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番外編一  魔王の苦悩と過去──二度敗れし“ラスボス”の執念と、新たな世界への転落

 私がこの世界へやって来たのは、もうどれほど昔のことだったろうか。


 いや、正確に言えば「転生」という現象を経て降り立ったわけではない。


私——かつての“魔王”と呼ばれた存在——は、前の世界で勇者に敗れたその瞬間、こちらの世界へ逃れるように“召喚”されたのだ。


 当時は意識が混濁していて、なぜこうなったかも理解できなかった。気がついたとき、私は黒々とした虚無の空間を漂いながら、不気味な“闇の魔導書”に触れ、再び“魔王”として力を得ていた。そこにはこの世界


——乙女ゲームか何かをモデルにしたような領域——を自分のものにできる、という甘いささやきがあった。


 元いた世界で私は“魔王”として名を馳せ、数多の国を震撼させ、最終的に勇者たちの手によって打倒された。その瞬間、絶望の淵で誓ったのだ。


 「絶対に、こんな終わり方は認めん。いつか……いつかまた復活し、次こそはすべてを滅ぼしてやる」


 そう、私は敗れたあとも執念だけは失わなかった。


勇者に追い詰められ、世界の光に飲まれて散ったとしても、私は諦めない。次の世界こそ、自らが頂点に立ち、人間も神も一切を屈服させると誓ったのだ。


 その執念が、ある種の歪んだ“縁”となって、この乙女ゲー風世界へ流れ着いたのだろうか。


覚えているのは、深い闇に漂ったとき、私に応じるように呼びかけてきた声——「お前の力を貸せ。代わりにお前がこの世界を支配してもいい」——まるで魔導書が意志を持っていたかのようだった。


 私が最初に意識を取り戻したとき、この世界の“とある王宮の地下”に闇の魔法陣が出現していて、そこを通じて肉体を形作られた……


そんな状況だった。


前世の“魔王”としての記憶も力も、まだ完全には戻っておらず、半端な状態ではあったが、少なくとも普通の人間を遥かに凌駕する“闇の王”としての力を感じていた。


 「ふん……ここは何だ? 妙に華やかでありながら、上っ面ばかりのファンタジー染みた世界か」


 最初に地上へ出て街を見下ろしたとき、私は馬鹿馬鹿しいと思った。この世界はどうやら“乙女ゲーム”と呼ばれる類のシナリオが敷かれているらしい。


前世で私が生きた“剣と魔法のハードファンタジー”とは異なり、やたら恋愛イベントだとか貴族学園だとか、軽薄な設定が多く、茶番じみた空気が漂っている。


 しかしそれは私にとって好都合でもあった。こんな脆弱な世界ならば、あの勇者どもがいた前の世界に比べて圧倒的に支配しやすそうだったからだ。


私の“魔王としての闇魔力”が全快すれば、ゲームシナリオなど塵にも等しい。すぐにでも国ごと征服して、再び自分の王国——いや、魔界を築くことができると確信した。


 だが、この世界は別の転生者が大量に存在しているようだった。何でも「悪役令嬢転生」や「騎士見習い転生」「闇魔法好き転生」など、色んな出自を抱えた人々が入り乱れ、下手をすればこの世界のシナリオが書き換えられている。私が転生してきたのと同様、ほかの者たちも別世界の知識を持ち込んで好き勝手に動いているらしい。


 そんな混乱を尻目に、私は闇の魔導書を手に入れた。そこには“闇の王”を復活させる儀式だの、封印を破る手順だの、いかにも中二病じみた記述が並んでいたが、私にしてみれば最初の足がかりとして悪くないと思った。


 「なるほど、この世界じゃ“悪役令嬢転生”が主流だろうが……俺は“別ゲームからのラスボス”として、この世界を根底から支配してやる。乙女ゲーの王子やヒロインがどうあがこうと、前世で私を倒した勇者ほどの実力はあるまい」


 そう高をくくり、密かに王宮地下へ潜り込み、宝物庫の扉を闇魔法でこじ開けたり、じわじわと魔物を増やしたり、クーデターの布石を整えたり。時間こそかかったが、やがて私が“闇の王としてこの世界を飲み込む”舞台は整ってきたはずだった。


 しかし、結果はどうだったろう?


 私はこの世界の“学園”なる場所で活躍する転生者たち——とくに“セレスティア”という悪役令嬢のはずの少女——にあっさり阻止されてしまったのだ。


王都で小規模な魔物大群を送り込み、王宮で闇の結界を起動させ、完璧にクーデターを狙ったつもりが、奴らが想像以上の連携で止めにきた。


なかでもあの悪役令嬢と本来のヒロインが協力して放った“聖なる輝き”? まさかあんな合体魔法があるなど予想外だった。


 私はかつて別のゲーム世界のラスボスとして勇者たちと戦ったが、そこでも最後の力を使い果たし転生したのに。まさかこの乙女ゲー風世界でも似たような展開になるとは思わなかったのだ。


 「ゲームなど糞食らえ……私は現実を滅ぼす!」と息巻いていただけに、余計に敗北の痛みが深い。闇王の力で王宮を崩壊させかけたが、最終的にあの光の娘に押され、地上からはじき飛ばされるように消滅してしまった。結局、クーデターは未遂に終わり、私の支配計画は瓦解した。


 だが、私は完全に死んだわけではない。正体不明の黒い塵となって王宮の奥深くへと拡散し、微かな意識だけが朧気に残っている状態にある。幾度となく“魔王”と呼ばれた私が、今度こそ最終的に滅びるかどうかは確定していない。


 失意のうちに朽ち果てるのか? 

あるいはまた別の転生チャンスを狙うのか? 


闇の魔導書が破壊されたのなら可能性は低いが、完全に無ではない。


 それにしても私はなぜ“悪役令嬢”に負けた? あれが悪役令嬢のはずなのに、断罪もされず、むしろ国を救う英雄になってしまうなんて……おかしなこともあるものだ。


 「くっ……なぜだ……悪役令嬢が何ゆえ光の力を持つ? ゲームの世界なら、もっと素直に俺がラスボスとして君臨して終わるはずだった……」


 苛立ちと呆れが同時に胸を刺す。この世界が乙女ゲーと違って“他の転生者”が大量発生し、シナリオを改竄してきたのが原因だろう。


私が思い描いた“登場人物が絶望に沈む闇ルート”も、やつらが勝手に改変してヒロインを増強したり、国中を巻き込む形で逆襲を仕掛けたり……



見事に私の計画を阻む働きをしたわけだ。


 結局、私は二度の世界で敗れた“転生ボス”という肩書きを背負い、もはや“ラスボス”と名乗る資格すら危うい状態に陥っている。


もしまた別の機会が巡ってくるとしても、それはいつになるか分からないし、こんな醜態をさらしている以上、再起は難しいかもしれない……。


 意識が薄れゆくなかで、私は一抹の虚しさを感じる。“ゲームを超えるリアル”に私は勝てなかったのだろうか。前の世界の勇者、そしてこの世界では転生者たち


——人間がこんなにも私を苦しめるなんて、笑い話にもならない。



 しかし、それでも私の執念は消えない。 “このまま終わるわけにはいかない”という気持ちが、まだ胸の奥で燻っている。


引き裂かれそうな魂を必死に繋ぎ止め、「いつか……また……」という願いにすがりたいのだ。


 そう、一度ならず二度までも人間に敗れた私だが、今度こそ万全の形で復活さえできれば、三度目の正直という言葉もある。もし私が完全体として蘇れる機会があるなら、この乙女ゲー世界など一瞬で塗り潰してみせる。


 けれど、朧気な意識のなか、私は一瞬だけ疑問を感じる。


 「どうして俺は、こんなにも破滅の道を歩み続けるのだろう? 前世の世界でも、人間に倒され、ここでも結局、転生者たちに妨害され……それでもまた支配を望むのは、単に“魔王”の本能なのか? それとも、俺が何か報われない過去を抱えているからなのか……」


 思い出すのは、前世で“魔王”として生を受けるまでに辿った奇妙な歴史。もとはただの村人の子として生まれ、国の圧政に苦しむ家族を救おうとして魔術に手を出し、それが過ぎてしまったために自ら“魔王”の座へ転落していった、そんな苦い過去があったような気がする。


 だが、いつしか私の憎悪は止まらなくなり、自分を潰した社会への復讐こそが生きがいとなってしまった。結


局、正義の勇者が現れて私を倒すに至る


——その苦悩と過去が私を“悪役”へと固定してしまったのだ。それを思うと、ほんの微かな寂しさも浮かぶ。


私だって最初から好き好んで“魔王”になったわけではないのに……


命運の行き着く先は、いつも人類の敵として滅びる役回り。



 ——何が悪役だ、何がラスボスだ。誰が決めたシナリオなのか。


私は本当に自分の意志で世界を滅ぼしたかったのか。


 渦巻く疑念を抱きながらも、今の私は闇の塵となり、王宮の地下に沈み込んでいる。大半の力は失われ、動くこともままならない。残るのは前世も今世もすべてを恨む思いと、弱まる魔力の名残だけ。



 このまま、本当に終わるのか。誰かが言う「俺こそがラスボスだ」などと嘲笑されるだけで、私は二度目の“転生失敗”を飲み込むしかないのか。


 (いや、絶対に……絶対にまた立ち上がってやる。そのときこそ、この世界を丸ごと飲み込んで……)


 私は、かすかに残る力をかき集め、辺りの闇を掻きむしる。


だが、声を張り上げるほどの魔力は残されていない。暗闇のどこかで微かな声が響く。「闇の王は負けた。もう復活しないだろう」と誰かが言う。王宮兵士なのか、通りすがりの転生者なのか……分からないが、私への嘲りが聞こえた気がした。


 (まだだ……俺は、負けっぱなしで終わるわけにはいかない……)


 口惜しさが熱い塊となって胸に溜まり、それが私の意識を支えているように感じる。いつか、もし奇跡が起これば、私はこの世界のどこかで新たに復活できるかもしれない。


もっと強大な魔力とともに。そうすれば、乙女ゲー風ヒロインや悪役令嬢がどう暴れようと関係なく、全部を滅ぼし尽くせるだろう。


 ——けれど、その奇跡が与えられる保証はまったくない。



私の過去と苦悩がここにあるだけで、誰も私を救い上げようなどと思わない。別ゲームから流れ着いたバグのような存在にすぎないのだから、むしろ完全に排除されるほうが自然かもしれない。


 もし次があるとしても、いつになるか分からない。私は絶望を噛みしめながら、王宮地下の深き闇に霧散していく。体が崩れる感触が鮮明に伝わり、やがて視界が途絶えていった。


……そう、私は再度“滅び”を味わう。人知れず、暗黒の底へ沈む。今度こそ本当に無へと還るかもしれない。


 (それでも……いつの日か……)


 最後の意識がすうっと遠のく瞬間、私はうわごとのように“いつかこの世界に復讐する”と心で叫んでいた。


 たとえこの世界で“悪役令嬢”が破滅せず、転生者たちが好き放題ハッピーエンドを迎えようとも、私が完全に消滅するまで“魔王の苦悩”は終わらない。


かつて村人の子として生まれ、国の圧政を跳ね返そうとして魔王になった過去。その復讐心こそが私を奮い立たせる限り、転生ボスとしての執念は絶えないのだ。


 さあ、いつかまた。もし私の魂が呼び起こされるなら、私は再び世界の敵として立ち上がるだろう。そのときは、乙女ゲーの皮を被った転生者たちすら、容赦なく滅ぼしてくれる。前世の勇者はもういないのだから、絶対に私が勝つはずだ……。



 そんな妄執を抱きながら、私は闇の底へ沈む。これが、私の“転生ラスボス”としての第二の生の結末——いや、次なる始まりかもしれない。誰にも分からないが、私の“魔王の苦悩”はまだ尽きないのだ。


 こうして、かつて別ゲームのラストボスだった私が、乙女ゲー風世界へ流れ着き、“闇の王”としてクーデターを起こしたものの、セレスティアら転生者に阻止され、再び滅びの道を辿るまでの苦悩と過去を描いたエピソードで幕を下ろす。


愛憎と執念を抱える魔王は、満足を得られぬまま霧散するが、その想いは完全には消えず、いつか再起を狙うかもしれない。


 ——とはいえ、“悪役令嬢”や“王太子”が幸せになる世界線では、その苦悩も虚しく掻き消されるだけなのかもしれない。前世の勇者に続き、今世の転生者にも敗れた魔王の叫びは、誰にも届かない暗黒の底で消えようとしているのだった。

次でラストです。。

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