第四章 それでも、好きだから
第四章 それでも、好きだから
夏休み明け。二学期が始まると同時に、学校には一人の転校生がやってきた。
「今日からこのクラスに編入してきた、如月 陸くんです」
学年主任の紹介に応じて軽く頭を下げたその少年は、均整のとれた顔立ちと堂々とした佇まいで、教室中の注目を一身に集めた。
「こんにちは。如月 陸です。よろしくお願いします」
声も落ち着いており、余裕のある笑みを浮かべながら席へと向かう姿には、どこか大人びた雰囲気さえ漂っていた。
金彦は一目見た瞬間に、嫌な予感がした。
――こいつは、ただ者じゃない。
交錯する視線
数日後。
如月はすぐにクラスの中心人物になった。
サッカー部に仮入部し、昼休みには女子に囲まれ、教師からの受けも良い。
だが、彼が特に親しくしていたのは、美織だった。
「姫路さん、ノート写させてくれる? 昨日、見学で抜けたからさ」 「うん、いいよ」
「姫路さんってさ、面倒見いいよね。お姉さんって感じ」 「そ、そんなことないよ」
笑い合うふたりの姿を、金彦は廊下の隅から静かに見ていた。
心の奥が、ざらりと軋む。
偽りの仮面
放課後。
バイト先の書店に立ち寄ると、店の前に如月が立っていた。
「天野くん、だよね」 「……何の用だ」
如月は笑顔のまま、手をポケットに突っ込んだ。
「別に。ただ挨拶。噂は聞いてたよ、君のこと。天野財閥の御曹司で、今は一般人として身を隠してるって」
「……」
「でも、それだけじゃないよね。姫路さんと、何かあるんだろ?」
睨むような視線に、如月は微笑を深めた。
「安心して。俺は、邪魔する気はない。ただ……彼女が笑ってくれるなら、それでいいと思ってる」
その言葉は表向きの優しさに満ちていた。
だが、その裏にある確かな“挑発”に、金彦は気づいていた。
「……俺たちのことに、首を突っ込むな」
「ふふ、そうだね。でも“首を突っ込まれる隙”があるなら、それは――君の責任だよ」
言い残して立ち去る如月。
金彦は、初めて感じた。
――自分は、美織を“守る”だけでなく、“選ばれる側”である必要があるのだと。
嫉妬と証明
翌日。
美織は変わらず、優しく接してくれた。
だが、如月の存在が、その一挙手一投足が、金彦の胸に重くのしかかっていた。
放課後、裏庭のフェンス越しに会ったとき。
「……かねちゃん、最近どうしたの?」 「俺が、頼りないから……如月に近づかれても、文句言えない」
「え? そんなこと……ないよ」
「でも……俺がもっと強ければ、もっとちゃんと、君の隣に立てたら……」
ふるえる声で吐き出す金彦に、美織は微笑んで、言った。
「かねちゃんは、もうとっくに私の“特別”だよ。だから、不安にならないで」
その言葉に、金彦はようやく少しだけ、肩の力を抜いた。
だが、如月の影は確かにそこにあった。
それは、ふたりの関係を揺さぶる静かな波紋となり、やがて次章――さらなる試練へと繋がっていく。