第七章 約束の星空
第七章 約束の星空
十月の風が、静かに街を包んでいた。肌寒い空気の中で、金彦は駅のホームに立ち尽くしていた。
その目に映るのは、彼が知っている景色ではなかった。ビルの明かり、鉄の匂い、人の流れ――。
彼は一人、父・昭継の権力が張り巡らされた網をかいくぐり、たどり着いた。
美織がいるという、私立・凰陽学園の寄宿舎。
天野財閥の関連教育機関。進学支援の名の下に、才能ある女子生徒を集め、実質的に囲い込んで育成する施設だ。
「美織……」
扉の前で、彼は拳を強く握った。
それは、七年前の約束の続きを交わすための戦い。
再会
夜。
学園の中庭、光がほとんど届かない場所。金彦は、情報提供者から聞いた時間に、影のように現れた。
その先に、ひとり立つ少女の姿。
「……かね、ちゃん?」
その声に、金彦は堪えきれず走り出した。
「美織……っ!」
二人は、再びめぐり逢った。
ほんのわずかな沈黙。そして、涙が落ちた。
「会いたかった、ずっと……! ……もう、我慢しなくていいよね?」
「……あぁ。もう誰にも、俺たちを縛らせない」
抱き合う二人の背後で、夜風が静かに舞った。
けれど、それは終わりではなかった。
昭継の刺客はすぐそこまで迫っていた。
最終決断
翌朝。
金彦は、美織と共に凰陽学園の理事室へ向かった。そこに待っていたのは、父・昭継。
「……まだ足掻くか、金彦」
「俺は、美織と共に生きる。あなたのレールには、もう乗らない」
昭継は静かに目を細めた。
「ならば全てを捨てろ。天野家の名前、財産、未来。その全てを手放せ」
「――捨てます」
その一言が、空気を震わせた。
「……お母さんの命を、金で計るような家に、未来なんていらない」
母・優子が病床で息を引き取ったとき、昭継は一度も見舞いに来なかった。
金彦はそれをずっと許せずにいた。
「だから俺は、父さんとは違う生き方を選ぶ。金じゃない、“想い”で生きる」
静寂。
やがて、昭継はふっと立ち上がり、背を向けた。
「好きにしろ。だが後悔はするな」
その背中には、一抹の寂しさが滲んでいた。
新たな七夕
数ヶ月後。
七月七日。金彦の誕生日。校庭の芝生に、浴衣姿の美織が立っていた。
「今年も、短冊書いていい?」
「もちろん。俺の願いは、もう決まってる」
ふたりで小さな竹に短冊を結ぶ。
「かねちゃん、願いごとは何?」
金彦は微笑んで言った。
「“来年の七夕も、君と笑っていられますように”」
「……私の願いも、同じ」
繋がれた手のひらに、星の光が降り注ぐ。
もう制約も、鎖もない。
ふたりは自由に、未来へ歩き出していた。
終わりのはじまり――その空には、七つの星がきらめいていた。
【完】