真夏の休息②
トモっち 大澤友代
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
花火大会当日――
今日も相変わらずの猛暑日で、ウンザリするような熱気が朝から立ちこめていた。
ワタシは夏祭りに行くための着替えを済ませる。
どういう意味かはわからない派手な英文がプリントされたパンキッシュなTシャツ。青いデニムのショートパンツ。
――うん。女の子らしさのカケラもないや
部屋の姿見の前に立った自分を見て、思わず苦笑する。
――まあ、カワイイ服着たって似合うワケないし
髪だって、クセっ毛でところどころ跳ね上がっているし。
まあ、そこまではまだイイんだけどさ。
――身長、伸びないな……
小学校高学年くらいからかな?
それまで男女問わず背が高い方だったはずなのに、急に成長がゆるやかになって今じゃ小さい部類。
思わずため息がもれる。
鏡を見て、自分の姿見て悲しい気分になるのは日常茶飯事だ。
コンコンコン
その時、部屋のドアがノックされる。
「はーい」
ワタシが返事すると、ドアが開かれてお母さんがやって来た。
「ヒミカちゃん、お祭りなんだけど――」
そう言いかけたお母さんの言葉は、ワタシの姿を見てピタリと止まると、
「その格好で行くの?」
どこか不満そうな視線を向けて聞いてくる。
「うん。そうだけど」
ワタシが答えると、お母さんは口もとに手をあてて、う〜ん、とうなり、
「ねえ、浴衣があるから着てみない?」
そう提案してくる。
「いいよ。どうせ似合わないし」
「そんなことないわよ。ゼッタイ似合うから! ヒミカちゃん、カワイイもん」
お母さんはニコニコ顔でやたらと浴衣をすすめてくる。
でも、そんなお世辞言われてもなぁ……。
「もう出なくちゃいけない時間だから。着替える時間無いし、今日はいいよ」
本当は待ち合わせの時間までぜんぜん余裕があるんだけど、このままじゃ強引に浴衣を着させられる流れになりそうだから逃げの一手。
「そう。残念だわ……」
ガッカリしたように目を伏せるお母さんの姿に、ちょっと罪悪感。ワタシのコトを思って言ってくれてるのだろうけど……ゴメンね。
「お店の方は大丈夫なの?」
「うん。お父さんもずっと家にいるし、それに今日は暇だから」
お母さんはいつもの笑顔に戻って言う。
ワタシの家は、<雲越ベーカリー>という小さなパン屋さんを経営している。一階の一部が店舗になっていて、お父さんが脱サラしてお母さんと一緒にはじめたお店だ。
ワタシもヒマな時にちょっとした手伝いをしているけど、この夏休みは部活に出ているコトもあって2人ともワタシに手伝いを求めてこない。
ちょっと申し訳ない気持ちもあるけど、今はそのやさしさに甘えさせてもらおう。
お祭り会場の近くにあるスーパー<バーグ>。ここが剣道部のみんなとの待ち合わせ場所だ。
家からはけっこう離れているけど、ワタシは途中用事もないのにコンビニに寄ったり、水分補給しながらゆっくり散歩するように歩いて時間調整しながらやって来た。
<バーグ>の店先は買い物客だけでなく、同じようにお祭りに行くための待ち合わせ場所にしていると思われるラフな格好をした人たちであふれていた。
そこにある自動販売機。その付近に見慣れた顔を見つける。
トモっち、アッキー、ツム、メイの4人が先に来ていて談笑していたんだけど、ワタシの姿を見るとなぜかアッキーがうれしそうに笑っているけど、逆にトモっちは不機嫌そうに顔をしかめて、
「おい、ヒミカ。何で浴衣着てこねぇんだよ!」
突然そんなイチャモンをつけてくる。
「はぁ? そんなのワタシの勝手でしょ? てか、何で来て早々ワケのわからない文句言われなきゃなんないの⁉︎」
「センパイたち、カケをしてたんだって」
憤慨するワタシの問いに、楽しそうな笑みを浮かべているツムが答える。
「カケ?」
「そうだよ。最初に着いたアタシとアッキーで、これから来る4人が私服か浴衣かカケしてたんだよ。勝ったらかき氷をおごってもらうってコトでさ」
「はぁ……」
要はヒマを持て余していたってコトか。
「メイは2人とも私服と予想してカケにならず。私はツムが浴衣を着てくるとカケて外してしまったんですけど、ヒミカのおかげでタイに持ちこめました」
とアッキー。
なるほど。だからアッキーの方は上機嫌だったのか。
結局、今ここにいる5人はみんな私服だ。
「あーあ。ヒミカが浴衣だったらアタシの勝ち確定だったのによ。結局引き分けかよ」
トモっちはまだくやしそうにグチっている。
「でも、まだシーコが残ってるじゃん?」
まだ見ぬ部長のコトを問うと、
「浴衣に決まってます」
「浴衣に決まってんだろ」
2人はハモって答える。
要するに、シーコではカケが成立しないみたい。
たしかに、シーコなら浴衣を着て来るとワタシも思う。
シーコこと中原滋子の家――大財閥<星乃宮グループ>の邸宅は完全な日本家屋であり、グループ全体の傾向としても和風のデザインをとても重視している。
対してライバルの<高千穂グループ>は令嬢である姫神凛音の外見に象徴されるように、完全な洋式――邸宅もまるで西洋のお城のような豪華絢爛な造りになっていてまるで正反対だ。
「それにしてもさ……」
ワタシは、散々ヒトの服装に文句をつけてきたトモっちの私服姿をしげしげと眺める。
トモっちの私服は、何とゴスロリだった。さすがに真夏だから薄手の生地だけど、黒を基調としてフリルをたくさんあしらったワンピース。靴もそれに合わせたロングブーツ。ツインテールの髪には大きな赤いリボン。首にはチョーカー。そして顔には気合いの入った化粧が施されている。
「何だよ?」
「別に……」
トモっちがそういう趣味を持っていることは知っていた。こうして実際に見るのははじめてだったけど、口が悪くて好戦的なはずの彼女のゴスロリ衣装は想像していた以上に似合っていて、不本意なんだけどすごくカワイイと思った。
「口を閉じてれば美少女なんだよね」
「あぁん? そりゃどういう意味だよッ⁉︎」
ポツリともらしたワタシの言葉に、トモっちが不満をあらわにする。
ワタシはそれを無視して他のコの私服を見てみる。
アッキーは淡い水色のノースリーブブラウスにノイエグリーンのロングスカート。知的な彼女らしいさわやかな装いだ。
ツムはアニメキャラクターがプリントされたファンシーなTシャツに、赤いフレアのミニスカート。う〜ん、ツムらしいかわいらしさが満載だ。
メイは青色のワイシャツに同じく青色のデニムジーンズというラフな格好。身長が高いコトもあって、この中で1番お姉さんっぽく見える。
「ミカ姐、何で浴衣着て来なかったの? ゼッタイ似合うと思ったのにぃ」
今度はツムまでワタシの服装を見て不服そうに頬をふくらませる。そういえばツム、<MAIN>でもやたらと浴衣着て来いって言ってたけど……。ワタシ、何でこんなに浴衣を推されるんだ?
「いや、似合わないって」
ワタシは大きく首を横にふって言う。
それより、ツムの方こそ似合うと思うし着て来るべきだったんじゃない?
と、その時――
一台の大型車がゆっくりとワタシたちの側に横づけして停車する。リムジンとはまたおもむきの違う、国産の高級車だ。
そして後部のドアが開かれると中から、艶やかな長い黒髪を後ろで束ね、そこにかんざしを挿し、紫色を基調とした涼やかな浴衣を身にまとい、我らが部長のシーコが優雅にその姿を現す。
「遅くなって申し訳ない。着付けに少々手間取ってしまってね」
見目麗しいその容姿に反して、シーコは中性的なサバサバとした口調で言う。
普通なら気取っていると捉えられがちなその言動も、彼女だからこそサマになる。実際、深窓の令嬢のように楚々と現れたシーコを見て周囲はとたんに色めき立ち、誰もがその鮮美透涼 に心を奪われてしまう。
な〜んて、覚えたての難しい言葉を並べてみたけど、要は魔性の女だ。それも、老若男女問わず魅了してしまうような極悪級のヤツ。
そしてシーコは運転手にひとこと告げて帰らせる。
「……ん? どうしたんだい?」
「……い、いや、何でもない……よ」
シーコの一挙手一投足を魅入られるように見ていたワタシたちは、彼女の言葉でハッと目が覚めたように再び動き出す。