64話 演劇の稽古、私が“悪役ムーブ”封印と思いきや…台本がドロドロで困りますわ!
「セレスティアさんは悪の女司祭役。邪竜に心を操られて、聖女アニーと激しく敵対するシーンが見せ場になります」というのが今回の学園祭演劇の大筋だそうで、私は稽古台本をざっと読み込み、思わず頭を抱えた。
「うわ……想像以上にドロドロじゃない。聖女を呪い、竜に捧げる生贄にしようと企む場面とか……私がアニーを罵倒したり、陰湿な笑みを浮かべたり、かなりやりたい放題よ?」
取り巻き令嬢ズは大喜び。
「まさに悪役令嬢ならではの高笑いシーンが楽しめますわ!」と拍手喝采。
私としては、いまや悪役感を失っているので「ええと、私がこんな大仰なセリフを……」と妙に照れてしまう。
一方のアニーは聖女役として台本を読むうちに
「わ、私、こんなに毅然とした態度で相手を救済するとか、大丈夫でしょうか?」
と萎縮しているが、実際は普段から聖女力を振るいまくっているから、演じるのも案外自然だろう。
リヒト殿下は邪竜役のため台詞こそ多くはないが、時折人型に戻ってアニーに愛を囁く描写があり、殿下が恥ずかしがって悶絶している。どうやら甘いロマンス要素も含む劇らしい。
そして私の悪役司祭キャラは、最終的に聖女アニーが邪竜を浄化したあと、良心に目覚めそうになるも間に合わず、呪いが暴走して自滅……というバッドエンドが台本に書かれていた。
「私、劇中で破滅するのね……。一応“断罪シーン”みたいなのがあるわけか。舞台上だけど」
と苦笑する。
「ははは、本番ならビジュアル映えしそうっすね! 普段断罪されない分、演劇でされるってのも面白い!」
なんてガイが不謹慎に盛り上がる。
私は複雑な気持ちで稽古初日に臨むものの、テスト読みをしただけでクラスメイトや先生が
「わあ、さすがセレスティア様! 悪役司祭の圧が素晴らしい!」
「本当に黒幕っぽい迫力が出せるんですね!」
と誉めそやしてくる。
正直、私は内心で「いつの間にか私が悪役演技を完璧にこなすのが当然と思われている……」
と戸惑うが、クラスのために力を抜くわけにもいかない。わざわざ姿勢を正して台詞を読み上げると、殿下やアニーとの掛け合いが意外なほど様になり、皆がわっと拍手する。
殿下の邪竜キャラもなかなかハマっていて、せりふこそ少ないが時折ドラゴンの唸り声を稽古しているのが可笑しい。
アニーは聖女の清純さを体現しようと苦戦しながらも、実際に聖女力が備わっているぶん自然なオーラが漂っている。私はまさかの“自滅エンド”を迎える側として、改めて
「本当に私が悪役の立場になるのって演技の中だけなのね……」と皮肉に笑うしかない。
しかし、演劇に夢中になりすぎるのも危険だ。
アレクシスやガイが言うように、闇勢力が学園祭を狙う可能性は高い。ちょうど三年生の出し物が派手なほど、そこに大勢の客が訪れるだろうし、王太子や聖女、私というメイン級の存在が全員舞台で揃う時こそ――“闇の集団”が一挙に襲撃してくるかもしれない。
「去年もアレクシスが裏でモンスターを召喚しようとして失敗したし、一昨年も小規模ながらヒロインいびりイベントが期待されていたのに発生しなかったし……学園祭ってどうしてこんなに波乱含みなのかしら」
私は稽古後、ステージの道具を片付けながら小さく嘆く。
演技の台本には“自滅エンド”と書かれているが、現実では私が闇に負けるなんてシナリオは考えられない。もし本当に本番中に闇が押し寄せても、私は演技を投げ出して光魔法を放つしかない。
そうなると舞台が台無し……と考えると申し訳ないが、仕方ない。
リヒト殿下も稽古に付き合うたび、周りが「さすが殿下、ドラゴン姿も素敵!」と笑いながら絶賛してくれるのに、終わると「本番までに闇が動くかもしれないし、俺も楽しんでる場合じゃないんだけどな……」と若干ブルーな顔。
取り巻き令嬢ズは「殿下、ここはもう吹っ切ってください。学園生活最後の祭典なんですし、婚約破棄なんて話は皆さん笑い話にしてますわ」と無神経に慰める。
殿下は「そうだな…もう俺も覚悟してる」とうつむき、さらに「婚約破棄したかったが、国民的ヒロインのセレスティアを俺が捨てるなんて……無理だよな」とポツリ。
こうして破滅フラグの再燃どころか、殿下がひたすら自滅ムーブを繰り返す流れが定着した。
何にしても、今の私には“舞台上だけの悪役”を完璧に演じることと、現実世界での闇勢力に備えることが同時に課せられている。
アニーの脇役として闇落ち司祭をやる以上、台詞も多いし、ドロドロな感情表現も必要。稽古で疲れているところに、夜は騎士団の依頼で街の魔物を撃退……という二重生活に近い。
私は時々、「もう少し普通の学園ライフを送りたかったんだけど……」とぼやいてしまう。
アレクシスが鼻で笑って「どの口が言うんだ、光姫め。俺たちだって大変なのに、お前が一番忙しいだろう」と呆れ混じりに返してくる。
その言葉に「ええ、本当にそうよ……」と納得するしかない。
舞台稽古が進めば進むほど、ヒロインアニーとの対決シーンは増え、最終的に私が倒れる場面へ向かう。
その本番の日取りは学園祭当日。先生やクラスメイトが「絶対盛り上がるに違いない!」と目を輝かせているが、私が心に抱えるのは「また闇勢力の乱入で台無しになりそう」という恐れだ。
しかし同時に、もし本当に闇が来たなら、これが逆に私たちが奴らを倒す絶好機になるかもしれない。
王太子や聖女、そして光魔法を持つ私――演劇メインキャストが全員集合しているタイミングこそ、無防備に見えるが準備万端にしておけば切り返しも可能だ。今度は失敗せず決着をつけられる可能性もある。
「どうなるのかしら。舞台上で“私は悪の司祭よオホホホ!”と高笑いしながら、現実の闇魔法集団を打ち砕くなんて展開、誰が予想できるの……」と心の中で想像するだけでクラクラする。
こうして三年生の学園祭へ向けた稽古が本格化する一方、闇の気配も断続的に報告され続ける。
私は二重のストレスを抱えつつも「やるしかない」と腹をくくり、毎日のように演技の台詞を覚えながら、闇に対抗する光魔法の練習も怠らずこなしていく。
学園祭が近づけば近づくほど、周囲の「楽しみだね!」という空気と、「闇が来るかも…」という不安が入り混じり、教室や練習場が独特の緊張感に包まれていく。
結局、私はもはや“悪役令嬢”でも“破滅フラグ候補”でもなく、かといって単なるヒロインでもなく――舞台の上では悪役を演じ、現実では国の光として闇を払う。そんな二面性を抱えた三年生の秋を迎えそうになっている。
“婚約破棄未遂”はすでに形骸化し、もはや私を責める人はいない。いったいこの演劇当日に何が起こるのか
――闇勢力が暴走して再び学園をパニックに陥れるのか、あるいは穏やかに済むのか。私は少し胸騒ぎを覚えながら、女司祭役の練習に勤しんでいた......




