔道具の研究開発を統括する、帝国で最も権威ある学術機関だ。


「功績を称える式典……」


「暖房魔道具の件で、協会内でもお嬢様の評価が高まっているようです。ただ……」


マルタが言葉を濁した。


「ただ?」


「協会の一部には、まだお嬢様を認めていない方々がいらっしゃいます。外国人であること、女性であること、そして貴族であることを理由に」


私は窓の外を見た。雪が積もった庭園が、朝日を受けて輝いている。


「出席するわ」


「よろしいのですか」


「社交界では認められた。でも、技術者としてはまだ半人前扱いされている。それを変えるには、この機会を逃すわけにはいかない」


その夜、アレクセイに相談すると、彼は少し考え込んだ。


「技術者協会か。確かに、あそこは保守的な連中が多い」


「出席しない方がいいでしょうか」


「いや、君の判断は正しいと思う。ただ、社交界とは違う種類の戦いになる」


「どういうことですか」


「貴族たちは体面を気にする。だから、証拠を突きつければ黙らせることができた。しかし技術者たちは違う。彼らが認めるのは、純粋な実力だけだ」


私は頷いた。それは、私がL・Rとして活動してきた七年間で、よく分かっていることだった。


「言葉では彼らを納得させられない。君の技術を、目の前で見せるしかない」


「分かっています。そのつもりです」


アレクセイは私の目を見つめた。


「君なら、できる。私は信じている」


その言葉が、何よりの支えだった。


年末の総会当日、帝国技術者協会の本部は重厚な雰囲気に包まれていた。


石造りの建物は王宮にも劣らない威厳があり、廊下には歴代の偉大な技術者の肖像画が並んでいる。その中を歩きながら、私は少し緊張していた。


「L・R様、こちらへどうぞ」


案内役の若い技術者に導かれ、大講堂に入った。数百人の技術者たちが席を埋め、壇上には協会の幹部たちが並んでいる。


「本日は、帝国技術者協会の年末総会にようこそ」


協会長のフリードリヒ・フォン・ベルクシュタイン老人が挨拶を始めた。白髪の老人だが、目には鋭い光が宿っている。


「まず、今年最も注目された功績について表彰を行います。新型暖房魔道具の開発により、帝都の貧民街を凍死の危機から救った人物。L・Rこと、リーゼロッテ・ローゼンベルク嬢です」


拍手が起こった。しかし、その中には明らかに冷ややかな視線も混じっていた。


私は壇上に上がり、一礼した。


「光栄でございます」


「ローゼンベルク嬢、一つお聞きしてもよろしいかな」


協会長の隣に座っていた男が口を開いた。五十代半ばの、厳しい顔つきをした人物だ。


「副会長のヴィルヘルム・シュミットでございます。貴女の暖房魔道具、確かに効率は優れている。しかし、本当に貴女が一から設計したのですかな」


会場がざわめいた。私は表情を変えずに答えた。


「はい、私が設計いたしました」


「失礼ながら、貴女は貴族の令嬢だ。専門的な教育を受けた形跡がない。誰かの設計を盗んだのではないかという声もある」


「それは事実無根です」


「証拠はありますかな」


私は深呼吸をした。これが、アレクセイの言っていた「実力を見せる」場面だ。


「証拠をお見せするより、実演した方が早いかと存じます」


「実演?」


「はい。今この場で、新しい魔道具を設計し、製作してみせます。お題をいただければ、それに応じたものを作ります」


会場が静まり返った。副会長の目が、僅かに見開かれた。


「面白い。では、お題を出そう」


副会長が立ち上がった。


「この講堂の照明は、旧式の魔道具を使っている。光量が不安定で、長時間使うと魔石の消耗が激しい。これを改善する魔道具を、一時間以内に設計し、試作品を作ってみせてもらおう」


会場からどよめきが起こった。一時間で設計から製作までを行うのは、熟練の技術者でも難しい課題だ。


「承知いたしました」


私は答えた。マルタが持ってきた道具箱を受け取り、壇上の端に設置された作業台に向かった。


まず、既存の照明魔道具を観察する。構造を把握し、問題点を洗い出す。光量が不安定なのは、魔力の流れが一定でないから。魔石の消耗が激しいのは、変換効率が悪いから。暖房魔道具と同じ問題だ。


私は紙を広げ、設計図を引き始めた。頭の中では、前世の知識と七年間の経験が融合していく。光の波長を安定させる回路、魔力の流れを制御する術式、消耗を抑える構造。


三十分で設計が完成した。残り三十分で製作する。


道具箱から素材を取り出し、組み立てていく。細かい作業は、七年間毎日繰り返してきたことだ。手が勝手に動く。


会場は静まり返っていた。数百人の視線が、私の手元に注がれている。


「完成いたしました」


ちょうど一時間が経った時、私は試作品を掲げた。手のひらに収まるほどの小さな装置だが、中身は私の技術の粋を集めたものだ。


「では、試してみましょう」


私は講堂の照明を消すよう頼んだ。暗闇の中、試作品に魔力を注ぐ。装置が淡く光り、そこから安定した明かりが広がっていった。


「おお……」


会場から感嘆の声が上がった。光は既存の照明よりも明るく、しかも安定している。


「これを講堂の照明に組み込めば、光量は約二倍になります。魔石の消耗は三分の一に抑えられます」


私は説明を続けた。設計の意図、使用した技術、改良の余地。全てを隠さず語った。技術者たちは真剣な表情で聞き入っている。


説明が終わると、沈黙が流れた。そして、誰かが拍手を始めた。それは徐々に広がり、やがて会場全体を包んだ。


「見事だ」


副会長が歩み寄ってきた。その顔には、先ほどまでの懐疑の色はなかった。


「正直に言おう。私は貴女を疑っていた。貴族の令嬢が、これほどの技術を持っているはずがないと。しかし、今日その考えを改めた」


「ありがとうございます」


「いや、礼を言うのはこちらだ。貴女のような才能が帝国にいることを、誇りに思う」


副会長が手を差し出した。私はその手を握り返した。


総会が終わった後、協会長のベルクシュタイン老人が私のもとを訪れた。


「お見事でした、ローゼンベルク嬢。いや、L・R殿と呼ぶべきかな」


「恐れ入ります、協会長」


「私は五十年以上、この世界で技術者を見てきた。しかし、貴女のような才能は初めてだ」


老人の目には、純粋な敬意が宿っていた。


「一つ、お願いがある」


「何でしょうか」


「帝国技術者協会の名誉会員になってはもらえないだろうか。貴女の知識と技術を、次の世代に伝えてほしいのだ」


私は驚いた。名誉会員は、協会で最も優れた技術者に与えられる称号だ。


「光栄でございます。喜んでお受けいたします」


老人は満足そうに頷いた。


「これで、協会内で貴女に異を唱える者はいなくなるだろう。貴女は今日、技術者としての地位を完全に確立した」


帰りの馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。雪が降り始め、帝都の街並みを白く染めていく。


「お嬢様、お見事でございました」


マルタが誇らしげに言った。


「ありがとう、マルタ。あなたが道具を用意してくれたおかげよ」


「いいえ、全てはお嬢様の実力でございます」


馬車が皇宮に着くと、アレクセイが玄関で待っていた。私の顔を見るなり、彼は微笑んだ。


「うまくいったようだな」


「はい。名誉会員に推薦されました」


「それは素晴らしい」


アレクセイは私の手を取り、皇宮の中へ導いた。


「今日の君の活躍は、既に私の耳にも届いている。一時間で照明魔道具を作り上げたと」


「大したことではありません。基本的な設計は、以前から頭の中にありましたから」


「謙遜するな」


アレクセイは立ち止まり、私の方を向いた。


「君は、私の誇りだ」


その言葉に、胸が熱くなった。


「アレクセイ……」


「技術者としても、皇后候補としても、そして一人の女性としても。君は私が出会った中で、最も素晴らしい人だ」


涙が滲みそうになるのを、必死に堪えた。七年間、誰にも認められなかった。誰にも見てもらえなかった。でも今は違う。


「ありがとう。あなたに出会えて、本当に良かった」


アレクセイは私を抱き寄せた。廊下に人の気配はなく、私たちだけの時間が流れていた。


「結婚式まで、あと二ヶ月だな」


「はい」


「待ち遠しい」


「私もです」


窓の外では、雪が静かに降り続けていた。新年が近づいている。そして、私たちの新しい人生も。

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