真夏の休息④
シーコ 中原滋子
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
夜店巡りを満喫していたその時だった。
道の真ん中で突然前がつまり、歩みが止まってしまう。
そして、だんだんとその周囲に人ごみが形成されていく。
「何? なんかあったの?」
「ああ。なんか、オタクんとこの部長さんが誰かと睨み合ってるみたいだな」
背が低いワタシからはよく見えなかったけど、代わりに側にいたコジマが教えてくれた。
――部長が?
気になったワタシは、人ごみをかき分けて前へと進む。
――げっ⁉︎ あれは……
シーコの前に立ちふさがるように仁王立つ女の子――キラキラの金髪に縦ロールまで備えたお嬢さまキャラのテンプレみたいな容姿のそのコは、伊勢崎四中女子剣道部の部長にして天下に名だたる<高千穂グループ>のご令嬢、姫神凛音だった。
彼女は意外にも浴衣を着ていた。ちゃんとその場の風情に合わせようという心意気はあるみたいなんだけど、その浴衣が金色の刺繍が施されたド派手なもので、自身の風貌も相まって結局浮きまくってしまうのだった。
そしてその両脇には、あのイヤミったらしい小言でイラつかせてくる菊池と、小麦色の肌をした天真爛漫女子の瀧川がボディーガードよろしくピッタリついていた。
対して、シーコの両脇は参謀的立ち位置のアッキーと、血気盛んな特攻隊長のトモっちが固めている。まあ、浮きまくっているという点ではゴスロリファッションでお祭りに来るトモっちも負けてない。
両陣営は黙ったまま睨み合い。一触即発の雰囲気だ。
――どうしよう……
ワタシは、明らかに格上であるヒメカミさんたちに大口たたいてタンカを切ってしまった手前、どうしても顔を合わせたくなかった。
――あ、あれだ!
ワタシは、すぐ近くにあった夜店にかけこむと、
「すみません、コレください!」
戦隊ヒーローものや流行りのアニメキャラクターのお面が立ち並ぶ中で、女児向けアニメキャラクターのお面を購入した。
そしてワタシはすぐさまそれをかぶる。うん、これならバレないはず。
五百円の出費はイタいけど、ここはガマンガマン。
「なあ、クモコシ? アレってこの前の――あれ? クモコシ?」
「ミカ姐? どこ行ったのぉ?」
「センパイ、もしかして迷子ですかぁ?」
コジマとツムとメイが辺りを見回し、お面を売っている夜店の前に立つワタシを見て――アニメキャラクターのお面を被っているワタシを見つける。
「クモコシ、何やって――」
ワタシは立てた人差し指を自分の口もとにあてる。お願いだから今はツッコまないで!
コジマたちは不思議そうに首をかしげたけど、とりあえずそれ以上話しかけるコトはしなかった。
あぶないあぶない……。
そしてワタシもコジマたちも、今衆目を集めている2人に目を向ける。
「奇遇ですわね、中原滋子さん。ごきげんいかがかしら?」
「ああ、おかげさまですこぶる良好だよ、姫神凛音さん」
まずは探り合いといった感じで軽くあいさつを交わし合う姫神さんとシーコ。
どちらも中学生離れした美貌で目を惹く存在とあって、周囲の人たちも立ち止まって事の成り行きをじっと見守っている。
「去年の個人戦ではわたくしが不覚をとりましたが、次回の秋季大会個人戦ではアナタにきっちりとリベンジさせていただきますわッ‼︎」
扇子ごと腕を突き出し、声高々にリベンジ宣言。さあ、シーコはどう返す?
「申し訳ないが、私はもう個人戦には出ないつもりだ」
「な、何ですって⁉︎」
それは思いもよらない答えで、姫神さんだけじゃなくてワタシも、二中剣道部員みんなが驚いたように目を見開いている。
「出ないって、どういうつもりですの? アナタまさか、勝ち逃げしようなどと考えているのではなくて⁉︎」
「どう捉えてもらってもかまわない。私は少なくとも中学を卒業するまでは個人戦を辞退することに決めたんだ」
それを聞いて怒りと戸惑いで眉根を寄せるヒメカミさん。シーコの表情はこちらからでは見えないけど、たぶんいつも通りのクールさを保っているんだと思う。
そして冷戦のような緊迫した沈黙がしばらく続いていたけど、
「……不愉快ですわ。参りますわよ、菊池、瀧川!」
これ以上の言葉を引き出せないと諦めたのか、ヒメカミさんはイラ立たしげにそう言うと、シーコの脇を通り過ぎ、こちらの方へと歩き出す。
そして、ワタシが立っているお面売り場の夜店を通りかかると、
「あら?」
姫神さんが不意にこちらの方へ目を向けた瞬間、偶然目が合ってしまう。
「じーっ」
姫神さんはすぐに足を止めると、目を細めてワタシの顔を凝視してくる。
お面を被ってるんだから気づかれないはずなんだけど……。
それとも、イイ年して女児向けアニメキャラクターのお面を被ってるイタいヤツ、とか思ってる?
――お願い、早く行ってッ‼︎
冷や汗が背中を伝う。
ワタシはヘビに睨まれたカエルのようにその場から一歩も動けず、ただこの危機が去るのを祈るコトしか出来なかった。
「お嬢さま、いかがなさいました?」
「……いいえ、気のせいですわね」
菊池の言葉を受けた姫神さんは少し首をかしげてから、まるで何もなかったかのように歩みを再開する。
「……助かった」
3人の背中が雑踏の中に紛れて見えなくなったころ、ワタシはようやく安堵のため息をつくことができた。
「ミカ姐、バレなくてよかったね」
「ハハハ、あのお嬢さまからかくれるためにお面被ってたのか!」
ツム、コジマがそう言ってこちらに駆け寄って来る。2人ともワタシの意図を察してくれていたみたい。じゃなかったら、ホントに<イイ年して女児向けアニメキャラクターのお面を被ってるイタいヤツ>になるところだったよ。
「苦手なんだよね、あのヒトたち……」
ワタシは大きなため息をつく。
「おい、ヒミカ」
そこへトモっちがやって来てワタシを見るなり、
「お前、イイ年して女児向けアニメキャラクターのお面を被ってるイタいヤツか?」
ゼッタイに言われたくなかったひと言を浴びせる。
「ツっこまないでッ! これにはマリアナ海溝より深いワケがあるんだからッ‼︎」
ワタシはお面を上げて叫んだ。
「ああ、そういやお前、アイツらにケンカ売ったんだよな? すげぇよヒミカ」
「うう……そのコトはもう忘れたいのに」
トモっちが愉快そうに笑ってワタシの背中をたたく。相変わらずイタい……。