透明だった中学時代
桐谷つかさが「綺麗でいなきゃ」と思うようになったのは、高校に入ってからではない。
本当は、中学一年の春。
教室が騒がしくても、誰かの笑い声が弾んでいても、その真ん中に自分はいないと気づいた頃だった。
つかさは勉強は普通。運動は苦手じゃないけど目立つほどではない。
性格は静かめ。
派手な友達がいるわけでもない。
それが悪いわけじゃないのに、気づいたら教室の“空気の隙間”に溶けていた。
給食の配膳で列を作ったとき。
つかさの後ろに並んでいた男子が言った。
「おい、前誰かいたっけ?」
「え?いないだろ」
つかさは振り返るタイミングを逃した。
(……私、いたんだけど)
言えない。
言ったところで場が止まるだけ。
気づかれなかったことを訴える自分が、もっとみじめに感じる。
そんなことが続く。
提出物の名前を書いても読み飛ばされる。
「これ誰?」
「知らん」
「透明さんのじゃね?」
透明さん。
そのあだ名が自分のことだと知っていた。
悪意はない。それが一番つらかった。
ある日の放課後、体育祭の準備でマーカーがなくなった。
「誰か落としてない?」
「また透明さんのでしょ」
その言い方が、冗談でも悪口でもない「無関心」そのものだった。
つかさは自分の机に戻り、そっとため息をついた。
(私って、ほんとに……誰の目にも入らないんだ)
胸の奥がじりじりと痛む。
そのタイミングで背後から声がした。
「それ、桐谷のだよ」
振り向くと、マーカーを拾った如月れんが立っていた。
れんはそれを当たり前のようにつかさへ返す。
「さっき持ってたから。ほら」
「……ありがとう」
その一言を言う声が震えたのは、気づかれたからじゃない。
自分の名前を“迷いなく呼ばれた”ことに、衝撃を受けたからだ。
翌日から、つかさは鏡を見る時間が少しだけ増えた。
可愛くなりたい、よりも先に
(ちゃんと……見えるようになりたい)
そう思った。
でもそれは、中学の終わりまでつづく長いコンプレックスの始まりだった。




