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煙と火花

作者: みなと

大きすぎる服のままサンダルを履く。扉を開けても白い月明かりはなかった。

等間隔に並んだ街灯だけでは説明がつかない明るさに心が持ち上がる。

都会の夜は明るい、はしっくり来ない。でも田舎の夜は暗かった。

家の前の道路の右と左は毎回左を選ぶ。右に行けば大学があって、だったら違う方がいい。その後は気分で左右を決めていく。

散歩が趣味になって3年ちょっと。大抵の道は歩いて、メンタルによって辿るルートが分別されることに気づいてからこの深夜徘徊はセラピーに近い。

今日はここを通ってるからこんな気分なんだろうな、なんてことを考えるから夜は人を感傷的にする。

それでも偶に知らない道に出会う。今日もそんな日だった。

一軒家に挟まれた狭い裏路地。軽い探検気分で入って思ったより複雑でそろそろスマホに頼ろうとした頃、喧騒を頼りに進んで見れば駅前に着いた。

見慣れたチェーン店とロータリーに居座る人だかり。謎の虚脱感で縁石に腰を下ろすとやたらと明るい集団に絡まれた。

「お姉さんこれ貰ってくれませんか。」

でかい声。手には線香花火の袋。

「…なんで?」

まだ5月なのに。

「やってたら怒られちゃって。余っちゃったんですよ。貰ってくれないと帰れないんす。」

日本語は難しいのかもしれないし、使い手にも問題があるのかもしれない。

「私が貰わないと帰れないの?」

「そーなんすよ。無料ですよ。」

当たり前だ。当たり前じゃないのかもしれないけど。顔の赤い男。酔っ払い。

「ライターも付けます。」

ポッケから出したのは黒いライター。悪くない。

「わかった。ありがとね。」

線香花火とライターを受け取る。

「やった。ありがとうございます。」

何度も頭を下げながら遠ざかる姿に思わず笑って手を振る。

見えなくなってから立ち上がり、駅前から離れる。寄ってきていたサラリーマンと反対方向へ。絡まれるのは日に一度で十分だ。

何度か角を曲がればお気に入りの公園に着く。少し入り組んだ中途半端な公園。散歩歴3年は伊達じゃない。

ここは夜には人が少ないし時代遅れの喫煙所がある。

壁と屋根とベンチと灰皿。

座ってジャージから煙草を引っ張り出す。ライターは戦利品。よく見れば蝶々の柄が入っている。

「珍し」

レバーを押して火をつける。ターボライター。勢いが強い。

煙を吸い込んで空を見上げる。なんとなく赤暗い空に理論立った答えを見つけようとして怠くなる。

考えるのは疲れる。筋肉と一緒で頭だって負荷をかけたら休憩が必要なのに、それを忘れてしまう。

スマホに目を落とすと通知が来ていた。

今駅前で飲んでるんだけど合流しない?

22時半。メイクは落としていない。あと30分早ければそれはそれで楽しい夜の誘いだったかも知れない。グループで行ったテーマパーク、後ろ姿のアイコン。

「お姉さん?何してるんすか。」

顔を上げると見たことある顔が居た。

「吸うんですね。見えないっす。」

こっちの驚きをよそに立ったまま煙草を咥える。ポッケを探り、なにかに気づいて小さく声を漏らした姿が可笑しくてどうでも良くなった。

「これ?」

貰ったばかりのライターを渡す。

「すみません。あざます。」

受け取って火をつけて煙を吸い込む。知らない煙草の香りが漂う。

「ありがとうございました。」

「いいよ。ここで使いたかっただけだし、返す。」

「いえ、迷惑かけたんで。貰ってください。」

律儀な気もするし、それもそうかもなとも思って受け取る。

ポッケから水の入った小さなペットボトルを取り出したから色々納得がいった。

「お友達は?もういいの?」

「はい。今日は花火がメインだったんで。そんなに遅くならずに帰れました。」

落ち着いた声と受け答えを意外に思うのは失礼だろうか。第一印象はままならない。でも今ならまともな答えが返ってくるかも知らない。

「なんで花火なの?」

「へ?」

「まだ5月でしょ?花火には早くない?」

あー。確かに。

初めて思い至ったような声。

「でも暑くないすか?湿度も高いし。もう夏みたいなもんだしテストもまだなんで、一旦花火しよってなったんすよ。」

同期と集まって花火。3年になって初めての大イベントになるはずだったらしい。

「1人が花火できる公園調べてくれて、バケツと花火買って行ったんすよ。でもそこ花火できるのが19時までで。」

「ああいうのって時間決まってるよね。しかもやたらと早い時間。」

「そうなんす。」

全員見落としてて、時間超過で管理の方に怒られたという。

「メインの花火はできたんでめちゃ楽しかったんすけど、主催のやつが落ち込んじゃって。誰も気にしてないのに。今日はもう飲みまくろうって駅前で宴会してました。」

「割と早い時間なのに凄い酔ってたもんね。」

余った線香花火と明るい集団の謎の真相は、つまり大学生ということだった。

「で、なんで線香花火プレゼントになったの?」

視線を向けると逸らされる。

「いやほんと申し訳ないっす。余った線香花火誰が持ち帰るかで変なことになりまして。」

じゃんけんで負けた人が持って帰る。ありがちな展開。

「それだけだったんすけど、1人が悪ノリして、花火大会の意志を誰かに受け継いで終わろうって。」

酔いの勢いで順番に話しかけるけど誰も受け取って貰えない。そりゃそうだ。

「自分の順番になって、それで見つけたのがお姉さんだったんす。」

「運良く遭遇してしまったわけだ。」

「ほんとすみません。同じ大学の先輩ですよね?」

「知ってたの?」

まあこの辺に住んでるのはだいたい同じ大学の学生か。

「はい。見かけたことあります。4年生すか?」

「あら恥ずかしい。院生です。」

「まじすか。大先輩すね。」

「そうでも無いよ。心はずっと20歳。」

実際、大学に入ってからあんまり歳を重ねた感覚がない。こうやって客観性を失った大人が出来上がっていくのだと思う。

「じゃあ後輩だ。」

にまっと笑う。その顔は確かに年上に見えた。悪い意味じゃない。どこかずっと大人びている。

「よろしく先輩。ね、続きしよ。」

吸い終わった煙草を灰皿に落とす。きょとんとした顔が面白くて顔を逸らしながら線香花火を2本引っ張り出す。

片方にライターで火をつける。

「はい。」

「あざます。」

線香花火を素直に受けとった先輩を尻目に自分の分にも火をつける。

それだけでまるで夏になったみたい。今年は春が始まったかも分からなかったのに。

「確かにいいね。先取りだ。」

「予行演習っす。」

それだけ話してあとは静かに丸くなった赤い玉を見つめる。

線香花火の、火花が散る音だけが響く静寂。嫌いじゃない。全然、嫌いではない。

どちらが先に落ちるか、実は競っていたけど負けたのは自分だった。

「あーあ。」

「今日は俺の勝ちっすね。」

また笑う。今度は子供みたいな笑顔。

急に逃げだしたくなって、スマホが震えてるのに気づいた。

「ごめん、電話大丈夫?」

「大丈夫っすよ。」

その声を聞いてから電話に出る。後ろ姿のアイコン。

あーでたぁ。でたよぉ。

いつもより明るく溶けた友人の声が聞こえる。

「みか?今どこいるの?」

「飲み会?」

背景に見知った声がいくつか聞こえる。サークルだな、と考えてだんだん現実に戻ってきた。しまった。

「そー。駅前のいつものとこ。合流しない?」

「んー。」

「新歓第二弾。2年もいるよ。」

後半だけ落とされたトーン。余計なお節介。

「今日はいいかな。メイク落としちゃったし。」

気軽な嘘。でも最大限の本心でもある。

「あ、そっか。それなら仕方ないね。」

じゃあ、また今度ね。遅くにごめんね、おやすみ。

騒がしさと切り離された途端、安堵と寂しさが来る。

見れば後輩は2本目を吸っていた。

「いいな。私も吸お。」

「先輩声全然違うすね。」

さっきから案外ストレートに来る。

「あれ?後輩じゃないの?」

「そうでした。お友達は?もういいの?」

思わず笑う。

「はい。今日は散歩がメインなので。」

「いい趣味っすね。」

吸うだけ吸って、解散した。解散、というほど集合してもないけど。

来る時より暗くなった気がする夜道を歩く。寄り道はしなかった。

煙草2本と線香花火1本分の時間。知り合うには短い。

部屋の鍵を開けてそっと中に入る。急に帰ってきた現実に嫌気が差したけど、これ以上は明日に響く。

2本減った線香花火と煙草を置き、洗面台に立ってクレンジングを手に取る。メイクを落とさずに出かけた自分を内心で褒めた。




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