66話 園祭当日、演劇が始まる……客席から“本物の魔物”出現? 私、すでに覚悟していますわ!
三年生の学園祭当日。
朝から校内は大盛り上がりで、一般客や保護者、貴族関係者が多く詰めかけている。
私も朝早くから準備に追われ、演劇の衣装である黒い司祭服に腕を通したまま、出店巡りやクラスのサポートをこなしていた。
今回は二日間にわたる学園祭のスケジュールで、演劇は初日の午後から開催されるプログラムの目玉。三年生がそろって舞台裏で準備を進める中、アレクシスやガイは例の“小型モンスター召喚”の術式を密かに維持しているという。
私や殿下、アニーは舞台上に張りつく形なので、万が一何かあってもそこからすぐ駆けつける段取りだ。
「なんだかんだで私、最終的には“悪の女司祭”の立ち位置なのね。まぁ台本どおりとはいえ、モブ客がどう反応するか……」
と思わず苦笑するが、取り巻き令嬢ズが「オホホホ! 絶対ウケますって!」と無駄にテンションを上げている。
加えて私は内心、「アレクシスが本番中にモンスターをちょっと出して、それを黒幕がどう見るか……私たちが逆手に取れるのか……」という別のシナリオを頭に描いている。
クラスメイトには言えないが、事実上“劇中劇”みたいなものだ。
下手すれば本当に闇の軍勢が舞台に乱入するかもしれないし、私たちは本気の魔法戦を演じることになる可能性がある。演劇の照明や美術セットが吹っ飛ぶかも……と思うと緊張が増すが、ここでくじけるわけにはいかない。
そして午後になり、いよいよ開演時刻が迫る。校内ホールの大舞台には、王族や貴族、有力者、一般客が大勢詰めかけ、ざわざわと期待に満ちた空気が漂う。
「今回は三年生の演劇が豪華らしい!」なんて噂されているらしいが、私からすれば「演じるだけじゃなく、裏の闇騒ぎも対処しなきゃ……」とそわそわしてしまう。
殿下やアニーも同じ思いだろう。邪竜衣装を着た殿下はチラチラ客席を窺い、
「くそ、こんな被り物姿を大勢に見られるなんて……。まぁいい、いざというときは脱ぎ捨てて戦うまでだ」と腹をくくっている。
聖女コスチュームを纏うアニーは「こんなに目立つなんて……現実では普通に聖女ですが、舞台でも同じ役をやると思うと変な感じです」と戸惑いを吐露している。
場内アナウンスが入り、いよいよ幕が上がる。
私たち三年生がこしらえた舞台セットはファンタジー風の教会や森を再現しており、その中でヒロイン役アニーが登場
第一幕が始まる。
先生やクラスメイトがわいわい裏でサポートしており、客席も華やかな拍手。
しばらくして、殿下(邪竜役)との絡みが展開し、物語が動き始める。そこへ中盤、いよいよ私が「闇の女司祭」役として出番を迎えた。
客席から「うわ、セレスティア様が黒い司祭服……」というどよめきが聞こえ、一瞬空気が変わる。
私は「オホホホ、よく来たわね、聖女とやら……」と台本どおりに高笑いすると、場内から笑いと拍手が起きた。すっかり“お馴染みのツンデレ高笑い”扱いなのだから、複雑極まりない。
「ふん、私が闇の力を以て、貴様たちを生贄にしてくれるわ! 邪竜様の糧となるがいい!」とさらにドスを利かせて叫ぶと、客席から「セレスティア様、最高!」「悪司祭の演技が様になってる!」などの感嘆が上がり、
殿下は竜の姿で唸り声をあげ、「アーッハッハッハ、聖女よ、貴様に我らの闇を防げるか?」と芝居がかった口調を合わせる。これだけ盛り上がると、客も“面白い悪役”くらいにしか思わない。
私は心の片隅で(いまアレクシスは舞台裏で小型モンスターを召喚するタイミングを計っているのかしら? 真犯人は気づくのかしら?)と別の考えで頭がいっぱいだ。とはいえ演技を疎かにするとすぐ分かるので、必死に舞台上の動きもこなす。
しかし、第2幕あたりで異変が起きた。何やら舞台袖のほうが慌ただしい。私はチラリと視線を向けると、ガイやレオナルトらが目を丸くして立ち回っているのが見える。
どうやら「想定外に大きなモンスターの気配が出た」という合図が交わされているのだ。私の胸がドクンと高鳴る。
(まさか……アレクシスが小型を呼ぶだけと言ってたのに、何かが干渉して強化されたとか? あるいは黒幕が便乗して更なる魔物を召喚してきたかもしれない。これは学園祭中に本物のモンスターが乱入するフラグが立ってるわ……)
私は動揺を隠しながら、舞台上のセリフを演じ続ける。客はまったく気づかず楽しんでいるが、出演している殿下やアニーも私の表情を読み取り、「もしかして裏で事件?」と察したように微かに眉をひそめている。
そして、第3幕のクライマックスシーンに突入した瞬間、会場の後方から悲鳴が上がった。「きゃああ! 何この生き物!?」「本物……モンスター……?」と観客がざわつく。やはり来たか、という感じだ。絶対に黒幕か闇の干渉が起きて、アレクシスが呼んだ以上の規模の魔物を紛れ込ませた可能性が高い。
ステージ上のアニーが止まってしまい、私も殿下も台本通りのセリフを続けられない。客席が騒然となるなか、先生が「皆さん、落ち着いて! 演出ではありません!」と叫び、客がパニックで右往左往し始める。私は即座に杖を構えて「来たわね……!」と低く呟く。
舞台袖からガイが血相を変えて駆け寄り、小声で「やべえっす、アレクシスが小型を呼び出したところに、別の闇魔術が干渉して“中型以上の魔物”が複数出たんだ! 学園の外からも魔力が介入してるかもしれない!」と状況を説明。やはり黒幕が乗ってきたのだろう。
「大丈夫。私が光魔法で対処するわ! 殿下、アニーも一緒に来て!」と咄嗟に合図すれば、観客はすでに半分パニックなので、舞台は一旦ストップ。
私は闇の女司祭の衣装のまま「皆さん、落ち着いて……!」と叫んでステージを飛び降りる。
後ろを振り返ると、殿下も邪竜衣装を脱ぎ捨てかけ、アニーは聖女の姿で「は、はい、行きます!」と追ってくる。
客には申し訳ないが、もはや演劇どころではない。本当に本物の魔物が客席に入り込んだのだ。いくつかの列がざわざわと崩れ、黒い生き物がそこを這い回っているのが見える。まさに「本物のモンスター」出現で会場が大混乱だ。
取り巻き令嬢ズやクラスメイトも「ひいい! でも、これはセレスティア様がなんとかしてくれる!」と叫んで頼ってくる。私は苦笑するしかない。さっきまで悪役演じてたのに、現実では“救いの光”役なのだから。
「仕方ないわね……。さっきの舞台で『闇に堕ちよ!』とか言ってたのを忘れて、今度は光で闇を払うとしましょう!」と自嘲気味に独りごち、すぐに杖から魔力を集中。殿下が反対側で客の避難を誘導し、ガイやアレクシスが走り回っている姿が視界に入る。アニーは聖女力で負傷者の保護を始めているようだ。
「皆さん、座席を離れ内でください! これは演出ではなく本物……!ですが客席には結界を張っています!」と叫びながら、私は光魔法で魔物を照らして動きを封じる。客
席のあちこちから上がる悲鳴が胸を締めつけるが、少しでも早く食い止めねばならない。
すると、後方扉のほうから新たな魔物の気配が複数現れ、兵士や先生が必死に応戦している様子が見える。
どうやら学園の外庭からも何かしらの闇が押し寄せているらしい。アレクシスの仕掛けを遥かに上回る形で、黒幕が本格的に召喚をかけたのかもしれない。
「これって学園祭どころじゃないわね……。むしろ本番だわ!」と私は燃えるような決意をもって杖を振る。
魔物の群れが私たちを狙って突っ込んでくるが、殿下やガイ、レオナルトも合流し、テキパキと連携を取る。邪竜姿を捨てた殿下は本気の剣技を振るい、ガイは相変わらず力強い斬撃で獣型を薙ぎ払う。アレクシスは「くそ、俺が呼んだのとは別物じゃないか!」と毒づきながらも闇魔法で封鎖陣を組み、敵の逃げ道を塞ぐ。
私が光魔法で一気に複数を包み込み、アニーが聖女力でサポートする。
客は半ば呆然と見守り、演劇と現実が区別つかないほどの混乱を起こしつつも、徐々に「セレスティア様が本当に魔物を倒してる!」「殿下と一緒に……うわあ、本物だ!」などと驚嘆の声をあげる。
こうして大混乱のステージで、私たちは演劇そっちのけで本格的に戦う。
思えば去年、一昨年も学園祭で騒ぎが起きたけれど、今年は規模が違う。中型以上の魔物が複数同時に出現し、まるで小さな戦場だ。
これが普通だったら大ピンチ――だが、私たちも完全にこの事態を想定してきた。
「光よ、降り注げ!」と私は息を呑みながら大呪文を放ち、あちこちで暴れる魔物を一網打尽にするイメージを描く。
聖女アニーがお客さんへの結界を補強し、殿下とガイが物理で止めを刺す。
アレクシスが封鎖陣で会場出口をふさぎ、レオナルトが観客を誘導する。完璧に連携が取れれば、これ以上の被害は出さずに済むかもしれない。
問題は、これが黒幕の本気か、それともまだ一部か――私は胸の奥で警戒を強める。下手すれば、さらに大きな魔物が後から追加投入されるかもしれない。学園祭の楽しい雰囲気が一転、悲鳴と恐怖の空間に変わる可能性も大だ。私は気を抜かず、光魔法をさらに増幅しながら客席の惨状を少しずつ回復に導いていく。
演劇など続けられるわけがないが、そんなことは仕方ない。今はとにかく魔物から生徒や客を救うことが最優先だ。
もしこれが黒幕の狙いなら、なおさら私たち転生組が力を合わせて跳ね返さなくちゃならない――そう肝に銘じて、私は杖を強く握りしめる。
舞台上にはまだ聖女コスチュームのアニーが立ち尽くしながら、必死に回復を振りまいている光景がある。
それを見て「台本どおりじゃなく現実に聖女が闇を追い払っているのね……」と妙な感慨を覚えるが、もはやそんなことを考える余裕すらほとんどない。
私が今すべきは、学園祭を守り切ること――そして可能なら、闇の真犯人がどこかで姿を見せるなら捕まえてしまうことだ。
客席後方で「ひいい!」という悲鳴が聞こえ、そちらを見ると黒い狼型の魔物が牙を剥いて人々を襲おうとしている。迷わず私は飛び降りて走り、光魔法の集中砲撃を浴びせて一撃で沈める。
隣では殿下が別の個体を斬り伏せ、アレクシスが闇結界で動きを封じている姿が目に入る。ガイは高笑いしながら切り込んでいて、取り巻き令嬢ズが「キャー!」と黄色い声で応援する。
会場のどこかからも拍手や歓声の混じる悲鳴が聞こえる――もう何が演劇で何が現実なのか境界が曖昧だが、こちらは本気で命を賭けた戦闘をしている。
「くっ……こんなモンスターを放ったのは間違いなく黒幕ね。姿を現しなさいよ!」とつい声を上げながら敵を倒すが、舞台裏で準備していたアレクシスすら把握できないほどの大きな闇の存在は、今のところ姿を見せない。
会場には十数匹の魔物がうろついていたが、それも私たちが連携して次々に撃破していく。やがてパニックは収束しはじめ、客も一段落する。
しかし、本格的な黒幕は出てこないまま。“アレクシスの小細工”に便乗して魔物を増やすだけ増やして撤退したという印象がある。
アレクシスは頭を抱えながら「ああ、やはり上手く利用されたか……」と唇を噛み、「すまない、被害は最小限で済んだが、俺の計画は失敗だな」と一言で総括した。
私たちとしては、会場の魔物を全滅させられただけマシだと思うが、黒幕を捕らえるには至らなかった。
こうして学園祭当日、二度目の大騒動――私の演じる“悪の女司祭”そっちのけで本物の魔物が乱入し、観客を怯えさせたが、結果的には私たち転生組が連携して比較的短時間で鎮圧し、大きな被害は出さずに済んだ。
客が「こ、これは演出ですか?」「違う違う、本物だよ……でもセレスティア様たち凄い!」と混乱混じりに絶賛する中、殿下やガイは複雑な表情で安堵している。
当然ながら演劇は途中で終了し、“悪の女司祭”役が自滅するシーンまでは披露できなかった。
クラスメイトは「がっかりだ…あれだけ準備したのに」という落胆を漏らすが、同時に「でも無事でよかった。セレスティア様たちがいなかったらどうなってたか…」と感謝してくる。
私は悪役衣装のまま光魔法を放った珍しい姿を晒し、取り巻きが「カッコよかったですわ!」とやたらテンション高くほめちぎるので、嬉しいやら恥ずかしいやら。
ただ、私の胸には重い疑問がこみ上げていた。黒幕は学園祭にモンスターを差し向けた割に、自分は姿を見せないまま。
アレクシスがせっかく囮を仕掛けても食いついたのは小物クラスの闇魔獣だけ。
つまり、本番はまだ来ていない
――いや、魔王が顕現する大事件はこれからなのではないか、という不安が拭えない。
「私がこんな簡単に蹴散らした程度で終わるならいいけど…絶対終わらないわよね。黒幕、まだ本気じゃないはずだもの……」
客が散り、舞台が後片づけされる中、私はひとりで舞台袖を見つめて深いため息をつく。
まさか生徒全員が楽しみにしていた学園祭を途中で終わらせる形になったのは申し訳ないし、自分が闇勢力を誘き寄せるためのタネを握っていたとはいえ、結局黒幕を捕らえられなかったのが悔しい。
リヒト殿下が「俺だって、もう少し活躍したかったのに…いつも先にセレスティアが倒すからな。だけど助かったよ、ありがとう」と本音を漏らし、ガイやレオナルトが「次こそ本番ですね!」と気を引き締めている。
アニーは後方で「皆さんを守れたのは何よりですけど、このままじゃ終わりませんよね…」と神妙な顔つき。
アレクシスは悔しげに「俺が余計なことをしなければ、被害はもっと少なかったかもしれない。悪かったな、セレスティア」と詫びるから、私は小さく首を振る。
「いいえ。私たちも何もしなければ、相手はさらに大きな機会を狙ってたかもしれないわ。被害を最小限に抑えられたのは成果よ。でも黒幕を炙り出せなかったのは残念ね」
こうして私たちは学園祭の演劇を台無しにするほどの魔物乱入を迎えながら、真の事件解決には至らなかった。婚約破棄や断罪などの要素が入り込む余地は欠片もなく、
もしかしたら、さらに大きな闇がこの後に控えているのかもしれない
――私が悪役女司祭を演じ損ねたことすら笑い話に思えるほどの凶事が。この日はそんな不穏な予感だけを残し、学園祭が早期終了してしまった。
私が破滅するシーン? 舞台の台本上だけで終わったわね。現実ではむしろ、光の力で学園を救う図が再び繰り返されたのだ......
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