昨日より近い距離
放課後の校門をくぐる頃には、空はすっかり夜の気配をまとい始めていた。つかさは鞄を抱えながら深呼吸する。胸の奥に沈んでいる重さは、昨日からずっと続いているものだ。
昨日のれんとの会話。
近づいたと思った瞬間、また遠ざかった感覚。
「……ちゃんと話さないと」
つかさは小さく呟いた。
自分でも驚くほど、その言葉には決意が混じっていた。
「白石」
背後から名前を呼ばれて振り返ると、そこには同じクラスの静かな男子・辻村が立っていた。目元を前髪に隠しているが、成績も良くて物静かなタイプ。モブというよりは、必要な時にだけ話しかけてくる存在だ。
「昨日……大丈夫だった?」
「え?」
「見てたから。朝、ちょっと雰囲気、変だったからさ」
つかさは一瞬だけ胸がざわついた。見られていたのか、と思うと恥ずかしい。でも、彼の顔に悪意はなかった。
「平気。ありがと」
「白石って、意外と気にするタイプなんだね」
辻村の言葉は、まっすぐだった。
つかさはその素直さに、少しだけ肩の力が抜けた。
「……そうかも」
「れんとは話した?」
名前が出た瞬間、心臓が強く鳴った。
辻村はつかさの変化を見逃さず、ほんのわずか眉を上げる。
「やっぱり、白石って素直じゃない」
「な、なにそれ」
「いや、悪口じゃないよ。ただ……見てれば分かる」
そう言って辻村は歩き出す。
つかさは慌てて横に並んだ。
「分かるって、何が」
「気にしてるってこと。れんのこと」
つかさは思わず立ち止まる。
心臓が跳ね、そのまま言葉を失った。
辻村は立ち止まらず、歩きながら言う。
「気持ちって、隠したつもりでも隠せないよ。……特に、好きな人のことは」
つかさは耳が熱くなるのを感じた。
「べ、別に……そういうんじゃ……」
「そういうとこが素直じゃないって言ってる」
静かに笑う辻村の横顔には、からかいよりも優しさが滲んでいた。
「れんもさ。白石が何考えてるか分からなくなるって言ってたよ」
つかさの足が止まる。
辻村はようやく立ち止まり、つかさの方へ向き直った。
「俺、バスケ部のマネージャーだからさ。先輩のこと、見てれば分かるよ。白石のことになると、ほんと分かりやすい」
「……れん、そんな顔してた?」
「うん。困って、悩んで……でも、離れたくなさそうだった」
つかさの胸に、小さな痛みと温かさが混ざり合う。
「白石。俺はさ、別にどうこうする気はない。けど……言えることはひとつだけ」
ほんの少し間を置いて、辻村は微笑む。
「自分の気持ち、誤魔化すのやめたら?」
その言葉は、真っ直ぐつかさに届いた。
逃げ場所を優しく塞がれるように。
「……うん」
その返事は、今までのどの言葉よりも素直だった。
辻村は満足げに頷き、軽く手を振って校門へ向かう。
「じゃ、頑張れ。白石」
放課後の風に吹かれながら、つかさは深く息を吸った。
「ちゃんと……話したい」
その思いは、昨日よりも確かで、強かった。
⸻
家に帰ったつかさは、スマホを握りしめて何度も画面を点けては消す。
れんの名前。
メッセージの入力欄。
送れない言葉。
でも、もう逃げないと決めた。
鼓動が速くなる。
手が震える。
それでも――打ち込んだ。
『明日、少し話せる?放課後、時間あったら』
送信ボタンを押した瞬間、心臓が跳ねて痛いほどだった。
部屋の静けさがやけに広く感じる。
すぐには返信はこなかった。
けれど、それでもよかった。
「ちゃんと進まなきゃ」
つかさは布団に倒れ込み、ぎゅっと枕を抱いた。
明日が怖い。
でも、明日が楽しみでもある。
気づけば、胸の奥の重さは昨日より少しだけ軽かった。




