心を試すような笑顔
翌日。
桐谷つかさは珍しく、いつもの時間よりさらに早く家を出た。
理由はひとつ。
誰にも会いたくないからだ。
昨日の自分の反応は、どう考えても普段のつかさらしくなかった。
れんの優しさに揺れ、たいちの言葉に戸惑い、まこに見抜かれ、最後は逃げるように帰った。
鏡を見るたびに思う。
自分はこんなにも弱かったのかと。
学校に着いたのは開門直後。
校舎に入ると、まだほとんど人がいない。
その静けさにほっとしながら昇降口で靴を履き替えていると、後ろから声がした。
「桐谷さん、早いね」
心臓が跳ねる。
振り向くと、たいちが立っていた。
「……なんで、あんたも早いの」
「昨日さ、色々気になったから」
「気になるって、なにが」
「桐谷さんが。かな?」
軽い。
だけど、その軽さを無理に作っているようにも見える。
たいちはゆっくり歩きながら続けた。
「昨日、一人で帰るって言ったときの顔さ……ちょっと無理してる気がした」
「別に無理なんてしてない」
「してるよ」
即答だった。
つかさは言い返そうと口を開いたが、言葉が出ない。
自分でも無理をしていたことを認めざるを得ないからだ。
「桐谷さんって、完璧だよね。髪も服もメイクも、全部隙がない」
「………だからなに」
「そういうの、誰のため?」
その問いかけは、図星すぎて胸が痛くなった。
「自分のため」
つかさは淡々と答えた。
ほんとうの答えから目をそらすように。
たいちは少し微笑む。
「うん。たぶんその答え、半分は本気なんだと思う。でも残り半分は……誰かのためでしょ?」
「……!」
「違う?」
「違う」
反射的に否定した。
だが、その声の震えは自分が一番よく分かっている。
たいちは追撃するようなことは言わず、むしろ歩幅を合わせて優しく言った。
「桐谷さんさ、無理してる顔より、ちょっと困ってる顔のほうが魅力あるよ」
「意味わかんない……」
「あ、褒めてる」
そのやり取りを廊下の角から見ている影があった。
如月れんだ。
つかさがたいちと二人で歩いているのを見つめるその視線は、明らかに険しかった。
つかさはそれに気づいていない。
たいちは気づいていた。
そして、口の端をわずかに持ち上げた。
「ねえ桐谷さん、放課後ちょっとだけ時間ちょうだい」
「……なに」
「話したいこと、ある」
その一言が、つかさの胸をざわつかせた。
断りたかった。
でも、昨日の自分が揺れたままなのも事実。
「……少しだけなら」
「うん。ありがとう」
れんの表情は、遠くから見ていたとは思えないほど荒れていた。
その日が、つかさにとって転機になるとはまだ知らずに。




