朝一番の戦い
桐谷つかさは、その朝も六時に起きた。
アラームが鳴るより二分早く目が覚めるのが、もう習慣になっている。
ベッドから抜け出して洗面台に向かうと、まだ眠そうな自分の顔が鏡の中にいた。
まぶたのむくみ、寝癖、少し乾燥した肌。それを確認した瞬間、頭のどこかがピンと引き締まる。
今日も戦う。
自分のため……ではない。
そう思い込んでいる自分がいる。
まずは顔を冷たい水で冷やし、むくみをとる。
化粧水を丁寧に押し込み、保湿クリームを広げながら、頭の中でその日のコーデとメイクの雰囲気をざっくりと組み立てていく。
十七歳の女子高生にしては明らかに時間をかけすぎと言われるレベルだが、つかさには必要な儀式だった。
髪を軽く巻き、前髪をミリ単位で整え、鏡をさっと引きで見てバランスを確認する。
仕上げのメイクに取りかかる頃には気持ちがようやく落ち着いてきた。
自分が「整っていく」過程を見るのは嫌いじゃない。
でも、それ以上に──整っていない自分を他人に見られるのが怖い。
昔のことを思い出しそうになり、つかさはわざと首を軽く振った。
今日は今日の戦いがある。
家を出ると、朝七時二十分。
早すぎる登校だが、誰とも顔を合わせたくないつかさには都合がよかった。
学校までの道を歩く途中、コンビニの前でクラスのモブ男子二人が話しているのが見えた。
「あれ、桐谷じゃね? いつもビジュ強すぎ」
「な。あのレベルで朝から完璧ってさ。なんなん?」
聞こえないふりをして通り過ぎる。
笑われてはいない。褒められている。
でも、それがつかさにはどうしても他人事に聞こえてしまう。
教室に入ると、窓際に座る如月れんの姿があった。
ちょうど朝日が窓から差し込み、れんの髪の色が少し金色に見える。
まぶしすぎる。
そして毎回、嫌になるほど自然体。
こんな時間にいるはずないのに。
「あ、つかさ。おはよ」
「……なんであんたがもういるの」
「いや、たまには早く来てみようかなって。そしたらお前がいるからさ。やっぱ桐谷って早起きだよな」
「別にあんたのためじゃないけど」
「言ってないし」
れんはニコっと笑う。
その笑顔が無自覚に人を安心させるから、余計に質が悪い。
つかさは心のどこかがざわつくのを感じながら、席に座った。
ふと視界の端で、れんがじっとこちらを見ていた。
「なに」
「今日も綺麗だなって思って」
「……は?」
「いや、ほんと。毎日ちゃんとしてるのすごいよ」
嫌味ではなく、本気で言っている顔。
本気だからこそ、つかさは心が苦しくなる。
「……自分のためだから」
「そうか?」
れんの視線が、つかさの心の裏側まで見透かしてくるようで、息が詰まりそうになる。
チャイムが鳴り、他の生徒が入ってきてようやくその視線から解放された。
自分のためだなんて、そんなわけない。
毎朝、誰のために頑張ってると思ってんのよ。
そう胸の奥でつぶやく自分がいて、つかさは唇をきつく結んだ。




