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散漫な世界だけど、深くこだわらない  作者: 不透明 白
 1 僕がボクらしくある為の、逃亡もいとわない共謀

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3/12

 【弐】


 次の日。


 その次の日。


 その次の次の次の日。


 果たして、何故こんなに省かれて、省略されて、早回しされることになったのか。

 そんなものは、振り返らなくても分かることであり、そして、分かりたくないことでもあった。


『進捗いかがでしょうか』

 すみません、まだ終わっていません……、〆切伸ばしていただくことって……可能ですか。

『無理です』


 脳内の七不思議くんと七不思議さんが、一瞬で終わる会議とも言えない会話を二つほどして終わった。

 やはり、制作側は編集に逆らえないのだという自然の摂理なのか?

 いや、そんな悲しい摂理などあってたまるか。

 ……そんなわけで。

 貴重な青春という尊い時間を失いながら、差し迫る〆切に苦悩をしている間に、今日も鯨波高校は終わりのチャイムを鳴らす。

 朝から今まで、ずっと分厚い雲が空を覆いつくしていて、昼間であっても少し薄暗く、時折降ったり止んだりする雨が見受けられた。

 薄暗い教室をLED蛍光灯が白く照らしている。

 僕は、放課後になった三年七組の教室で迷っていた。

 今から僕が文芸部の部室に行っても行かなくても、やるべきことは変わらないのだが、行かなかった暁には、もう事実上の廃部のようにも感じられて嫌な気分がする。

 しかし、行っても何かが思い浮かぶわけではない。

 迷った挙句、僕は部室へと赴き、およそ三十分間スピーチの台本を考えた。

 そして、その何も思いつかなさに虚しさを覚えた結果として、致し方なく下校するという選択を取った。

 直帰でもなければ、下校時刻を満了することもなかった僕は、がらんどうの昇降口を通る。

 外に出ると小雨が降っていたが、別に傘を差すほどでもないと判断して、気にせずに歩くことにした。

 薄暗い帰り道を一人。

 道端の水たまりに細かい雨が落ちてきて、小さな波紋が模様みたいに広がっては消えていく。

 遠くの方にやっと駅が見えだしてきた辺りで、雨の勢いが強くなった。

 慌てて走るが、学校用のリュックがバウンドして背中にダメージを与えてくる。そうやって走りのリズムを邪魔してくる。

 少し息を切らしながら屋根のある歩道までたどり着いたが、その頃には冷たい感触と共に、ぴっちりと白シャツが腕に張り付いてきて、ぞわぞわとした不快感に襲われた。

 今日は体育がなかったのでタオルは持ってきていない。

 目の前にはコンビニがある。

 駅でしか見かけないタイプのコンビニ。

 僕は真顔で、何も考えず、さも当たり前のようにそのコンビニへと入店した。


 ―――………


 果たして、肩にタオルをかけて片手にネクター缶を持った男が、駅のホームにあるベンチに座っていたら人々は何を思うだろう。

 強豪運動部に所属している熱心な学生の練習帰りにでも見えるだろうか。

 実際は、面の皮が厚くて、肩が冷えているだけのただの文化部男なのに。

 ……ほっとけやい。

 何も生み出していないはずなのに消費される脳のエネルギーの為に、ネクター缶から糖を摂取するのは、なんだかもったいない気がするけれど、そんなことに気を回している暇があったらさっさとスピーチ原稿を終わらせた方がいい。

 いつまで経っても思いつかないスピーチの内容が、あの厚い灰色の雲に浮かび上がらないかという絵空事を妄想する。

 創造力を夢想する。


「後輩君……君は一体何をしているんだい? そんな可愛くない格好をして」


 聞き覚えのある中性的な声がした。

 振り返るとそこにいたのは、かつて鯨波高校の生徒であり、僕の先輩であり、我が部の部長であった人物――折紙(おりがみ)つづる、その人だった。

「折紙先輩! ……って、先輩こそその格好はなんですか?」

 アイドル衣装並のフリルがどえらい量付いたゴシック調のワンピースは、裾の長さが膝上5センチ程度と短く、そのスカートがはためくと同時にそこから赤と黒のストライプ柄ニーソがちらりちらりと見え、こちらを挑発してくる。

 その度に目が引っ張られる。

 それはまるで、コンビニに置いてあるアダルトな雑誌――または目の前で寝ころんだ猫のフワフワなお腹のような魔力だった。

 ブラックホールのような引力と言ってもいい。

 そんな感じで、視線が抗いがたく下へと引っ張られてしまい、その度、罪悪感に苛まれる。

 そのことを知ってか知らずか、先輩はサッとワンピースの裾を手で押さえて、プイッとそっぽを向いてしまった。

 首の動きに合わせて、艶やかなクリーム色をしたミディアムボブカットヘアーがふわりと揺れ、先輩のほっぺたを撫でた。


 折紙先輩は勘違いをしている。


 だって、この目は僕の意思と関係なく動いているのだから。だから、僕は悪くないはずだ。

 あと言い忘れたが、とてもお洒落なデザインの黒いローファーを履いている。

 それをどこで買ったのかさえ想像できないが、多分学生の身分じゃ躊躇(ためら)うぐらい高いのであろうことは目に見えて分かった。

「そういえば、後輩君は私のかっっっっわいい至福の私服姿を見たことなかったね。……どうだい? かわいいだろう?」

 ……かわいいと素直に言えないこの気持ちは一体何なのだろう。

「……カォハイイ(顔は良い)」

「カワイイみたいな感じで誤魔化さないでよ! ……でもありがとう」

 なんだか全身が痒くなる空気が漂っている。

 そんな空気を晴らそうと僕は口を開く。

「そ、そうだ! そういえば、先輩、メッセージ送ったんですけど、なんで返信くれないんですか!」

 この空気のまま黙っているぐらいなら、何か適当な言葉を口に出した方がましだと思って口を開いたら、結構重要な確認事項が口からぽろりと漏れ出ていた。

「それはっ……ごめんね。私だって、いの一番に後輩君とお話したかったよ? でも今の時期は……その、編集という〝悪魔〟からの連絡を遮断しないと身の危険を感じて……それで、その、ごめんね」

 折紙先輩は俯いて上目遣いでそう言った。

 切り揃えられた前髪から透けて見える、大きくて丸っこい目と視線が交わってドキッとする。

「いや――先輩、やめてください! 僕は先輩に謝ってほしくて言ったわけじゃないんです! ただ、この先、こうやって先輩と話す機会も少なくなっていくのかなぁ……とかそういうことを考えるとモヤモヤしちゃって、その、それで、先輩と話せるちょうど良い口実が降って下りてきたから――だからメッセージを送ったんです」

 これは半分本当で、半分噓。

 本当なのは今言った通り、先輩と話したかったから。

 嘘なのは、「先輩と話すいい口実」という部分で、これは口実どころか切羽詰まっている重要な案件。絶賛とても焦っている。


 だけど、僕は見栄を張ってしまった。


 先輩と話すのが久々な気がして、それでなんというか、先輩の雰囲気に呑まれてというか、当てられてしまって、滲み出た己の醜さやセンスと美的感覚が先輩と比べて、雲泥の差であるという残酷な事実に気が付いてしまって、それで、醜い自分を隠さないと先輩に顔向けできないなと思った僕の弱い心が嘘をついたのだ。


「後輩君、君はいつ見ても可愛い。けど君――今、全然可愛くないこと考えてるでしょ」


「……」

「図星だね? ほら、優しい先輩が後輩君の悩みを聞いてあげるから。隣、座っていい?」

 そう言って折紙先輩は、僕の返事を待たずして隣に座った。

「……実は、新入生部活動紹介でスピーチをしようと思ってるんですけど、何を言うか全然思い浮かばないんです」

「あー、懐かしいなー! やったなー部活動紹介! ふーん、後輩君はスピーチをしようとしてるんだねぇ」

「はい、そうです」

 先輩は缶ジュースを口に運んだ。

 ってあれ、その赤いパッケージもしかしてネクター缶? やっぱいいですよねーネクター! 最近はペットボトルでも売られてますけど、やっぱ缶で飲むのが通ってもんですよねー!

 ところで、僕がさっきまで飲んでいたネクター缶って今どこにありますか?

 ……なんて。

 先輩が勝手に僕の飲み物を飲んだって今さら何も思わない。

 ただ様式美としてこんな風に言っておいた方がいいかなって思ったら、本当に脳内でまくし立てる自分を発見して、ただ俯瞰しただけ。

 そうでもしないと、先輩に見透かされる気がして。

 何もできない自分を見られる気がして。

「一つ聞きたいんだけど……」

 先輩は飲んでいたネクターを元あった位置に置いて、そう言った。

 その唇は濡れていて、ほのかに甘い香りがする。

「はい、何ですか?」

「君ってスピーチとかするの……得意だっけ?」

「えぇっと……あまり得意ではないかもしれませんね」

「うん、知ってる」

 先輩はそう言った後に一拍置いて、しっかりとこっちの目を見ながらこう言った。


「じゃあさ……君はどうしてスピーチなんかするの?」


「えっ……」


 先輩から理由を問われた。

 僕はその問いに対する回答を持っていた。


 そう、さっきまで確かに〝持っていたはずだった〟。


 しかし、気が付いたらさっきまで持っていたはずの答えは消えていた。

 今考えた適当な理由を言おうとも思えなかった。

 僕は深呼吸をしてもう一度考える。

 その間、先輩は目を瞑り、優しい顔で静かに待ってくれていた。

 先輩に甘えさせてもらいながら僕は考える。

 先輩は甘いんだ。

 僕に甘すぎる。

 ネクター缶にすら負けないぐらい甘いんだ。


 ―――………


『次は~三条、三条、お出口は左側です……』


「先輩、次の駅で降りるんでしたっけ?」

「うん、そうだよ」

 向かい合うタイプの席に、向かい合わない形で座り、電車に揺られる。

「そうだ! 私、後輩君に一家言あるんだけどいい?」

「……何ですか」

「後輩君がこれから何をするかは言わないでおくにしても、その影響でめんどくさいことに巻き込まれないか不安なんだけど、その辺についてどう思ってる?」

「と、言いますと?」


「後輩君は後輩君が思ってるより〝魅力的である事を忘れてはいけない〟よ。……という警告じみた告白をさせてもらいたいなって」


 お年頃中のお年頃として名高い男子高校生という立場の僕に、大学一年生としての大人の余裕を見せつけられてどうしろというのだ。

 複雑怪奇に揺れ動くこの心に、この先輩は責任が取れるっていうのか?

「えぇっと……ありがとうございます?」

 感謝の言葉を紡ぐも、たどたどしくなってしまった。

 その言葉と同じタイミングで電車は一度大きく揺れ、その動きを止めた。

 開閉音とともにドアが開く。


「あ、あと時間が出来たら一緒に旅館でも行こう! 絶対にね! もし後輩君が無理だと言っても、無理やり捕縛して引きずってでも連れていくからね!」


 先輩はそう言い残して颯爽と電車から降りていってしまった。

 去り際が嵐のように騒がしかったし、その内容は嵐以上に危険なものだった気もするが、それも先輩なりの気遣いなのだと受け取っておくことにしよう。

 僕は〝彼〟、折紙つづるという名のカワイイの求道者――その後ろ姿を眺めながら、今一度、彼が男であることに疑問を持つのであった。



2022/01/09に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。

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