第94話 誘拐
枯れ泉はなんつーかあれだ、2人用の露天風呂ぐらいのサイズだった。昔親父が温泉旅行で家族だけで入れるように予約したら、カップル用だったので3人(俺一人っ子)でキッツキツに入った覚えがある。
その代わりここは底が意外と深くて、パっと見だけど2メートル以上はありそうだ。
「カイルとプラムはこの中に入って浄化して欲しいわ」
「中に入る必要ある? こんなに小さいんだから、外からかければいいじゃない」
アイリスの言葉にプラムは反論する。どうやらまだやりたくない様子だ。
「ではここから掛けてくださる? わたくしは遠くから掛けるより、近くから掛けたほうがよいと思っただけですもの」
それでプラムが浄化魔法を放つと、魔力は底に届かず弾かれてしまった。
「どうして? 魔王に穢されているなら、この浄化でうまく行くはずなのに……」
「やっぱり下に降りて調査した方がいいんじゃないか? 原因がわからないのにいたずらに魔力を使うのは良くないだろ」
俺も下に行くことを薦める。なぜかというとプラムの浄化魔法を弾いたのは大聖女であるモリーなのだ。つまりただ浄化させるだけではダメだと言うことだ。でもプラムは頑なに断る。
「イヤよ! 命が危ないかもしれないのよ!」
急な警戒心の強さはどういうことだろう? ゲームにない展開だからか?
「この討伐自体が命がけだけどな。だったら俺が行こう。この泉の水を飲んだことがあるのは俺だけだから」
俺は枯れ泉へ試しに石やゴブリンナイフを投げ込んでみた。当然何も起こらない。モリーが何もしないからだ。
「下に行ってみる」
俺は泉の底に飛び降りると底を踏みしめてみたり、這いつくばって地面を観察したりしたが当然何もない。その時にモリーも回収しておいた。
「何にもないぞ」
「そんなはずはないわ! 私の魔法を弾いたのよ‼」
「……だったらチェリー、代わりに降りて来てくれ。俺も横にいるし」
「ホントにほんとに大丈夫なのよね?」
「おう、キースとの友情に誓ってもいい」
無事に戻ったらリアン君とキースは同僚になるからな。しかも子爵家子息のあちらと爵位継承者のリアン君ならリアン君の方が立場は上だ。
「……わかったわ」
チェリーは覚悟を決めたのか、すぐに飛び降りてきた。
「本当に何もないわね……。狭いし」
「そうだな。浄化魔法を頼む」
チェリーが魔法陣を起動させてみるけど、枯れ泉は魔法を吸収するも何も起こらなかった。すでにここにいた光と闇の精霊はどこにもいないからな。
「これは……全く手ごたえがないわ。私では魔力が足りないみたい。やっぱりプラムでないとダメなのね」
「それじゃあ次はプラム。下りてきてくれ。チェリー、この程度なら自分で上れるよな」
「とっかかりがあれば大丈夫よ」
そう言って登っていく姿に俺は感慨を覚えた。体力をつけさせるのに本物の崖を使ったボルダリングもしてもらったからな。チェリーもサリーもいいとこのお嬢さんだから、1度も崖なんかよじ登ったことなく大変だったんだよ。
それもこれも全部カイルとプラムのせいだから。だからさっさと下りてこいよ。
「ほら、早く。それとも俺が邪魔なら上がるけど」
「いいわよ、とりあえず下りるわ」
プラムが降りてくると次は俺との距離が近いことを嫌がった。そりゃあカップル向け露天風呂クラスの狭さだからな。
それで俺は黙って身体強化でジャンプしてあがると、プラムは観念して浄化魔法を唱え始めた。
「聞け、輝ける光の精霊たちよ。我の望みはこの枯れ果てし泉の復活なり。邪悪なる存在からこの泉を救いたまえ」
プラムの体が輝き、浄化魔法が発動した。それと同時にプラムの姿が消えた。
みんな驚きで息を飲み、何も言えなかった。最初に復活したのは俺だ。知らない方がいいってこういうことか。
「どういうことだ?」
「さっきは本当に何もなかったのに……」
チェリーが言い分けるように慌てだし、カイルが俺の胸倉をつかんできた。
「おい! お前、プラムをどこにやった?」
「し、知らない。本当にさっきまで何もなかったんだ。お前だって見てただろ? 聖剣の持ち主なら邪悪なるものの気配を感じるはずだ。アイリス様はどうですか?」
本当にどこにやったか知らないし、モリーだって俺のポケットの中だ。それに今回は邪悪なるものではなく、アルが仕組んでいるから何も感じなかったはずだ。彼は精霊たちの味方、いわば聖なるものなのだからな。
そしてもう一人の聖剣の持ち主が俺を擁護してくれた。
「……確かに何も感じなかったわ。カイル放してあげて」
「チッ!」
カイルが俺を突き飛ばすように手を離した。それと同時にひらりと1枚の紙が落ちてきた。
『プラムは預かった。返してほしくば魔王城へ来い』
それを読んだカイルはすっかり青ざめた。
「魔王に誘拐されたんだ……どうすんだよ! お前のせいだぞ‼」
確かに俺は仕掛けた方だが、その前にお前らが俺を巻き込んだんだろ。
「どうするも何も行くしかないだろう? どちらにせよ、俺たちは魔王城へ行くしかないんだから」
そんな時に泉を見回りに来るモンスターが現れた。都合よく下級デーモンだ。俺だけにしか見えないがステルス状態のモカとミランダがドヤ顔をしている。どうやら下級デーモンが来なかったのは2匹がこっそり倒していたからのようだ。となるとあのカイルの息苦しさはモリーだな。
「つべこべ言ってないでコイツを倒してさっさと行くぞ。止めはカイル、お前だ」
ああ、これでやっと魔王城へ行ける。
お読みいただきありがとうございます。




