第87話 サリーの結婚相手
聖剣ダンジョンの旅は1週間ほどで終了した。それでサリーの待つ村へ戻ると2台の大きな馬車が宿の馬車置き場に止まっていた。
「どうやらサリーの開店準備が進んでいるみたい」
「チェリーは何か聞いているのか?」
「ダンジョンへ行く前に特急でリッド商会に手紙を出したいからって、風魔法の魔法紙に魔力込めて欲しいって頼まれたの。リアンは戦闘員だから頼めないって」
リッド商会はサリーの実家だ。確かに魔力の多い全属性のチェリーなら頼みやすいよな。手紙を送るぐらいなら俺がやってもよかったけど。
「でも1週間で2台も送ってくるなんて、サリーは愛されてんなぁ」
「リッド家唯一の跡取り娘よ。お金で解決できることなら、何でもしたいと思うんじゃない?」
俺たちが宿屋に入ると食堂でサリーが20代前半ぐらいの男性と、60代くらいの女性と意見を交わしていた。
「あたしは高級食材を売るのがいいと思うの。だって戦いに明け暮れていると楽しいことってご飯食べる時だけなんだもの」
「でもお嬢、いくら貯め込んでるって言っても継続して買えるほどですか? それに食材を調理する腕がいるんじゃないですかね。トビーを連れて来られたらよかったけど、北部に男を駐在させるわけにはいけないんでしょう?」
「詳しくは知らないけど……いろいろあるらしいわ」
そこはちゃんと言った方がいいと思うぞ。美青年とまでは言わないけど、小ざっぱりとして好印象なこの男性ならモテモテになるだろうから。年配の女性も遊び相手には不自由しないだろう。
「お嬢様、物資が全体的に品薄なら、やはり無難に日用品でいいんじゃないですか? 食材と違って腐りませんし、残ればこの村で売ればいいんですから」
「日用品は当然だけど、それ以外の手に入りにくいものが必要だと思うの」
「それならやっぱり布とかアクセサリーとかの方がいいと思う」
「そんな持ってきやすいもの、いくらでも手に入るでしょう?」
それを聞いてリアン君の知識が動いた。
「いや、高級食材も布や装飾品、日用品もみんな欲しいと思う。全く入ってこないから」
そう言うと3人とも俺の方を向いた。
「あっ、リアン、チェリーお帰り。アイリス様たちは?」
「冒険者ギルドに報告に行った。こちらは?」
「紹介するわ。リッド商会から来てくれたジョアンナとニックよ。ジョアンナはウチで50年も働いてくれているの。ニックは17年。どちらも頼りになるわ」
「チェリー様はよく存じ上げておりますので、こちらの麗しい女性がリアンさんですね。いつもお嬢さまがお世話になっております」
「いえ、とんでもない。サリーが細かいことに気が付いてくれるおかげでいつも助かっています」
「はぁ、お嬢以外の人はみんなキラキラしい美少女ばかりなんですね~。これで戦闘能力もスゴイだなんて驚きです」
「何よニック、私がブスみたいに言わないでよ」
「お嬢は美少女じゃないけど、すごくかわいいです」
ニカッと歯を見せて笑うニックさんに、サリーはツンと顔をそむける。でも本当は彼の言葉が嬉しいようだ。少し頬が赤くなっている。
「あの1つ訂正があります。俺、美少女じゃないです。男ですから」
するとジョアンナさんもニックさんもポカンと口を開けて俺を見つめた。
「これで男……嘘だろ?」
「お嬢様! 勇者様以外は全員女性だって旦那様に仰っていたのは嘘だったんですか?
だからなんの心配もいらないって」
おい、そんな嘘つくな! 俺が女だと思われるだろーが。
「まずい、お嬢。完全に負けてる……。しかもお料理もいつも作ってもらってるんですよね?」
いや、特に勝ちたいとは思っていませんけど!
「作ってはいますけど、鍋の中に具材を切って煮込むだけですから。あのジョアンナさん、俺とカイルは女性陣とは違う場所で眠っていますのでご安心ください」
「いや、そうじゃないんです。お嬢様はこのニックと婚約しているんです」
「あたしは了承してないもん!」
「大丈夫だ、お嬢! 俺はリッド商会で働けるなら、婿になってもならなくてもいいですから。お嬢は自由だ」
ジョアンナさんは困り顔だが、ニックさんはとてもニコニコしている。
ああ、つまりこの人が10歳以上離れていて、子どものいる婚約者候補さんだ。でも17年も働いているってことは27歳から30歳ってとこか。もっと若く見える。快活で朗らかな様子はお客さん受けがよさそうだし、サリーとの年齢差もさほど感じない。
「俺は奉公してから生まれたので、お嬢がこーんなちっちゃい生まれた時から知ってるんです。お嬢は好きな相手と結婚するのがいいと思う。俺は応援するよ」
そうそう両手で赤ん坊時代の大きさを示して見せて、顔を真っ赤にしたサリーに余計なことしないでとポコポコされていた。それは照れ隠しでしかなかった。
つまり、あれだ。彼女はなんとなく親から押し付けられた政略結婚っぽく言ってたけど、本当はすごく仲良しなんだ。うん、そりゃあ溺愛する一人娘だもんな。ちゃんと彼女の気持ちに寄り添ったお相手ってことだ。
そして今、俺はニックさんにサリーのお相手だと思われているようだ。
「えーっと、俺とサリーはそういう仲じゃないんです。俺はこの旅が終わったら、貴族になって爵位を継がないといけません。その時には貴族社会のことを良く知る女性でないと困るんです」
「なっ、うちのお嬢に不足があるとでも?」
「サリーは商売が好きだから、無理に貴族になどならない方がいいと思います。ニックさんと結婚するのが一番だと思います」
「リアン!」
「わたしもサリーにはニックさんがいいと思うわ。初恋の人なんでしょ?」
チェリーも俺の意図がわかったのか、アシストしてくれた。
「そんなの、ニックが結婚した時に吹っ切ったわよ!」
「まぁお嬢様、知っていたら旦那様もニックを結婚させませんでしたよ。商売人がいつまでも独り身なのは余計なおせっかいが入るので適当な相手と結婚させたんですよ。ニックは働き者で目立っていましたしね」
リッド商会ほどの大店になると、幹部クラスの店員に取り入るためにベタベタしてくる女性がいるのだという。未婚男性ならそれが顕著で、そのせいでさっさと結婚させるのだそうだ。そのお相手が亡くなったお嫁さんってことだな。ちなみにお子さんは商会に預けて来たそうだ。
俺が思うに今赤くなっている様子からもサリーはまだニックさんが好きで、でも結婚されたから他の相手を見つけようと躍起になっているのだ。ニックさんの方も子どものころから知っているサリーを女性としては見てないかもしれないけど、それなりに大事に思っているのだと思う。それなら素直になって彼と結婚した方がいい。
「サリー、君は俺たちと違って魔王城へ行かなくてよくなったんだから、ニックさんと今すぐ正式婚約した方がいい。そうでないと俺たちが成功したらそれにあやかろうとしたり、失敗したらそれに文句をつけに来たりするおかしな財産狙いの貴族から横やりが入るぜ。君の好きな商売を安心できる相手とし続けられるんだ」
俺はニックさんを振り返った。
「北部には物資がちゃんと届いていません。だからどんなものでも喜ばれます。好きな人に贈るものも何もありません。俺なんか婚約者にその辺の木切れで作ったブローチを渡しました。本当はもっといいもの渡したかった。贅沢な食材も嬉しいです。こっちでは安い酒が高級品として飲まれているくらいです。調理なんかはやりかたを教えてくれたらみんなでなんとかします。適正な価格で売ってくれればなお嬉しいです」
「リアンさんは北部の人なんですね。是非詳しく教えてください」
それで俺はリアン君の知識を活用しつつ、ジョアンナさんとニックさんに北部で必要なもの、贅沢だけど欲しいと思ったものを事細かく言ったのだ。これでサリーのお店が北部に潤いを与えてくれればいいし、彼女が幸せになれるならもっといい。
ただリアン君のお相手になりそうな子がひとり減ってしまったけど、生きて帰れたら俺たちは勇者パーティーだ。たくさん寄ってくるに違いない。リアン君ならその中からいい人を見つけられると思う。
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