第99話 焚火の前で
スキュラ討伐の後、アイリスはとうとうカイルに話しかけることはなかった。完全に見限ったようだ。しかも思いつめたように彼を睨んでいる。俺は心配になって、みんなが寝静まった夜(ここは魔王城だから日は上らないが)の見張り当番の時に彼女に近づいた。暖を取るために焚火の前に座る彼女に、小声で今カイルをどう思っているのか聞くと悲し気に首を横に振った。
「プラムは同じだと言い張って来たけれど、アレはわたくしのカイルではないわ。いくらなんでもあんなに子どもじみた人ではなかった。あの人を取り返すことはもうできないのね……」
ああ、バレちまったか。でも俺がそれを知っていたと明かすわけにいかない。
「……本当に違うのか? でもあのカイルに誰かを乗っ取るなんて出来ないと思うけど」
「そうね、あんな弱虫にあの人を殺せるわけはない。だけどもう死んで体だけになっていたとしたら?」
「うーん、それでも出来ないと思うぞ? そんなのこの国最高の魔法士でもできないと思うし、アイツにそこまでの魔力は感じない。誰か他の人間が、例えば聖女であるプラムならできるかもしれないけど」
アルは出来てるけど、それだって突発的な事故だったみたいだし。
「そうね、それならアレがプラムの不在に取り乱す理由もわかるわ」
「だからってカイルが本当に死んだのかわからないぞ。だって体は生きているんだ。とにかく魔王を倒すまではおかしな真似はしないでくれよ」
実際俺もかなり長期にわたってリアン君に憑依しているが彼は今も生きている。でも本物のカイルがアイリスのいい人かどうかはわからない。ただアルの話ではこの悪魔のゲームはすでに5人以上のプレイヤーが犠牲になっている。もしかしたらもっとかもしれない。その状態で本物のカイルが生きている可能性はかなり低い。それでも全くの0ではない。
「わかっているわ。わたくしだって借金返済を考えなくてはならないもの。でも魔王討伐が終われば、わたくしの好きにさせてもらうわ」
「何だか物騒だな。絶対殺すなよ? 曲がりなりにも勇者だからな」
「あなたはアレに魔王が倒せると思うの?」
「実力じゃ無理だが俺たちでサポートして、最後の一撃だけやってもらうのがいいと思う。そのためにも俺たちは確実に魔王を瀕死状態にまで追いやらなくてはならない。精霊様たちが付いているとはいえ、俺たちは生きて戦い抜かないとな」
「……わかっているわ」
いつも凛として顔を上げているアイリスが自分の膝に顔を埋めた。
「わたくしは少なくとも自分の行動に自信があったの。アルフォンス=レッドグレイブのことも嫌って当然だと思っていたし、カイルを選んだことも間違っているとは思わない。でも彼がアレになったと思った時にどうしてもっとちゃんと問いたださなかったのか……。後悔してもしきれない」
「好きな人の人格が変わったとしても、普通は何かひどい目に遭ったとか病気だとかしか考えない。そんな怪しい人物に乗っ取られるなんてあるはずのないことだ。それに恋って気が動転しているときに落ちるって聞いたことがある」
「そうなの?」
「ああ、例えばよく揺れるつり橋を渡っているときに見た相手に好意を持つようになるそうだ。アイリスはどうだった?」
「初めて会った時はレッドグレイブとの婚約を告げられて、確かに気が動転していたわね」
「それに好きになったら相手のことを信じたくなるものだよ」
初恋はともかく誰とも付き合ったこともない俺が言うことではないけど、リアン君の知識と俺の知る情報を組み合わせて、アイリスをフォローした。彼女が落ち込んでも何もいいことはないのだ。
彼女は嫌悪を露わにして、頭を大きく振った。
「わたくしはアレを夫にしなくてはいけないのかしら……?」
「この旅が成功したらそうなる……と思う」
魔王討伐が成功したら、勇者カイルと剣聖アイリスは純愛としてプロパガンダに使われるだろう。その2人が結婚しないのは王国側から見てもよろしくない。アルフォンス君との婚約破棄も命がけの旅を乗り越えてきた2人のために身を引くという言い訳が必要なのだ。もしそうしないとアルが元の世界に帰って彼が死んでしまった時に、色々と面倒なことになるからだ。
「悪いけどアルフォンス様との結婚を望むのはやめてくれよ。君は国王陛下の前でカイルとの仲を見せつけたんだ。都合が悪くなったからって手の平を返すのは全く誠実とは真逆の行為だ。アルフォンス様も受け入れないだろう」
「わかっているわ。自分が愚かだったってことぐらい!」
「シッ! 声が大きい。みんな眠っているとは言え、すぐ側の馬車にいるんだぞ。今後の身の振り方を考えるより、今は魔王討伐に専念してくれ」
「一番それを言いたい相手が一番やる気がないけどね」
全くだ。それでもカイルには最後の止めを任せないといけないんだ。もう少しで魔王の部屋だが頭が痛いことには違いなかった。
「なぁ、それならいっそのこと、カイルに聞いてみないか? 今でも役に立たないんだし、本当のことを聞いてお互い協力し合えれば一番よくないか? それなら君も彼を殺したりしないだろ? 聞きたくないか?」
「それは聞きたいに決まっているわ。答えによっては怒りが増すかもしれないけど、魔王討伐までは協力する。わたくしの剣に誓いましょう」
剣聖が自らの聖剣に誓う言葉だ。違えるはずがない。俺たちは朝になったらカイルから話を聞くことにした。
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