表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

第一章 七年目の再会

第一章 七年目の再会

――七年前の、七月七日。雨だった。空は灰色で、街灯さえ滲んで見えるくらいに降っていた。

「……引っ越すって、本当なの?」

 当時10歳だった姫路美織は、声を震わせながら尋ねた。傘をさすことも忘れたまま、校門の前に立っている。

「うん。親父の仕事の都合で、遠くの学校に行くことになった」

 彼、天野金彦はいつもの制服ではなく、真新しいブレザーを着ていた。美織の家のすぐそば、歩いて5分の豪邸――天野家の息子である彼は、幼い頃から“庶民”とは違うと言われ続けていたが、美織にとっては、ただの“かねちゃん”だった。

「私……嫌だよ……!なんで黙ってたの!ずっと一緒にいるって言ったのに!」

「ごめん。でも、親父には逆らえなかった……」

 美織は泣きそうな目で、じっと金彦を見つめた。金彦の後ろに、黒塗りの車が停まっている。車の中からは、サングラスをかけたスーツ姿の男たちが無言でこちらを見ていた。

「……ねえ。来年の七夕、また会える?」

 その問いに、金彦は一瞬だけ迷った後、ポケットから何かを取り出した。

「これは、母さんの形見なんだ。短冊に“また会えるように”って願い事、ずっと書いてたらしい」

 手渡されたのは、色褪せた小さな短冊。

「俺も、毎年これに願いを込めるよ。七月七日に、君に会えますようにって」

「……絶対、来てよ」

「うん。七夕は、約束の日だ」


金彦が美織に別れを告げてから、七年の歳月が過ぎた。

父の言うとおり、彼は遠方の名門私立中学校へと進学した。しかし、その華やかな名声とは裏腹に、金彦の中学校生活は孤独そのものだった。

「天野さん、今日も一人なんですね」 「やっぱりお金持ちは庶民と感覚が違うんだろうな」

教師さえも距離を置く中、金彦は誰とも心を通わせることができなかった。昼休みも、掃除の時間も、誰かと話すことはなかった。彼の存在は、まるで“別世界”のものとして扱われていたのだ。

それでも彼は、美織との約束を胸に抱き続けていた。

七月七日が近づくたび、母の形見の短冊を取り出し、無言で願いを込めた。――彼女に会いたい、と。

高校入学

「俺は、あの高校に行く」

そう父に伝えたのは、中学三年の春だった。

天野財閥の跡取りとして英才教育を受ける彼にとって、父の決定は絶対。口答えすら許されない日々だった。しかしこのときばかりは、金彦は引かなかった。

「理由は?」 「俺の人生だ。自分で決めたい」

父はしばらく沈黙した後、こう言い放った。

「いいだろう。だが条件がある。学費は自分で稼げ。バイトでもなんでもして払え。さらに、学校では周囲の生徒と授業以外での接触は禁止だ」

「……っ」

「ただし、誕生日である七月七日だけは、好きに過ごせ。誰と話してもいい。遊びに行くのも許す」

まるで見下すような瞳で告げる父の姿に、怒りが湧いた。しかし、金彦は拳を握りしめ、頭を下げた。

「……わかった。約束は、守れよ」

高校生活の始まり

高校入学後の金彦は、淡々と生活をこなしていた。

朝は新聞配達、放課後はコンビニや書店のバイトを掛け持ちし、帰宅すれば自室で課題と自習。

友人を作る時間もなければ、そもそも誰も金彦に近づこうとはしなかった。

「ねえ、あの子が天野財閥の……」 「授業中以外、話しかけない方がいいらしいよ」

ひそひそと交わされる噂話。

それでも、金彦は気にしなかった。いや、気にしないよう努めていた。

心の支えはただひとつ――

「七月七日、彼女に会える」

運命の七夕

季節は巡り、梅雨が明けた。

そして、ついにその日がやって来た。

七月七日。

天気は快晴。朝から青空が広がっていた。

金彦は、どこか落ち着かない様子で制服の襟を整え、鏡の前に立った。

「……美織、来てくれるかな」

校舎の廊下に響くチャイム。

昼休みが始まると同時に、いつものように校内放送が流れ出した。

『本日は七月七日。天野金彦くん、放送室まで来てください』

一瞬、時が止まったような感覚だった。

それは、日直のアナウンスとは明らかに違う声――

「……この声……美織?」

スピーカー越しに流れたその声は、紛れもなく幼き日の記憶に重なる、あの少女のものだった。

『わ、わたし……っ!わたしは、七年間ずっと、金彦くんのことを……忘れたことなんて一度もなかったよっ!……好きです。大好きです!!』

ガタンッ!

金彦は立ち上がり、廊下を走った。

廊下に響く足音。

周囲の視線も気にせず、階段を駆け上がる。

そして放送室の扉を開け放ち、叫んだ。

「俺も……俺も、好きだああああああ!!」

放送機材の前に立つ少女――姫路美織が、涙を浮かべながら、微笑んでいた。

こうして、七年ぶりの約束は果たされた。

二人はようやく“恋人”としての第一歩を踏み出す。

七月七日 午後――ふたりきりの時間

「久しぶり……かねちゃん」

放送室を出て、ふたりは屋上へと向かった。

立入禁止のはずのその場所には、風に揺れる草木と、夏の空。どこまでも続くような青空の下で、ふたりは並んで立っていた。

「ほんとに、来てくれたんだな」 「約束したでしょ。……七年越しだよ?」

そう言って、照れくさそうに笑う美織の笑顔は、昔と変わらなかった。いや、少しだけ大人びて、でも本質は変わっていない。

「ごめんな、美織……俺、ずっと……」 「言い訳なんて、いいよ。会えただけで、十分」

風が吹いた。

二人の間にあるものは、再会の喜びと、積もった年月の重み。

「今日だけは、全部忘れよう。学校のことも、条件も、全部」 「……うん」

ふたりは手を繋ぎ、街へと出かけた。

商店街を歩き、昔行った駄菓子屋を見つけ、アイスを半分こして笑い合い、公園のベンチで肩を並べて座った。

――そして、夕暮れ。

「……ねえ、また来年も、会えるよね?」 「会おう。絶対に」

金彦は、母の短冊を取り出し、美織の前に差し出した。

「来年の七月七日も、一緒にいようって、これに願おう」

「……うんっ」

ふたりの指が重なり、短冊に願いを書いた。

『来年も、君と一緒に過ごせますように』

日が沈み、校舎へ戻る頃には、夜空に一番星が瞬いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ