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コトノハ

作者: 藤園ほころ

 「おい田村、いい挨拶だったじゃないか」

佐藤はそう言って笑いながらバシバシと背中を叩いてくる。

「やめろよ。俺は素直に伝えたいこと伝えただけだ」

そう笑い返しながら手を振り払う。

きっと心の中では皆同じだ。

少なくとも一年はあいつらと一緒に過ごしたのだ。

きっと寂しいに違いない。

それを紛らわせる為にお互い笑い飛ばさないと、やってられないのだ。きっと。

涙をみせる訳にはいかないから。大人として。鏡として。

桜の満開が被ったのは、俺たち同志が華々しく見送ってやりたいという意思の結晶だろうか。

だが感傷に浸れるのは今だけだ。

次来る者達を迎え入れる為に。

次来る者達をまた桜へ送り出す為に。

もう明日から動かなければならない。俺たちに休みはない。

でも、今だけは。

もう、少しだけ。

「感傷に浸るのはまだだ。全員がこの場所を出るまで、俺たちの仕事は残ってる。行くぞ」

いつものトレンチコートを羽織り、出立を見送る準備をするベテランの声で、部屋の全員が出る準備をする。

同僚が揃って、入口に並ぶのはたいていこの時だけだろう。

「また顔出しに来いよ」

「向こうでも頑張れよ」

「あなたならきっと大丈夫」

「ここまでよくやってきた」

などなど様々な声かけをする同僚たち。

彼らとこんなにも切ない笑いをするのは今日で最後だ。

最後のグループを見送り、俺たちは部屋へと戻る。

「行っちゃいましたね...」

「そうだな」

「寂しくなりますね」

「またすぐ忙しくなるさ」

「気を抜いてられないな」

「さて、書類つくりますか」

少し寒い春の陽気に当てられ、少し、伸びをする。

桜の香りが部屋を満たし、自然と皆の顔に笑顔が零れる。

 職員室の会話は、今日も絶えない。



 涙でぐちゃぐちゃの顔をした奴らを見渡し、全員がこちらを見ていることを確認する。

泣きたいのはこっちだが、巣立つ者達へ、最後に言わなければならない。

「えー、卒業式、お疲れ様」

一言一言、丁寧に。

桜を纏う君たちへ。

「人生において、何が大切だと思う?」

ゆっくりと最後の質問を述べる。

健康、お金、運、周りの関係。様々な答えが飛び交う。

君たちのいい特徴だ。

「俺はね、人生で一番大切だと思うのは、出逢いだと思うんだ」

真剣に耳を傾ける君たちへ最後のメッセージを。

「受験が近づいて、物語はあまり読まなくなってしまったかも知れないけど、物語には必ず共通点がある。

それはね、何かと出逢っているということだ。

例えば運命の人だったり、楽しい友人、大切な幼馴染。そういうモノに出逢って話は成立している。別に物語の主人公に成れなんてことは言っていない。人生は一度きりだから。サブでもモブでも何にでもなればいい。好きに生きるべきだ思っている。

だけど思い返してみてくれ。ここを受験したときのことを。第一志望じゃなかったかも知れない。ここに来るのは間違ったと思ったかも知れない。

それでも大事な経験を積んできたんじゃないか?体育祭で絆を深め合い、文化祭では案を出し合い、修学旅行では馬鹿をやったりしただろう?それが出逢いというものだ。この学校に出逢い、大切な友や恋人と出逢い、大切な経験と出逢った。

それは誰にも真似のできないことだと思う。たとえ双子だったとしても。

俺はね、そういう出逢いを大切にしてほしい。たとえ悪い出逢いがあったとしても。良い出逢いで必ずいい方向に向かうと信じてほしいから。

俺はね、そういう教師になることを目指している。君たちに、田村先生良かったよねと。言われる為に。

いい先生に出逢えたと思えるように。

そんな教師でいられたら幸いです。

これから先、進む先が違っても、良い出逢いを求め、いろんな所へ旅をしてください」

最後の言葉を述べる。もう終わりは涙声だった。

それでも耐え、必死にまだ伝えていない、最後の宿題を。贈る言葉を。

「最後の宿題です。期限はありません。幸せになってください。卒業、おめでとう」


 たとえこの言葉が桜舞う風にのって飛ばされたとしても。

俺は常に幸せを願うだろう。

そう、ふと最後の挨拶を振り返るのだった。


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