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夏の特訓①

 春季大会は四中に負けて、団体戦準優勝に終わった。

 

 ここ数年以上、一回戦負けの常連だった二中がここまで躍進できたことに驚くヒトたちも多いみたい。


 だけど、ワタシたちは当然満足なんかしてない。ワタシたちが掲げた目標は、<とにかく優勝>するコト。それには、四中に勝たなければならない。


 春季大会以来、ワタシたちはそれぞれに足りない部分を補うべく、特別な練習メニューを組んだ。


 ツムは、持ち前のスピードを最後まで持続させるためのスタミナづくりと、技のキレを磨くためにフォームの見直しを重点的に。


 メイは、その長身を()かすために本格的に上段の構えを取り入れはじめ、また課題でもある精神面の強化のために引き続きSNSでの自己発信を。


 トモっちは、持ち前のパワーをさらに磨くために筋トレと、弱点であるスピードを補強するために毎日ダッシュ100本を。


 アッキーも、この前の大会では控えに甘んじていたけど、レギュラーを奪取するために不足しているパワーとスタミナを補強しつつ、得意のデータ解析で各校の分析を行っている。

 二中メンバーの練習メニューを組んだのも彼女だ。


 そしてワタシは――


 この前の大会でテンテンと対戦した時、なんとか一本勝ちできたけど、終始攻め切るコトができなかった。


 その要因は、ひとえに経験不足によるところが大きかった。

 試合経験が少なすぎるから、攻撃のバリエーションも少なくて、その時々の状況に応じた戦略の組み立てというものが、今のワタシには出来ていないのだ。


 その弱点を補うためにワタシは、県内にあるいろいろな剣道場におじゃまして、そこで試合形式の稽古をつけてもらうコトとなった。


 もちろん、ただの中学生であるワタシがいきなり訪ねて稽古に応じてくれるハズもないので、そこは顧問の緒方(おがた)先生が先方に話をつけてくれているのだった。


 どうやら緒方(おがた)先生は剣道界隈では有名人らしくて、どこの道場に行っても緒方(おがた)先生の話が多くて、ワタシに対しても誰もが親身に接してくれた。

 

 時には年下のコと。時には熟練のご老人と。さまざまなヒトと竹刀を交えるのはとても新鮮で刺激になったし、何よりヒトそれぞれの剣道というものをたくさん体感できたコトは、ワタシにとって視野を広げる大きな助けとなった。


 相手がどういう狙いをもって、どう動くのか。それに対して自分はどう動けばイイのか。

 たくさんのヒトと向き合うコトによって、そういった戦略眼が少しずつ磨かれていくのを感じると同時に、たくさんのヒトと話をするコトによってさまざまな知識を得るコトができて、なんとなくひとりの人間としても成長できているように感じられるのだった。



 そして、7月最初の週末――


 夏の中学総体を2週間後に控えた金曜日、ワタシたちは合宿を行う計画を立てていた。

 本番前の最終調整という意味合いで行われるものだけど、場所はシーコの実家――中原家の邸宅を使わせてもらうコトになった。

 彼女の家には道場が併設されていて、ワタシたち全員が泊まれるだけの部屋もあるらしい。

 それに、みんなの家から近いから移動時間を省ける分、それだけたくさん練習に集中できるというメリットもある。


 ワタシたちは金曜日の授業が終わっていったん自宅に戻ってから、それぞれ合宿のための荷物を持ってシーコの家へ――中原家の前に集結した。


「ふわぁ……」


 広大な敷地の中にある古めかしい和式の邸宅を見上げながら、みんなポカンと呆けた顔をしている。

 特に1年生の2人はシーコが名家のお嬢様だってはじめて知るから、なおさら驚いていた。


 ワタシはまあ、シーコがお嬢様なのは知っていたし、以前リンリンの家に――姫神(ひめかみ)家の豪邸におじゃましたコトがあるから、こういう大邸宅にも多少の慣れはあった。


 とはいえ、西洋のお城のような(たたず)まいだった姫神(ひめかみ)家と違って、中原家は完全和装の館といったおもむきで、コレはコレで圧倒的な敷居と格式の高さを顕現(けんげん)していた。


 呆気に取られていると、木製の大きな門扉が内側から開かれて、


「やあ、よく来てくれたね。さあ、入ってくれ」


 そこに立っていたシーコが、涼やかな声色でワタシたちを出迎える。


 シーコの先導で敷地内に足を踏み入れ、すぐ目に留まったのは、たくさんの色鮮やかな鯉が優雅に泳いでいる大きな池や、枯山水を体現した風流な日本庭園だった。


 ワタシたちは合唱のように感嘆の声を上げながら、邸宅へと続く遊歩道を歩く。

 まるで観光名所のように明光風靡なその景色を眺めているだけで、ワタシは心が洗われるような感じがして、道中はぜんぜん退屈するコトはなかった。


 そして、邸宅内も想像以上だった。


 完全和装の玄関に足を踏み入れると、


「ようこそお越しくださいました」


 これまた和服姿の女性が出迎えてくれて、ワタシは温泉旅館にでも来たような錯覚に(おちい)るのだった。


 そしてワタシたちは、50人くらい収容できそうな大部屋へと通された。

 宴会とは集会で使われていそうな、だだっ広い畳敷きの和室だ。


「ここは年に何度か宴席などに使われる部屋なんだが、これだけ広ければみんな一緒に寝られると思う」


 シーコがそう言うや否や、ワタシたちは荷物を適当な所に置いてひと息つく。なんだかホントに修学旅行で旅館に泊まりに来たような気分になるくらい、くつろげそうな雰囲気だ。


 だけどコレは旅行じゃなくて合宿。二中が優勝するための最後の調整の場なんだから、あまり浮かれてなんかいらんない。


 ワタシたちはさっそく道着に着替えて、シーコの案内で道場に向かう。


「おぉぉッ‼︎」


 そこに入った途端、みんなの口から驚きの声がもれ出す。


 全面床張りで、二中の道場と同じくらいの広さがある。

 二中の道場は柔道部と半面ずつ分け合って使っているけど、ここは全面が剣道場なのだから、実質こちらの方が広いワケだ。

 しかも、それが個人宅に併設されているんだから、やっぱり〈星乃宮(ほしのみや)財閥〉恐るべしだ。


 今日は初日で、しかも授業終わりというコトもあって、メニューは基本練習と試合形式練習のみを2時間ほどこなして、稽古は終了となった。


「お疲れ様でした。お風呂のご用意ができておりますので、みなさまおくつろぎくださいませ」


 大部屋に戻ると全員分の浴衣が用意されていて、女中さんが入浴を勧めてくれた。


 お言葉に甘えて中原家の大浴場にやって来たワタシたちは、またしても驚かされる

 10人以上でも余裕で入れるくらいの大きな石造りの浴槽には、天然の温泉が掛け流しで張られていて、ガラス張りの外に目を向けて見れば夜の日本庭園がライトアップされていて、来た時に見たものとはまた違った情緒を映し出していた。


 リンリンの豪邸の大浴場もスゴかったけど、ここはホントに温泉宿に泊まりに来ているかのようなくつろぎを感じさせてくれた。


 そして、お風呂から上がって大部屋に戻ると、そこには料理の乗った御膳がすでに用意されていた。

 至れり尽くせりの対応に感謝しながら、ワタシたちは海の幸、山の幸をふんだんに盛りこんだ食事を堪能するのだった。


 それから1時間ほど、勉強やらゲームやらみんなそれぞれ思い思いの時間を過ごしてから、ワタシたちは布団の上で談笑する。


 そしてガールズトークといえば当然、恋バナになるワケで、


「そういえばヒミカセンパイって、柔道部の部長さんと付き合ってるんですよね?」


 1年生部員の藤崎さんが、目をキラキラと輝かせながら聞いてくる。


「うん、まあね」


 ワタシが軽く答えると、


「え? あの背が高くてカッコいい人ですよね? うらやましいな〜ぁ」


 もうひとりの1年生部員の板谷さんが、そんなうれしいコトを言ってくれる。


「えへへ、そうかなぁ」


 ワタシが、顔がだらしないくらいニヤけてしまうのを抑えるコトができなかった。やっぱり、自分の彼氏をホメられたらうれしいもんね。


「いつからお付き合いしてるんですか?」

「今年に入ってすぐだったかな。いちおうソウタとは幼なじみで、昔から結構一緒にいたんだ」

「え〜、幼なじみ同士でカップルなんて、すごくロマンチックで憧れちゃいますぅ!」

「えへへ、そうかなぁ?」

「はい、ステキです」


 ずっと2人が褒めてくれるから、ワタシの顔はさらにだらしなくたるんでしまう。


「デートとかしてるんですか?」

「うん、何度かしてるよ。初デートの時なんて、ワタシの私服姿見てカワイイっていっぱい褒めてくれたんだ〜ぁ」

「「キャ〜、いいなぁ‼︎」」


 2人の歓声がハモる。

 スゴくイイ反応してくれるから、話してるワタシも楽しくなってきた。


「2人ともそれくらいにした方がイイぞ。ヒミカは調子に乗ると際限なく話続けるから」


 不意にトモっちが、少し呆れたような口調で横槍を入れてくる。


「え〜? そんなコトないよ。2人とも、もっと聞きたいよね?」

「はい、聞きたいです」

「センパイの恋バナ、参考にさせていただきます」


 ワタシが聞くと、2人は目をキラキラさせながら答える。


「なぁに、トモっちってば、彼氏できないからってヒガんでるのかなぁ?」


 ワタシはいつもの調子で返す。

 普段のトモっちなら、すぐにムキになって負け惜しみを言ってくる場面なのだけど、今日はかぶりを振りながら大きなため息を()いて、


「……明日朝早いんだから、ほどほどにしとけよ」


 まるで夜ふかしをたしなめる親みたいな口調でそんなコトを言うと、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行くのだった。


 なんか、いつもと違う反応でちょっと拍子抜け。


 ――彼氏いなくてやっぱりさみしいのかな?


 まあ、それはさて置いて。

 今はカワイイ後輩ちゃんたちに、たくさん恋バナをしてあげなくちゃね。


 ワタシは2人の方へ向き直り、これまでのソウタとのスイートデイズの詳細を心ゆくまで語るのだった。

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