いじめられてる悪役令嬢だけど全部論破してみた。
――私はリィナ・フォン・アルベルト、世間では「悪役令嬢」と囁かれる。
今年の学園卒業の間近に自宅に男が入り、睡眠薬を使って性的な被害を受けたのだ。それも、連日。
毎日戸締りをしていても、部屋に勝手にどこからか入ってくる。その犯人が学園内の数人の敵対派閥の男子と、どこからか雇われた賊だと判明したのだ。
そして今、貴族評議会のホールで私は全生徒が見守る中、「婚約者のある男性を部屋に招き入れた」となぜか糾弾されている。
噂と嫉妬に彩られた冠詞付きの呼び名。けれど事実は、噂を立てた連中のうち何人かが、私に都合の良い「劇」を演じさせるために糸を引いていただけだった。
数年前、学校の空き教室で私が始めたのは小さなサロンだった。
貴族の娘や学者、町の知識人が集まって議論をするだけの場。話題は最新の科学、社会学、フェミニズム、そして男女平等のあり方。私たちは礼儀正しく、時に熱を帯びて議論を交わした。
私はただ、あらゆる人が尊厳を持って生きられる社会を議論したかった。それだけだ。
ところが、ある日を境に噂が降りかかる。
「リィナは高位貴族に擦り寄り、王族まで誘惑している」「自宅に男を呼び寄せている」
——それを言いふらしたのは、学園で私をいじめていた令嬢グループの中心、カロライン・ド・メルクだった。
彼女は過去に確執がある。
私には、長年相手の素性を知らずに文通を交わしている男性がいた。さる縁組をしてくださる女性の紹介からだったので、その男性とすでに付き合っているものだと思っていた。
だが実際にその男性は別の女と付き合っていたーそれが、カロラインだ。
社交界で二人が付き合ってるのを緘口令を敷いた上で、彼女はその男性と密かに付き合い、結婚の時にざまぁ並の演劇を各地で公演させた嫌がらせをしてきた過去がある。
その事実が明るみになった後で、私は彼女を社交界のど真ん中でビンタしたことがある。
男性への嫉妬心からではなく、私への侮辱を感じたからだ。
わざわざ演劇を作って、長年の人の思いをバカにすることよりもビンタなどは生ぬるいこと。
「この泥棒猫!」というドラマチックなものでもない。
ただ友好関係があるというのならば、友人として先に言えばわかることをわざわざ緘口令をしき、人の好意をバカにした行為に対する手段だ。
そうして実際に嫌がらせをしたにもかかわらず、カロラインは強かにも「していない」と人前では言い、手打ちをしたことを逆恨みしていたのだからタチが悪い。自分はあれだけお金をかけて演劇を打って、人に恥をかかせたのに?
結局、カロラインはより良い男を紹介されてその男性と別れたらしいが、こちらには普通の婚約破棄よりもひどい瑕疵が残っている。
カロラインは学園長の孫娘でもある。
すでに卒業していたが、学園の指揮監督権のある職員としてこの場に立ち会っていた。
カロラインは声高に言い放つ。
「あなたね…性的被害だなんて言って、本当は男性を家に呼び寄せていたでしょう。婚約者のいない男と縁を繋ぐ程度ならまだしも、婚約者がいる高貴な男、王族にまで手を出して――嘘八百を流して婚約者たちに大迷惑をかけたでしょう。
ここで言っておくわ。単なる学園追放では済まさない。お前は娼館に引き渡される。賠償金を確保するため、過酷で需要のある店で働かされることにしてあげます」
会場は凍りついた。過去の遺恨も含まれているその悪意に、誰もが絶句する。
囁きが波のように広がる。だが私は、そこで黙っているつもりはなかった。
「まず一つ目に。『無理やり就寝中に高位貴族の男が部屋に入ってくるよう手引きしているのはお前だ』という主張について──あなたがそれを言う根拠は何ですか? 証拠は? どうしてわざわざ、日頃から婚前交渉は邪道だと言っている私が、自分から性的加害を受けなければいけない?」
カロラインは顔色を変えながら、誰かが差し出した紙切れを手にした。そこには私の名が書かれた匿名の手紙がいくつか。
が、それはまさしく匿名で、差出人の署名もなければ筆跡鑑定もされていない。感情的な声だけで人を貶めるには、あまりに脆弱だ。
私は冷静に、順序立てて論拠を示していった。
「まず、昏睡時性被害について」
証拠写真、薬の入手経路、目撃者の陳述など、具体的な物証は提示されていない。
逆に、私のサロンに出入りしていた複数の貴族男性は、私ではなく“ある令嬢”が密かに男性を金銭で誘導していた旨を証言している。
当夜、私には公式の夜会での出席記録と複数の有力な貴族の陪席者がいる(出席記録と数名の証言を提示)。
「そして彼らに有る事無い事吹き込んでいる」について
サロンの議事録(私が逐一取っていた)、討論の録音、参加者の名簿を提示。議事録には確かにフェミニズムや男女平等についての議論があるが、虚偽の申し立てや中傷を扇動する記録は一切ない。
私の目的は議論の拡張であり、個人攻撃を行う目的はない。参加者の大半が学者や市井の知識人であることは明白。
「婚約者の淑女に迷惑をかけている」について
昏睡時にレイプをされていたにもかかわらず、相手が婚約者であるか独身であるかは判別が不能。
私が提示するのはこうした被害の告発書だ。
むしろ、加害者が全員婚約者がいるというのなら、手引きをした人間がそれを知っていた可能性が高い。
「これは市井で出回っていた夢幻小説という名前の自費出版です。ペンネームはたしか、コリアンダーでした。コリアンダーさん、もとい、カロラインさん。あなたの昨年11月に書いたプロットの通りに、なぜかことが進んでいるのですよ?」
その小説には、さる令嬢がある高位貴族の令嬢にやっかみをかけて男を奪った、その令嬢は文の中で「サル」呼ばわりされている。
“こんな令嬢は、毎日軍役から帰還中の兵士に慰安婦として差し出され、刑が執行される日までに毎日慰み者にされるべきだ”と書かれていた。
その令嬢の髪の色は黒、そんな黒色の髪は汚辱で汚されることが好ましいともある。
「そして、私は今年の6月のパーティーとは別に、食事会に誘われていた。もしもこの食事会に出ていたら、私はどうなっていたか? あなたの書いたと思われる小説によると、その時に「刑が実行される」と書かれていた。これは一体どういう意味でしょう?
私がたとえば食事にさらに混ぜ物をされて、意識があやふやになったところを、たとえばホテルに連れ込まれる。そして男性と行為をしているところを抑えられる。売女だとか、挙げ句の果てには貴族をたぶらかす低俗な女と罵られていたかもしれない。もしくは、なんらかのスパイ容疑をかけられて、薬を盛られていたのにこちらがハニトラだと言われて冤罪をかけられた可能性もある」
ホテルを予約されていたことはわかっている。相手は以前カロラインとの仲を割いた男性によく似ていた従者の男だ。
「私はすでに警察に被害を報告しています。ですが、あまりにも今回私の身に起きた事件は、あなたの匿名で出版した夢幻小説の内容に似過ぎている」
また、カロラインの筆跡の一致を鑑定にかけた結果も見受けられた。
会場がざわめく中、私は決定的な一点を突いた。
「カロラインさん、あなたが主張する『私が婚約者のいる男性を呼び寄せた』という筋書きを実行するならば、なぜあなたは男たちをその場に誘導し、証言台に立たせないのですか? あなたは目撃者を出せるはずだ。だが、あなたが持ってきたのは匿名の手紙と、私の評判を落とすための噂だけ。更に言えば──」
私は、私が密かに入手していた書簡を取り出した。
それは、カロラインが新しく婚約者となった高位貴族と、私に不利な噂を流すよう依頼した明確な文面だ。筆跡鑑定報告書、使者の供述、送金を示す帳簿のコピー。彼女の手は、噂を自ら作り上げ、被害者のフレームを仕立てる側にあった。
「あなた、カロラインが私の名を被せて人を踊らせたのではないか。」
会場に緊張が走る。
彼女は赤くなり、言葉が詰まった。噓は掻き消え、紙は真実を語っていた。
「元はと言えばあなたが蒔いた種です。私が文通している男性について、私は何も知らなかった。最低限独身であるとは思っていたけれど。あなたが付き合っていて、私と友好的な態度があるのなら一言付き合っている、といえばよかったですね。なぜわざわざ演劇を仕込んで人に恥をかかせるような真似までして、挙げ句の果てにこのような逆恨みで、女性が女性を傷つける真似を? あなたは他の女性もこのように気に入らないことがあると傷つけるのですか?」
一人ひとりの声が重なり、噂話を作り上げていた者の陰謀が輪郭を帯びる。
被害者の何人かは、カロラインの側近が「手引き」のために夜会で名指しされたことを証言した。決定的なのは、ある従者の告白だ。
彼は、昏睡薬を持ち出して夜会の廊下に撒いたのはカロライン側の手配であり、そしてその薬で眠った女性の部屋に“偶然”侵入するように仕向けられた高位貴族がいたと証言したのだ。
もはやカロラインの主張は糸が切れた凧のように空を去る。
貴族評議会は眉をひそめ、王家の監督官は厳しい顔つきで書類を読みふける。私は感情に任せて罵るつもりはない。ただ、真実を示したまでだ。
「私がここで望むのはただ一つ。被害者たる私が安全を取り戻すこと、そして噂を撒いた者が法の下で責任を取ることです。私ではありません。私がしてきたのは議論と教育、そして被害に苦しむ者の支援です。誤った愛憎のために人を貶めることがどれだけ危険か、今日、ここで明らかになったでしょう?」
評議はカロラインとその共謀者たちの取り調べを命じた。噂を流した者たちは社会的制裁を受け、いくつかは隠居を余儀なくされ、学園からの追放や父兄への報告がなされた。彼らの多くは、自分たちが仕組んだ「劇」がどれほど多くの人に傷を与えたかを思い知ることになった。
噂が消えたわけではない。
人の口は一度開くと容易には閉じない。しかし、今日、私は「悪役令嬢」としてではなく、誤りをただす者として評議会の前で真実を突きつけた。
私は風紀を乱したとして学園を結局追われたが、私はそれで満足だ。
真実を守ることは、たとえそれが風当たりを強くすることであっても、自分の身を守るために忘れてはならない務めだと。
女性が男を使って女性を襲わせるなんておぞましい事件があったら怖いですね。どんな倫理思考してるんだよと。




