第二章 星空の誓い
第二章 星空の誓い
七月七日。 その奇跡のような一日が過ぎた翌日、校内はざわついていた。
「ねえ、昨日の放送聞いた!?」「あれ、公開告白ってやつだよね……」
教室の空気が妙にざわついているのを、金彦は黙って受け流した。例によって彼の机の周囲は半径一メートル以内に誰も近寄らない。だが、その目は昨日の放送の内容に釘付けだった。
本人たちが教室で語ることはない。
美織は普段通り女子グループの中に溶け込んでいたが、時折こちらをちらりと見て、すぐに視線を逸らした。
それが「秘密の恋」のルール。 年に一度だけ会える、ただの夢のような関係。
……のはずだった。
バイト先での再会
七月下旬、期末テストが終わり、夏休みが始まる直前のある夕方。
金彦は駅前の書店で、アルバイトのレジ打ちをしていた。
「いらっしゃいませー……」
と、何気なく顔を上げた瞬間。
「……あ」
視線がぶつかった。
目の前に立っていたのは、姫路美織だった。
髪をおろし、制服ではなく白のカットソーにベージュのスカート。夏らしい涼やかな装いで、手には小さな文庫本。
「え、えと……会うの、禁止じゃ……」
「本、買いに来ただけ。偶然だよ?」
にこりと笑う彼女の顔に、金彦は思わずレジ操作を間違えた。
「い、いらっしゃいませ……じゃなくて……! ちが、これは……」
「かねちゃん、緊張しすぎ」
小声でそう囁かれて、心臓が跳ねた。
他の店員や客の目を気にしながらも、ふたりの間に流れる空気は確かに違っていた。
「……ここで、バイトしてたんだ」
「うん。夕方のシフトだけ、週4で。学費のために」
「……そっか」
美織は少し、目を伏せた。
「かねちゃんって……やっぱり、ちゃんとしてるんだね」
「いや、そんなこと……」
照れたように首をかいたその瞬間、店内放送が流れた。
『天野くん、休憩交代お願いします』
「じゃあ……」
「ううん。せっかくだから、ちょっとだけ……」
美織が差し出したのは、小さなレシートの裏に書かれたメモだった。
『裏の公園、15分後』
金彦の心臓は、また跳ねた。
裏の公園にて
レジを後にして、制服のまま裏道を抜け、公園のベンチに向かう。
夕暮れが公園をオレンジに染め、蝉の鳴き声が夏を告げていた。
「こっち」
ベンチに腰かけた美織が、隣をぽんぽんと叩いた。
「……父さんに知られたら、まずい」
「わかってる。でも、あの日……あんな風に告白して、恋人になったのに……一年待てって、辛いよ」
「俺だって……そう思ってる」
ふたりは並んで座り、しばし黙って空を仰いだ。
「ねえ、もしさ……ほんとに、毎日会えたら……どんな感じなんだろうね」
「朝、駅で会って……一緒に登校して……昼休みは、お弁当一緒に食べて……」
「放課後、手を繋いで帰ったり、寄り道したり……」
「そんなの……夢のまた夢だ」
金彦が苦笑する。だが、美織は首を振った。
「諦めたら、ほんとに叶わなくなる。私は、来年までの365日、ぜんぶ……君の味方だよ」
そう言って、美織は金彦の手をそっと握った。
「だから、365日分の、想いを少しずつ、ここで渡しに来る」
「……毎日、じゃないけど。時々、偶然に」
「偶然って、便利な言葉だな」
ふたりは静かに笑いあった。
遠くで線路を走る電車の音が響いた。
それが、日常へ戻る合図。
「またね」
「うん。また偶然に」
夜風が吹いた。
空にはまだ星は見えなかったが――その代わり、心にははっきりと、誓いの光が灯っていた。