触れそうで触れない想い
放課後の教室は、普段よりも静かに感じられた。
机の上には、文化祭準備の道具がいくつか残っているだけで、廊下の喧騒もほとんど届かない。
つかさは心臓の高鳴りを抑えながら、れんが来るのを待っていた。
「……来るかな」
つぶやきながら、スマホを握りしめる手に力が入る。
昨日のメッセージがきっかけで、やっと自分の気持ちを伝えるチャンスが訪れる。
でも、怖い。
怖くて、胸が締めつけられる。
心臓の鼓動が耳まで響くようだった。
教室の扉がゆっくり開き、影が入る。
「……遅くなった」
つかさの視線は、自然にその人へ向く。
れんが立っていた。
髪は少し乱れているが、目の奥に真剣さが滲んでいる。
「うん、待ってた」
つかさは小さく微笑むつもりで言ったが、声は少し震えた。
れんはその表情を見逃さず、軽く眉を上げる。
「昨日、あの……言われたこと、ずっと考えてた」
つかさは息を呑む。
言い訳の言葉が頭を駆け巡る。
(本当のこと言わなきゃ……でも、怖い……)
「私……昨日は、ごめん。変な言い方して」
れんは黙ってつかさを見つめる。
その沈黙が、つかさの胸をさらに締めつける。
でも、逃げずに続ける。
「本当は……私、れんのこと、ずっと……」
言葉が途中で止まる。
勇気を出しても、全てを口にするのはまだ難しかった。
「ずっと……?」
れんの声は低く、震えているように聞こえた。
その瞬間、つかさは決意を固める。
「……好き、です。ずっと前から」
言い切った瞬間、教室の空気が止まったかのように静まり返る。
れんは一瞬固まった後、目を大きく見開く。
「……そ、そうだったのか」
つかさは少し恥ずかしそうに俯く。
「ごめん……もっと早く言えばよかったのに」
「いや……俺、気づいてなかったから」
れんは少し笑みを浮かべ、そして前に一歩踏み出す。
「……俺も、桐谷のこと……気になってたんだ。前から」
つかさの心臓が跳ねる。
驚きと安堵、そして胸いっぱいの喜びが一気に押し寄せる。
「……ほんとに?」
「うん。だから……その、これからはちゃんと、お互いに分かるようにしたい」
その言葉に、つかさは小さく笑う。
「うん。私も」
二人の間に、少しだけ安心できる空気が流れた。
笑顔はぎこちないけれど、互いの気持ちが確かに届いた証だった。
その時、廊下から声が聞こえる。
「おい、まだいるのか?」
文化祭の片付けを手伝いに来た木嶋だった。
「あ……もうすぐ終わるから」
つかさが小声で答える。
れんは苦笑し、つかさの手をそっと握った。
「……行こうか」
手を握られた感触が、つかさの胸に熱を残す。
少しだけ強引で、でも安心できるその手。
二人は並んで教室を出る。
廊下を歩くたびに、互いにチラチラと視線を交わす。
言葉にしなくても、互いの気持ちを確かめ合うことができる瞬間。
それは、どんな言葉よりも尊いものだった。
帰り道、夕陽が二人の影を長く伸ばす。
「これから……少しずつ、だね」
つかさが小さく言う。
「そうだな」
れんも小さく頷く。
その背中には、これまでのすれ違いと距離感の影が残っている。
でも二人は、確かに同じ方向を向き、歩き始めたのだった。




