言葉にしない優しさ
翌日の放課後、教室の空気はいつもと同じように見えた。だが、つかさの胸は昨日とは違って張りつめていた。スマホを握りしめたまま、送信したメッセージのことを考える。
(返信、くるかな……)
机の上のプリントに目を落とすも、文字が頭に入らない。視線はいつの間にか廊下の方向へ向かう。放課後の生徒たちが帰宅する音、扉の開閉の音、廊下で笑う声が、全て自分を追い詰めるように響いた。
「……はぁ」
小さくため息をついたとき、背後から声がした。
「まだ残ってるの?」
振り返ると、まこが立っていた。文化祭準備の片付けを手伝っていたらしい。
「うん……少し、やることが残ってて」
「そう。スマホ見すぎじゃない?」
「……返信、まだだし」
まこは小さく笑った。
「そうか……でも、あんた昨日決めたんだろ?話すって」
つかさは小さく頷く。
「怖いけど、逃げない」
「……えらいじゃん」
廊下の窓から夕陽が差し込み、教室の中にオレンジ色の光が満ちる。その光は、いつもより長く、つかさの心に残った。
⸻
時間はゆっくり流れ、つかさは放課後の空気に押されながらも、廊下の向こうに見えるれんの姿に目を奪われる。
バスケットボール部の練習を終え、彼は一人で荷物をまとめていた。
その無防備な後ろ姿は、どこか寂しげで、つかさは胸が締めつけられる。
「……やっぱり、逃げない」
スマホを握りしめ、つかさは足を踏み出す。
廊下のタイルが小さく鳴る音さえ、自分の心臓の音と重なるようだった。
「れん……」
声は小さく震えていた。
れんは気づかず荷物をまとめている。
その姿を見て、つかさはもう一度深呼吸した。
「昨日……ごめん。変なこと言って」
つかさの言葉に、れんはわずかに肩を止め、振り返る。
一瞬、目が合う。
その目に映るのは、驚きと警戒、そして少しの疑念。
「……ああ」
短く、でも確かに聞こえる返事。
つかさは胸が痛くなる。言葉にして伝えたのに、まだ彼の心は動かない。
「私……本当は、あなたのことを……」
言いかけて止まる。勇気を出しても、まだ完全に言葉にならない。
れんはじっとつかさを見つめているが、眉間には深いしわが寄る。
(あ……言いすぎたら……)
「ちゃんと伝えたいけど……怖い……」
心臓がバクバクと音を立てる。
つかさの手は、まだスマホを握りしめたまま震えていた。
その時、背後から声がした。
「二人きり?」
つかさとれんの距離を見ていた木嶋が、廊下の端からひょっこり顔を出す。
「……別に」
つかさは焦って答えたが、れんは微妙に苦笑している。
「ほら、邪魔すんなよ」
れんは木嶋を軽く押して、二人だけの空間を作った。
つかさは思わずホッと息をつく。
「昨日のこと……気にしてる?」
れんの言葉に、つかさは一瞬戸惑う。
「……少し」
「そっか。俺も……気にしてた」
小さな声で言うれんの横顔に、つかさは目を奪われる。
やっと、少しだけ伝わった気がした。
「だから……今日は、ちゃんと話そう」
つかさは頷く。
二人の距離はまだ遠いけれど、一歩踏み出したことは確かだった。
夕陽の光が二人の影を長く伸ばす廊下で、つかさは初めて、自分が怖がってばかりじゃないことを実感する。
「……私、ちゃんと話す」
つかさの声は、昨日より少しだけ強く、未来への決意が混じっていた。
れんもその声を聞き、目を少し柔らかくした。
廊下の空気が、静かに変わった。
二人の間に、まだ言葉にならない想いが流れるけれど、
それでも進む意志だけは確かに残った。




