第98話 浴場での戦い
この魔王城は宮殿タイプのダンジョンだ。魔王は城の一番奥の謁見の間から上がる塔の上にいる。だが普通の城ではないのでまっすぐ謁見の間に行くことはできない。中は迷路のように色々な場所に出る。中庭に出ることもあれば、地下牢に出ることもある。そして今近づいているのが風呂、浴場だ。だがそのことはまだ明かせない。
「なんだか湿気も強いし、水音もするね」
「厨房か、お風呂、洗濯場が近いんじゃないかしら」
アイリスは以前よりも俺とチェリーとよく話すようになった。カイルがほとんど役に立たないというのもあるけど、オーグル退治の後彼女は彼を許さなかったのだ。
「わたくしはあなたとプラムが親友だという言葉を信じていたし、尊重もしていたわ。それにあなたに危険を伝えようとしただけ。それなのに嫉妬は見苦しいと言われる筋合いはないわね」
彼女はプラムの姿をしたオーグルに気が付いて止めただけなのに、暴言を吐いたのはカイルだ。そう言われて彼は初めて謝ったがアイリスは受け入れなかった。それだけ理不尽で冷たい言葉だったし、助けてもらったんだからちゃんとお礼も言うべきだと思う。だがカイルがお礼を言ったのはオーグルの情報をもたらしたエリカにだけだった。
そもそもカイルはアイリスを下に見過ぎだと思う。最初から好感度が高いせいなのか?
彼女はこのゲームのヒロインであり、ストーリー進行に欠かせない人物だ。最初の学園編でリリーと親しくなるきっかけもそうだし、次の王宮編もアイリスがいるからローズ王女やくっころ女騎士に信頼してもらえる。その次の冒険者編でも未熟なカイルを支えるのは彼女だし、剣聖で伯爵令嬢という立場がカンナを仲間に加えるための救出劇に一役買っている。そうして勇者になってからも魔王城での戦いにも彼女は最大戦力である。
好みのタイプじゃないからなんだろうか?
カイルの好みはエリカみたいな黒髪ボブの巨乳なクール美女だ。なんでもこなすけど口下手な恥ずかしがり屋で、主に忠実なタイプでもある。アイリスは青紫のロングヘアにスレンダーボディで自分の意思をはっきり持つ真面目で正義感が強く、ちょっと融通が利かない系の剣士だ。2人は真逆と言っていい。でも普通は好意を寄せてくれる相手にもうちょっと優しくしてもいいと思うんだ。
それに実際のエリカが主として認めるのはエリーちゃんで、彼女以上になるためには神になるしかない。カイルどころか人間では普通ムリだ。しかも口下手な恥ずかしがり屋でもない。訛りが強いだけで、気を許した相手にはよくしゃべるのだ。
彼女が話しかけないのは、カイルの事に興味がないからだ。エリーちゃんに無礼を働いた記憶もあるので嫌い寄りの無関心だ。ただ俺を救うのに彼が必要だとエリーちゃんに言われているから最低限だけしか話さない。その証拠にエリカが食事を配るときにカイルには無言で渡すが、俺には「たんと食え」と言ってくれる。
「どうやら浴場のようね。水音と一緒に香油の香りもするもの」
その言葉にハッとする。ということはアイツが出てくるのだ。俺はモカを見ると彼女も頷いていた。前回アレを倒した時は本当に大変だったんだよ。その後始末がな。
「水系のモンスターが出てくるだろう。みんな気を引き締めてくれ」
俺は指輪にしてあったフレデリカの魔剣、『火焔』を出した。
水系でもあるけど、陸系でもあるんだよな。顔をすごく美人なんだけど、男好きの大喰らいなんだ。男好きって恋愛的な意味ではない。元は水の精霊だったんだけど神の嫉妬を買い醜い怪物にされたそうで、生き延びるために船乗りの肉を喰らっていた。そのせいで男の肉を好んで食べる。そういう逸話からなのか、この魔王城でも男だけを狙ってくる。
「うわぁぁぁ、なんだこれは!」
俺の後ろにいたカイルの叫び声が上がり、振り返ると彼は雁字搦めにされて宙に浮いていた。そのまま引っ張られるので、俺たちも急いで追いかけるとそこは使用人向けの大浴場だった。そして大きな浴槽の中央に水色の髪を長く伸ばした青い目の美しい女がいた。乳房が露わになっていても隠そうともしない。それよりも食欲の方が勝っているのだ。
シュタッとモカが跳びあがり、いつの間にか持っていた短剣で女の髪を切り、宙に浮いていたカイルが浴場の床に落ちた。まだ毛が絡まったままだがそのまま引きずって連れ出そうとすると女は咆哮した。
この声を聴くとスタンガンされたように体が動かなくなる。モカもぴたりと動かなくなった。
女は自分の有利さを確信して、そのまま浴槽から体を引き上げた。足元が6匹の犬の頭と12本の脚がついている。スキュラだ。
前回の時はルシィが狙われた。
エリーちゃんは幼児なので時々お昼寝が必要になる。それでお昼寝中をアルが背負っている間、いつも彼女のポケットにいるルシィが俺の頭の上に乗っていたんだ。アルたちのパーティーで一番弱いのは俺だったから俺を狙うのは当然だったけど、ちょうど頭の上にいた小さな赤ちゃんセルキーはそれ以上に扱いやすかったのだろう。
さっきのカイルと同じように髪の毛で一本釣りされたルシィは、美しい女の顔がぱっくり割れて食べられそうになった時に嫌悪感からかキューっと鳴いた。
その瞬間、アルに背負われて眠っていたはずのエリーちゃんが女神のまま権能を揮い、スキュラは砕け散った。
エリーちゃんはそのまま眠ってしまったので、急いでアルとルシィがこの大浴場を凍結しスキュラがダンジョンに死んで吸収される前に保存。全員でその肉塊を全部集めた。あれは大変だった。そしてアルの魔力を込め直してそれからダンジョンに吸収させたのだ。
なぜなら女神の御力が籠ったスキュラの死体をダンジョンに返せば、エリーちゃんがこの世界にいることが悪魔側にバレてしまうからだ。それに食欲のままに顔が口になる化け物はよくアニメにもなっているが、本物はマジでおぞましい。だから顔が口になる前に倒したい。
再度カイルを襲おうとしたときにエリカが横から蹴りを入れるがスキュラは12本の脚でかなり素早く動けるので避けた。それでもモカが一番近くの犬の頭の目に短剣をぐっさり刺して牽制しカイルに飛びつくと、今度はステルス状態のモリーが防御魔法を使ってスキュラの水魔法を防ぎ、じりじりと後退する。
簡単に防御魔法が壊れないと悟ると、今度は俺を狙ってきた。長いスキュラの爪と魔剣『火焔』で打ち合いになる。打ち合い度に火花を嫌うのでやはりコイツは火が得意ではないのだろう。
そのすきにアイリスがまずはモカが刺した犬の頭を落とし、次々に他の頭も落としていった。その間にチェリーがファイアーボールで援護するも、ちょっと外している。首がなくなっても脚の動きの方が早いからだ。見かねたステルス状態のミランダがそれたファイアーボールを風魔法でスキュラの後頭部にぶつけてくれた。
「ええっ! ファイアーボールが曲がった?」
「そんなことより、もっと援護くれ‼」
「わかった!」
チェリーはさらにどんどんファイアーボールを打ち、ミランダのサポートもあって火傷だらけになったスキュラが目の色を変え憤怒の表情に変わった。
まずい。あの口をまた見るのか? しかも俺が一番近いじゃん!
そう思ったら全部の犬の頭を切り落としたアイリスがその胴体を切り落とした。犬の脚を失ったスキュラは彼女に魔法を放つが俺が横から風魔法のウインドトルネードをぶつけることで魔力を逸らし、彼女はそのまま止めを刺した。剣聖の聖剣にこもる聖なる力でスキュラは元の精霊に一瞬戻り、そのまま光の粒となって消えた。
多分これがスキュラの正しい討伐方法なのだろう。口だけの怪物化する前に浄化して精霊に戻さないといけなかったのだ。前回はすでに怪物になっていたのでダメだったんだな。
これで終わったと思いきや、今度はカイルが泣き叫びだした。
「何だよ、コレ! 俺全然いらねーじゃん。もう帰る‼」
おいおい、お前が帰ったら全部水の泡なんだよ。だから帰すものか!
「勇者が居てこその勇者パーティーだぞ。それにお前、ここから逃げかえって前と同じように魔法学園に入れてもらえると思っているのか?」
「えっ……?」
「アイリス様を不義の悪女に仕立て上げ、その噂を払しょくするために魔王討伐に出たんじゃなかったのか? そのお前が逃げ帰っても誰も相手にしない。この国にお前の生きていける所はもうないんだよ」
「そんな! もう嫌だ、ログアウト! ログアウト!」
カイルが何度ログアウトと叫んでも、彼は戻ることが出来なかった。どうやらプラムがいないとログアウトが出来ないのだ。
「ログアウトが何だか知らないが、プラムを助けるためにも魔王は討伐しなくてはならない。それは国王陛下に地位を約束された俺にも、名誉回復と借金返済のためにアイリス様にも、功績をあげて婚約者として認められるためにチェリーにも、アルフォンス様に命令されてきたエリカ様やモカ様にも必要なことだ。俺たちは最後まで戦う。だからお前もちゃんとついてきてくれ。魔王は勇者にしか倒せないのだから」
俺が諫めても、うわぁぁとカイルは泣きじゃくるだけだった。アイリスはもうすっかり呆れ果てて、彼を慰めようともしなかった。チェリーはオロオロしたが好きでもない男に近寄る気はなく、当然エリカもモカも、姿を消したミランダとモリーも何もしない。俺もこれ以上どうすることも出来なかった。
「ここのモンスターはいなくなったんだ。しばらくは安全だろう。カイルが落ち着くまでそっとしておこう。それに俺たちも休憩したいしな」
「ええ、そうね」
「みんな汚れたからクリーンの魔法陣に乗りなよ。最初はリアンからね」
「それは俺に飯を作れってか? チェリー」
「バレたか」
「カイルの分もちゃんと作るから、落ち着いたら食えよ!」
そう声掛けだけして、俺たちは休憩することにした。次の戦いもあるしな。
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