第93話 罠
俺たちはサリーと別れて、枯れ泉に向かった。
リアン君の記憶ではそこは泉のおかげで緑の森があったのだが、3年前に枯れてから木々は減り、倒木やまだらな雑草しかない。そんなものでも北部の人間にとっては大きな資源だ。倒木は乾かせば薪に出来るし、雑草はものによっては食えたり、薬草だったりする。人間が食えなくても馬が食えることもある。
それに今ではモンスターの出る狩場でもある。いつ来るかはわからないが3日もいれば何かは獲れる。リアン君が下級デーモンを倒したのもここだ。とにかく何日か張っていれば間違いなく倒せるはずだ。
ただすでに周囲は森ではなく見晴らしがよくなっているので、少し離れたところで待機しなくてはならない。真正面ではないが、小さめの洞窟があるので馬車ごとそこで待つことにした。草や岩もあるのでうつぶせに寝ころべば見張りやすい。リアン君の時は1人だったのでもっと近くにいないといけなかった。泉の近くにあった大きめの木のうろ(もうすでにない)の中で息をひそめて待っていた。魔法学園に行くために冬の極寒の中、下級デーモンが来るのを耐えていたのだ。それに比べたらかなり涼しくても、夏である今はかなり過ごしやすい。
しばらく待っていると来たのはオーガ1体だった。いつもなら当たりだが今回は外れだ。こいつらは見回るようにしばらくこのあたりにずっといるので、次のモンスターの登場のためには討伐しなくてはならない。
「オーガだけど、カイルが行くか?」
「なんで俺が?」
「少しでも実戦慣れした方がいいからさ。アイリス様とプラムにサポートしてもらってもいい」
「ふん、1人でいい」
そうして短剣というには長いが、長剣とは呼びにくい聖剣を手にオーガに向かって行った。アイリスやプラムはそのまま動かず見守っているだけなので、俺はいつでもサポートできるように近寄った。するとさすがは聖剣、刃がオーガの体に当たるたびにダメージがしっかり入るようだ。ゲームなら相手のHPが減っていくのがよく見えるのではないだろうか。何度目かの攻撃が入って、オーガは倒れた。
「やった!」
うん、これまでに比べたらずいぶん強くなったんじゃなかろうか。これが下級デーモンぐらいでも同じくらいできればいいんだけど。
だが上がったカイルの息を整える暇もなく次は下級デーモンが現れた。
「俺がサポートする、このまま倒すぞ」
「待て、まだ息が……」
「敵は待ってくれない。できるだけ早くこい」
俺は下級デーモンを傷つけないように意識を逸らすことに集中した。倒すのにダラダラすると強化されて仲間を呼ばれてしまう。
「チェリー、浄化魔法を用意!」
「わかった!」
俺の言葉で魔法陣を取り出しながら、駆けてくるのが見える。
「カイルまだか⁈」
「ポーションがまだ効いていない」
はぁ? そんな悠長なこと言ってられるかよ。俺だってまだ余裕で倒せるわけじゃない。
チェリーにサポートに入ってもらおうと思ったが彼女にこの下級デーモンを倒させることにした。俺はできるだけダメージが入るよう攻撃しデーモンの体を切りつけた。するとエリーちゃんの修理のおかげなのか、前よりも威力が増しデーモンは真っ二つになった。でもまだ死んだわけではない。
「チェリー、打ち込め!」
彼女は返事を返す代わりに浄化魔法を敵に浴びせると、下級デーモンはそのまま魔石だけを残して消えた。
「おい! 俺の獲物が‼」
「何言ってるんだ! 俺だってそこまで余裕ねーわ。だいたいポーション飲んだらすぐ攻撃だろうが! 動いている間に効いてくるし、お前の剣は浄化魔法と一緒なんだから」
「うるせー! 思ったより息が苦しかったんだよ‼」
「どっちにしてももう私が倒してしまったんだから、しょうがないじゃない。こんなところで争ってないで次が来るのを待った方がよくない?」
いい加減面倒になったのか普段そういうことを言わないチェリーが至極もっともなことを言ってくれたので、俺たちは待機場所の洞窟に戻った。
「もう下級デーモン以外は動かねぇ」
そう言い張るカイルのことを俺は苛立ちを覚えた。俺としては彼に戦闘にもっと慣れて欲しかった。でも下級デーモンを倒さないと魔王城へは行けない。だが3日待っても、オーガは現れても下級デーモンは来ない。カイル以外の全員でオーガを倒していく。
彼の代わりに下級デーモン討伐に成功したチェリーの成長は著しかった。今までオーガを1人では倒せなかったのだが、それが出来るようになったのだ。彼女も自信がついたのか、俺が指示しなくても的確に浄化魔法を放ってくるようになった。
そうなるとカイルも焦りを見せ始めた。なぜならこのパーティーで一番弱いのは彼だからだ。だがオーガを何体倒しても、次は出るだろうと思っても全然下級デーモンが出てこない。
「カイル、そろそろ次は倒しに行った方がいいと思うわ」
「じゃあ次がオーガでも下級デーモンでも、俺とチェリーは手を出さない。それでいいだろ」
さすがのプラムも見かねて言い、俺が邪魔しないと宣言したので彼はイヤそうにだが承知した。
次はオーガが3体現れて、カイル、プラム、アイリスで向かう。カイル以外の2人は難なく倒し、彼も何度か切りつけて倒すと、また息が苦しいという状態に陥った。それでプラムが治癒魔法をかけると、その間に下級デーモンが現れた。
「わたくしの後に続いて、止めを刺して!」
アイリスが華麗な剣裁きで下級デーモンの首を落としたが、カイルは動かない。治癒魔法が効いていないようだ。
「プラムでもいいから早く!」
アイリスの呼びかけにプラムが浄化魔法を放ち、下級デーモンは消えた。今度はさすがに俺の獲物がとは叫ばなかった。
前回は当事者だったのでそこまで見られなかったが、明らかにカイルの様子はおかしい。確かに動けないようだ。
「なぁカイル。お前、どっかで呪われていないか?」
「呪いだと!」
「だってオーガとの戦いを見ていたけど、切りつけたのだって数回程度で息が苦しくなるほどの大技を放ったわけでもないだろ? なのにあんな状態になるんだ。他に原因があるとしか思えない」
どうも心当たりはないようだ。
「あの、前に持っていたオークの剣のせいってことは?」
チェリーが珍しく発言する。彼女は変わろうとしているみたいだ。下級デーモン討伐はいつも自信なさげな彼女を本当に強くしたようだ。
「だったら俺がかかっていてもおかしくないか? 今は俺が予備の武器として管理しているぞ。いや倒したのはアイリス様だから……いかがですか?」
そう言って俺はアイリスの方を見ると彼女はそれを否定した。
「わたくしは万全です。問題があるのはカイルだけよ」
「何かおかしなものを食べたとか、持っているとかないか? ダンジョンで取れた魔石を黙って持っているとか……」
「ねーわ! そういう行為は勇者としてダメだろ‼」
そうなんだ、この世界は精霊のおかげで魔法やスキルが与えられている。アイリスが悪事に手を染めたら剣聖の称号を失うのと同じで、勇者もつまらない悪事で称号が失われるのだ。立小便で精霊に嫌われて失ったケースもあるらしい。でも聖剣は成長しているから彼が勇者なのは間違いない。
「称号に反応しているのではないかしら? 彼が持っているであろう勇者にね」
アイリスの指摘に全員黙るしかなかった。それを解除できそうなのはプラム1人だ。
「プラム、カイルに浄化魔法をかけてみてくれ」
「お、俺は呪われてなんかない!」
「どうしてそう言えるの? あなただけ苦しくなるのはおかしいじゃない!」
俺はカイルの言いたいことがわかる。きっとステータス上では何の状態異常の表示がないのだ。プラムも同じように考えていたようだが、俺たちに勧められて仕方なく浄化魔法をかけた。当然何も起こらない。
これはきっとアルの仕掛けた罠だ。カイルが動けなければ困るのは俺もだけど、たぶん犯人のプラムもそうだ。
「もしかして泉の浄化を先にしろってことなのかな……」
チェリーが俺の言おうとしてくれたことを先に言ってくれた。俺はそれに乗っかった。
「なるほど、一理あるな。……これまでの泉のようすから、下級デーモンよりもオーガの登場が多かったし、俺とチェリー、それからアイリス様で倒せば問題ない。その間にプラムが泉を浄化すればどうだ?」
「ちょっと待って! まだそうと決まったわけではないでしょ?」
「でもどうするんだ? 肝心のカイルが戦えないんだからさ。元々泉の浄化をしようと言ったのは君だ、プラム」
「わたくしもやってみる価値はあると思うわ」
アイリスにまで肯定されると、プラムは渋々泉の浄化をすることを承諾した。
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