見ていない背中
文化祭まであと数日。
教室は飾りつけの準備でごった返していた。色とりどりの紙やポスターが机の上を覆い、作業用のハサミやのりがあちこちに散らかっている。
つかさは手元の作業を進めながら、隣のれんの動きを気にしていた。
昨日の放課後に交わした会話の余韻が、まだ胸の奥に残っている。
「れん、次の飾りは俺が貼るよ」
「うん、任せる」
手を伸ばしたれんの横顔に、つかさはつい見惚れる。
まぶしい夕陽に照らされるその表情は、少し照れくさそうで、それでいて真剣だった。
「桐谷、ちょっと待って」
振り返ると、まこが小走りで近づいてきた。
「何?」
「飾りの紙、こっちの色の方が映えると思うんだけど」
まこの提案に、つかさは頷く。
「なるほど……ありがとう」
こうしてちょっとしたやりとりを交わす中で、つかさは気づく。
れんが隣にいるだけで、作業が少し楽しくなることに。
⸻
その日の昼休み。教室はいつも通りの賑やかさだが、つかさとれんは少し距離を取って座っていた。
「……やっぱり、昨日のこと、気にしてた?」
つかさが小声で尋ねる。
れんは肩をすくめ、照れくさそうに笑う。
「ちょっとだけ。でも、もう平気だ」
「そっか」
互いの視線が合った瞬間、教室のざわめきも遠くに感じられた。
つかさは笑顔を返しながら、心の中で小さくつぶやく。
(やっと、落ち着けたかも)
⸻
放課後の掃除時間。
教室の隅で、二人は机を並べて雑巾がけをしていた。
「桐谷、手つき、前よりうまくなったな」
「えっ?」
「昨日、少しだけ手伝ったじゃん。なんか、見てたから」
つかさは照れて目をそらす。
「……そ、そう?」
「うん」
雑巾を押しながら二人の距離が自然に縮まる。
手が触れるたび、どちらも少し心臓が跳ねた。
恥ずかしさと、でも安心感が同時に押し寄せる。
「れん……明日、ポスターの最終チェック、一緒にやらない?」
つかさの提案に、れんは少し考えてから頷く。
「いいよ」
小さな約束。
でも二人にとって、それは確かな歩みだった。
⸻
校門を出ると、夕陽が長く影を伸ばしている。
「明日も頑張ろう」
れんがつぶやき、つかさは笑顔で応える。
心配や不安はまだ残っている。
だけど、昨日より少し近くに感じる温かさがある。
手をつなぐわけでも、肩を寄せるわけでもない。
でも、互いに存在を感じ合いながら歩くその距離は、確かに二人だけのものだった。




