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散漫な世界だけど、深くこだわらない  作者: 不透明 白
 1 僕がボクらしくある為の、逃亡もいとわない共謀

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4/12

 【参】

 いつもより重たいリュックの感覚を肩に感じながら登校した今日。

 本日の天気は見事なほどのカンカン照りであった。

 本当ならこのことに感謝しなければならないのだろうが、今の僕には何かに感謝している暇などなかった。


 いや、正しく言うのなら暇ではなく、余裕がなかった。


 朝からずっと、誰かに心臓を掴まれている気分だった。

 これは緊張ではない。

 それでは何なのかというと、おそらくこれは心配の過剰分泌が原因だと考えられる。

 自分の将来を憂いてのことだろう。

 あぁ、おいたわしや……。

 そんなわけで、僕の心を鷲掴みにしてくる本命であり、肝心である部活動紹介はというと、時間割における六時間目に行われる予定であった。

 場所は第二体育館らしい。

 「第二」ということは、「第一」もあるということなのだけど、そこに関しては特別な意味なんて特になく、ただ大きい方を『第一体育館』と呼び、小さい方を『第二体育館』と呼んでいるに過ぎない。

 そんなこと誰も気にしないか。

 そんなこんなで、三時間における無味乾燥で、面白みもない、まるで砂を噛んでいるかのような授業――という名の苦行を耐えきることができた直後の昼休み、僕はこっそり屋上へと足を運んだのだが……。

「よー! 七不思議、待っていたよー」

 まるで自分の居場所だと言わんばかりの態度と姿勢でベンチに座っている女子生徒――塚本弾は声高らかにそう言った。


 堂々たる塚本弾。


 いつもなら一家言孕みそうなところだけど、塚本の傲慢な態度も今は許そう。

 それが何故なのか。

 それは眼前に肉弾的で健康的な太ももの重なりがあるからである。

 やけに色白なその太ももは、ちゃんとその言葉の意味に(たが)わずしっかり太い。

 このことがどれだけ素晴らしいのかというと、富士山頂で眺める初日(はつひ)の出ぐらい素晴らしいと言っておきたいが、実際にこの目で見たことはないので、ここは素敵な比喩ということで一幕。

「おい塚本、そのベンチはなんだ」

「なんだ……って、これはボクが頑張って運んできた特製のベンチさ」

「は? そんなもんどっから――」


 ピーンポーンパーンポーン。

『サッカー部員に連絡します。至急部室に集まって下さい。繰り返します……』


 再びベンチを見た後に塚本の顔を見る。

 さっきまでとは打って変わり、塚本は(われ)関せずと言わんばかりの知らんぷりを突き通すことに徹していた。

「僕はこれを見なかったことにする。だから僕は悪くない。これに関しては塚本が全ての責任を負う。……それでいいよな」

「で、でも昨日だって一昨日だって一緒に協力した仲じゃ――」

「それはそれ、あれはあれ。よそはよそ、うちはうち」

「うぅ……」

 自業自得――というかそもそも、大事な昼休みの時間を削ってまでそんな話をしに来たわけではない。

 僕と塚本は来たる六時間目――第二体育館で行われる大舞台(誇張表現)に向けた最終調整の打ち合わせを行うのだ。

 屋上ならばこの極秘の最終調整を盗み聞きされる心配もない。

 我々は粛々とこれまでの話し合いを振り返っていく。

 最初の慌てようと打って変わり、その内容自体はスムーズに執り行われ、予鈴のチャイムが鳴ったことで会議の切り上げ時刻を告げた。

 僕の昼ご飯はというと、昨日の夜から食事が喉を通らないという理由によって、塚本のお腹の中へと納まることになった。

 そのせいでその後の授業中、満腹の塚本がこくりこくりと舟を漕ぐことになったのはまた別のお話である。


 ―――………


 五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 クラスメイト達はというと、部室に向かおうとする者やそのまま帰る準備をする者など三者三葉の様相であったが、明らかに急いで教室を出ていく者たちに限ってはその理由が明らかであった。

 当然ながら、僕もその中の一人ではあるのだが、しかし、今急いでいる人たちと僕とでは決定的な違いが一つあった。


 それは、運動部であるか文化部であるかである。


 俺か俺以外か、的な感じである。

 というのも、発表順というものが事前に決められており、運動部の方が先で文化部が後に発表するという流れで進むので、僕や塚本といった文化部の奴らは運動部と比べて多少の余裕があった。

 というわけで、まだ発表出番までに時間がある僕は悠々ゆっくり廊下を歩いていく。

 そんな僕の横を吹奏楽部の部員らしき女子生徒達が慌てて通り過ぎていく。

 ……果たしてあの部活は運動部なのか文化部なのか。

 そんな疑問が頭を過ぎって、やがてどうでもよくなったので、思考するのを止めた。


 僕が第二体育館に着くと、運動部の生徒達が発表のデモンストレーション的なものを始めていた。

 第二体育館にはステージというものがなく、ただ広々と使える空間が広がっている。レクリエーション的なイベントはよくここで行っているイメージがある。

 そんな箸にも棒にも掛からない分析をしながら、各部員の方々が集まっている付近へと足を運ぶと、異様な光景が広がっていることに気が付いた。

 不自然に人がいないというか、意図的に人がそこから離れている範囲があった。まるで電車内に迷惑客が現れた時に発生するような絶対領域。

 それを作っているものが一体何なのか気になって近付いてみると、目に飛び込んできたのは胡坐(あぐら)をかいて目を瞑り、ギリギリ周りに聞こえないような音量で、般若心経を唱えるようにブツブツと何かを喋っている女子生徒だった。


 ……変なものが目に飛び込んできたからと言って、僕がファンタジー世界の主人公みたく、収まらない好奇心で何でも触れるようなタイプだと思うなよ。


 そう心の中で呟いて、僕は口を固く閉じ、すぐさま踵を返す。

 180度回転して、できるだけその場から離れようとしたが、それを実行するよりも前に何者かが僕の肩を力強く掴んできた。

「いたたっ……」

「痛がる振りやめな。あと、この50倍は力出せるけど……どうされたい?」

 「どうされたい?」のところだけ低音イケボだったので、それが不意打ちすぎて不服にもドキッとしてしまった。

 これが本当の「悪魔の囁き」ということで合ってますか?

「いや、お前が昼休みに起こした盗難事件の反省を唱えていたみたいだから、邪魔したら悪いかなって」

「そんなもん唱えてないわ! それと、ボクがそのことについて反省するようなキャラだと思うかい?」

「……確かに。言われてみればそれもそうか」

 いや、そこは反省して今すぐ自首した方がいいとは思うが、それを言ってもこいつは聞かないだろう。

 故にわざわざ言うことでもあるまい。

 僕は口を結んだ。

 塚本の口は開いた。

「もう打てる手は全て打った。後は出番を待つ! それだけでいい、だろ?」

 塚本は自信たっぷりの笑顔と一緒に、そんな言葉を僕に掛けた。

 僕は黙って頷いた。

 強引な話の逸らし方だと思った。

 この話題に対する塚本の打つ手はそれだけだったんだろうと勝手に結論付けて、僕は頷くことに留めたのだが、この対応は合っていたのだろうか。

 いや今はそれどころじゃない。

 丁度、運動部のデモンストレーションが終わった。

 直後に自分の体が少し硬くなるのを感じた。


 ―――………


「――吹奏楽部の発表でした! ありがとうございました! ……続いては似非科学同好会の……」


 文化部の発表は吹奏楽部の華々しい演奏から幕を開けた。

 僕の出番はあと4……4、部活目? にやってくる。

 そして、奇しくも僕の前に発表をするのは、塚本弾が所属する部活〈落語研究会〉であった。

 ……なんて、あまりにも白々しい。

 文芸部の前が落研である事を驚いて見せたことが、何ともわざとらしくて白々しい。

 文体で読者から驚愕のミスリードを誘おうとしたことを白状せねばならない。

 要は、どういうことか。

 ハナから〝それを頼りに〟計画を練ったのに、すました顔して何を言ってんだ、ということである。


 僕の出番まで後、3部活目になった。


 これは個人で発露した計画ではない。


 ――後、2部活。


 僕らが僕らの利益と(たの)しさから結託した凶暴な共謀だ。


 ――後、1部活。そして、塚本からしたら本番の時間。


「……続いては落語研究会の発表です! どうぞ!」

 体育座りをした大量の視線が突き刺さる中、飄々とした仕草と表情で生徒の前を歩いて行く塚本。

 自身の伸長よりも高いマイクスタンドの前に立ち、慌てて高さを調節し改まる。


「コホン……。ボクたっ……私達は落語研究会です! 落語研究会、略して落研(おちけん)は落語や講談など古典的な事から、現代のお笑いのようなものまで、多岐に渡って研究をしたり、練習をしたりする部活動です!」


 これは至って普通の部活動説明なのだが、抑揚のあるはっきりした格好良い声でそれを言うものだから、もはや何かしらの演目に見えてくるのがなんとも不思議というか見事だった。いつものふざけた塚本とのギャップにやられる。

 不覚にも塚本が格好良く見えてしまった。

 尊さが過ぎると死に至ることがある、ということを聞いたことがあるが、この現象はそれに近い気がした。


「さて、先程一人称として「私達」と言いましたが、現在、落語研究会はなんと! ……部員一人となっておりまして(頭に手を当て、舌を出す)。なので、是非とも落研に入部……と言わずとも、見学など歓迎しておりますので、是非ともよろしくお願いします!」


 塚本はわざとらしく(えり)の辺りに手を持っていき、グッと持ち上げて正す仕草をした。


「ということで……今からデモンストレーションがてらに、この学校に関するお話を少々させて頂きます。いやー、既存の物語をお話するのもいいんですが、せっかくの舞台ですので、創作したオリジナル台本っていうのもまた一興でしょう!」


 そして、塚本は口を閉じ、瞳を閉じた。


 しん……。


 一年生たちは塚本に注目し、塚本の一挙手一投足を逃さぬよう集中している。

 塚本はわざと空白の時間を作って、雰囲気をガラッと自分のものにしてしまった。


 それから唐突に――塚本弾は微笑んだ。


 いや、「微笑み」と表現するにはあまりにも大きすぎる三日月の口ではあったが、これも塚本の表情管理がなせる業だと思った。これで塚本がこの場を完全に呑み込んだのだと、傍から見ても分かった。


「それでは……東西東西(とざいとうざい)! ――」


2021/01/09に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。

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