春のあけぼの①
そして時は流れて5月――
進級してワタシは3年生――最上級生になっていた。
そして今年の新入部員なんだけど、残念ながら入部希望者は2人しか来なかった。
3人入ってくれればワタシたちが引退した後もギリギリでチームが組めたんだけど、このままだと部の存続は不透明な状態だ。
その2人の新入部員――藤崎さんと板谷さんは共に剣道経験者でなかなかの腕前なだけに、彼女たちやツムたちのためにも、なんとかしたいところだ。
聞くところによると、新入生で部活に入っていない、いわゆる帰宅部のコも多いみたいなので、なんとかそこから引っ張ってくるしかないかもしれない。
とりあえず今は、<とにかく優勝>という目標に向けて邁進していくだけだ。
そして、ワタシたちの世代が3年生となってはじめて迎える公式戦――春季大会の日を迎えた。
<とにかく優勝>のスローガン達成と剣道部の存続を目指して、ワタシたちはやれるだけのコトはやってきた。
緒方先生とマンツーマンの厳しい地稽古にも耐えてきた。
別地区の学校との練習試合もたくさんした。
強豪校にも負けてない猛練習を乗り越えて、ワタシもみんなもたしかな手ごたえを感じていると思う。
今度こそ四中に勝てる、って。
そして、大会会場となっている市内の公共体育館に到着すると、ワタシはまずトイレの個室にこもった。
それは、緊張をほぐすための試合前のルーティンでもあった。
大きく深呼吸をしながら、この緊張感を――ドキドキを実感する。
――よし!
気合いを充実させ、ワタシは個室から出る。
「よう、ヒミカじゃねえか」
洗面台の前からワタシに声をかけたのは、三中の赤毛ヤンキーことタッつんだった。
「ひさしぶりだね、タッつん」
ワタシも彼女の隣で手を洗いながら、軽くあいさつを交わす。
「冬の大会ん時に姿を見なかったからよぉ、バックれたんじゃねぇんかって心配してたぜ」
「あはは、まあ、あん時はちょっといろいろあってね……」
本当はタッつんの言う通り逃げていたんだけど、あえてそのへんの事情は伏せておく。
「まあ、いいぜ。今日こそは決着をつけてやるから、覚悟しとけよ」
「対戦するコトになったら、よろしく頼むよ」
ワタシたちはお互い笑い合う。
そして先にトイレを出ようとしたタッつんが、
「……アタシはよぉ、こんなナリと性格だからいつもイキって、周囲にケンカ売って生きてきたんだ」
出入口の前で立ち止まり、ポツリと語り出した。
「でも、あん時――オマエに打ちのめされた時、もちろんムカついたけど、それ以上になんか頭ん中がスッキリしたんだ」
それは秋の新人戦の時のコトだ。
タッつんと対戦したワタシは、思いっきり振り下ろした面打ちで彼女を失神させてしまった。
「あれ以来、ガラにもなく剣道に熱中してさ。もちろん、オマエにリベンジするためだったんだけど、今じゃ剣道がスゴく楽しくてしょうがねぇんだ。まっとうにがんばるのもワルくねぇ、って思えるようになったのも、オマエの一撃がきっかけだ。だからよぉ……」
そう言ってタッつんは、ぽりぽりと髪をかきながら、
「あんがとよ……」
照れくさそうにつぶやいて、トイレを後にした。
――ありがとう、か……
たしかに、タッつんが真剣に剣道に取り組むようになったきっかけがワタシなのだとしたら、それはとてもうれしいコトだ。
だけど、真剣になったタッつんの姿を見て戦いたいってワタシに思わせてくれたのはタッつんだ。
――こちらこそ、ありがとう
ワタシは誰もいなくなった出入口に向けて、心の中でそうつぶやいた。




