第92話 疑惑の女
プラムを自然な形で泉に連れていけそうだと言うとエリーちゃんとアルはニッコリと笑った。
「でもリアン、むりしちゃダメだからね。いのちだいじによ」
「エリーの言う通りだ。犯人は悪魔に魂を売るような輩で、前回君を襲ったことを考えてもとても危険だ。理由がわからない以上、僕らの罠の内容は言わない。君たちが泉に来てくれさえすればいいからね」
そう言って彼らは通信を切り、モリーは再びタブレットを体の中に入れてしまった。
「さぁリアン。早く寝よ寝よ。あたし、ずっと隠れてたから、足だるいのよねー」
(モカおねーちゃん、すがたがみえないのにしゃがむの。よけいなちからつかいすぎなの)
ステルス状態なので物陰に隠れる必要は確かにない。きっと足元の草むらで息をひそめていたんだろう。
「なんていうか誰かの視界に入ったら身をかくしたくなるっていう本能? ってやつよ。なんか見られているみたいで気持ち悪いんだもん」
そんな話をしながらモカが俺の布団に入ると、ミランダとモリーも後に続いた。俺もワンコの時に一緒に寝るのに慣れているので側に横たわった。
それでも怒りで目がさえて俺は考えずにはいられなかった。
犯人はプラム、つまり女性ってことだ。俺の周りに女性は残念ながら母さんしかいない。いとこたちも男だしな。
俺のVR機のナンバーを盗むには方法は2つだ。売る前からナンバーを控えてあってそれを使うのと、俺が長期に使わなかったメンテナンスに出したときだ。だからメーカーであるカーライル社の誰かがと思っていた。そういう人ならVR機の乗っ取りなんてお手のものだろうしな。でもあの会社はエリーちゃんとアルと繋がっている。本物の女神の前で下っ端が悪さすることを許すだろうか? そんな行為があれば徹底的に調べ尽くすと思うし、見つかったのなら向こうで犯人を捕まえることも可能だ。
でももう1つ、俺が代理店として使った店の従業員なら盗める。それで思い出したんだ。俺にこのゲームを勧めたのは女性だったことを。店長の村瀬さんの姪の速水さんだ。あの人は俺がVR機を受け取りに行ったときもいたしな。疑惑の女とはまさに彼女のことだ。
村瀬さんの話では結構なゲーマーだって事だし、男嫌いもカイルとしか親しくしていない所に出てる。条件にピッタリじゃないか。有名大学に行っているから金持ちの先輩にも声がかけやすいだろうし、それで不正ソフトを売ったんだろう。化粧っ気がなくても美人だったし、おとなしげに見せて食い物にする男たちがコロッと引っかかったに違いない。
怒りで胸が苦しくなってきたら、モカがころりとこちらに寄って来た。モフっとして暖かい。今は夏だけど北部は1年中寒い。足元にはミランダも丸まっている。モリーはいつの間にか俺の額の上にいた。みんなの体温をほんわり感じる。怒りの奥にあった冷たい何かが優しくくるまれているようなそんな気がして息苦しさが収まった。
そうだ、怒りに身を任せてはいけない。とにかく俺はプラムを泉に連れて行かないといけないんだ。それで目を閉じて、気が付くと朝だった。
用意してくれた朝食の席に着こうとすると、リンダに手を引かれた。俺は食堂に入らず廊下の隅で彼女と話すことにした。
「どうしたんだ?」
「あの女、信用できる?」
俺は言葉に詰まってしまった。今一番信用できない人間だからだ。
「実はこの討伐隊に入るまで二言三言しか喋ったことがないんだ。いつも無口でカイルかアイリス様としか話さないんだ。今回の旅で他の女の子たちとは打ち解けたみたいだけど、俺はいつも御者席にいるから」
「リアンは貴族になるのにそんな役割なの?」
「その馬車の使用権は俺にしかないんだ。つまり俺の許可なく動かせない。だから御者席に座るのも俺だけだ。指示すれば勝手に動いて障害物は避けるし、必要ならモンスターもはねるぞ」
「すごい馬車だね。魔道具なのか」
「そうだ、天才魔道具技師レッドグレイブ男爵の馬車だ。今後俺が仕えるのはそのご令息様だ。プラムを疑うのは昨日の発言のせいか?」
「そうだよ。あんまりおかしなこと言うから、よくよく眺めてみたら前に泉の側で見かけたことがあったんだ。あの泉は水が豊富だから行商人や客人にも少量なら汲んでいいことになってただろ」
北部にとってすべての資源が貴重だが、来てくれる商人にとっても水がなくなるのは死活問題だ。ケチって品物を持ってこなくなるのは困るから、よそ者でも役に立つと思ったら水をくむことを許していた。昔は滾々と溢れんばかりに水を湛えていたしな。
「どんな様子だった?」
「どんなって、ただコップに水を汲んでいただけだよ。そういえばもう一人はあのカイルって子だった気がする。でもおかしいね、見たのは3年より前だよ。今と同じ姿っておかしくないかい?」
「……ホントだね。有益な情報ありがとう」
「気をつけな。アレはヤバいやつだよ。力量がつかめないからね」
「うん」
俺はゲームのあらすじを大体しか知らないが、カイルは過去へ行き婚約直後のアイリスと出会うのだから、プラムと共に過去でここの水を飲んで能力アップをしていたのかもしれない。よく考えれば過去編は王宮編、冒険者編を越えた後だ。つまりカイルが飲むのはもっと先ってことだ。
じゃあどうして今水を飲むのが必要なんだ?
そうかリセット! リセットして能力値が下がったから、またここで上げようとしたんだ。きっとアップする倍率を上げられるアイテムかスキルを持っているんだろう。だから弱いカイルでも構わずこの討伐に連れてきたんだ。
それの当てが外れて、化けの皮がはがれたってとこか。それなら今回はどうしてこんなに早く話を進めるんだろう? アイリスがカイルの変化に気が付いているからだけなんだろうか? それにしては彼女に対しての警戒感が薄い。カイルとしては前回王宮編に行きたがっていたしな。まるでストーリーを終わらせて、エンディングに向かいたいみたいだ。
俺は首を横に振った。今はプラムの怪しさについてかんがえるときじゃない。俺の疑惑を相手に悟られてはいけない。
俺が席に着くと、食事の席にはアイリスしかいなかった。
「カイルとプラムは? ああ、サリーとチェリーもまだですか」
「ええ、彼女たちは昨日夜通しで話をしていたわ。泉で下級デーモンを倒したらそのまま魔王城へ行くのですもの。でもわたくしは朝の鍛錬があるから。あなたこそ今日は遅いのではなくて?」
「俺も寝つきが悪かったです。それとリンダに泉の情報を貰っていました。今までと変わりないって」
「そう……、泉に行くのはいつ頃がいいのかしら? やはり夜?」
「いや昼夜関係なくモンスターは来ます。むしろ読めないから近くで待ち伏せるしかないんです。全員の支度が終えたら、すぐ向かいませんか? そうすれば討ち漏らしがなくなります」
「そうね……とにかくわたくしは鍛錬に行くわ。あなたもいかが」
「食事を終えたら、ご一緒させてください」
俺たちが鍛錬を終えた頃には全員食堂に集まっていた。
「今日から戦闘だっていうのに、良く鍛錬なんかするな」
「体を少し温めておいた方が動きは良くなるわ。それに馬車に乗るのだから、そこで疲れが取れるもの」
なんとなくだが……勇者であるお前はなぜしないと責めているようにも聞こえた。これまでにはなかった様子だ。カイルもバツが悪そうだ。いつものようにサリーがフォローに回り、彼らの朝食が済むのを待って、できるだけ早く出発することを伝えた。
「ごめん、あたしは村に帰るわ。品物の入荷があるから」
「気を使わせて悪いな、サリー。北部をよろしくな」
「そんなに急がなくてもいいんじゃないか?」
「ここでダラダラしているよりはいい。向こうで待ち伏せている間に休憩も取れるし」
「わたくしも同意するわ」
「なんで勝手に決めるんだ。勇者は俺だぞ!」
「では勇者らしく強くなるためにも行きましょう。あなたはわたくしの勇者なのですから。そうでしょう?」
アイリスが強めに念を押すとカイルは何も言えなくなった。勇者だというからにはそれだけの力をつけろと言われているのだ。このゲーム確かアイリスに愛想をつかされると無理ゲーだった気がする。俺がプラムの様子をそっと窺うと彼女もアイリスの変化に気づいたようだ。だが焦っていないように見える。もうアイリスの好感度は必要ない? そんなことってある?
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