春の審査
3月――
きびしかった冬の寒さも少しずつやわらぐと、梅の花が満開を迎え、春の息吹が着実に近づいているのを感じる。
もう少しすれば、ワタシたちは3年生になる。
3年生になれば部活動の引退もあるし、受験とかあるし、これまで以上にいろいろと考えなくちゃいけないコトが増えていく。
進路に関しては、ワタシはまだ何も決めていない。ホントは早いうちから目標を決めた方がイイんだろうけど、とりあえず今は部活動に――剣道に集中している。
悔いのないように――ワタシのすべてを出しつくすために。
そしてワタシは今、市の公共体育館に来ていた。
今日はここで昇段審査が行われていて、ワタシは初段の審査を受けにメイと一緒にやって来たのだ。
なんでワタシとメイだけなのか、って言うと、他のみんなは去年のうちに審査を受けてもう合格してるからだ。
初段の審査には、勝敗のない試合形式での実技審査、日本剣道形と呼ばれる演舞、そして剣道用語や理念を問う筆記試験が行われる。
初段審査の合格率は80〜90%くらいで、普段からちゃんと稽古にはげんでいるヒトならフツーに合格できるレベル、と言われている。
ワタシもメイも、ちゃんと審査に備えて対策もちゃんとしてきたから抜かりはないハズなんだけど、それでも合格発表が出るまではどうしても緊張してしまう。
すべての審査を終えてしばらくしてから壁に貼り出された合否発表の紙を見上げ、自分の番号を確認する。
「あ、あった! ありましたよ、センパイ!」
「うん。メイのもちゃんとあるね。よかった」
ワタシたちは2人とも合格していて、手を取りあってそのよろこびを分かち合う。
「まあ、初段の審査くらい、合格して当然ですね」
と、不意に背後から声がかかる。
スゴくイヤミったらしいその口調、どこかで聞き覚えがあるんだけど……。
振り返るとそこにいたのは、
「やっぱり、四中のイヤミ女だ……」
四中の菊池と、同じく四中の瀧川だった。
「会って第一声がそれですか?」
あきれたようにため息をつく菊池。相変わらずこのコはツンケンしているなぁ。
「しんから菊池は素直やないな。普通におめでとう言うたらええのに」
そんなワタシの気持ちを代弁するかのように、瀧川が方言交じりに相棒にツッコむ。
って言うか、どこの方言なんだろ?
「バッ! なぜ私がそんなこと言わなければならない! この人たちは敵だぞ!」
ムキになって反論する菊池。
「アナタたちも審査受けに来たの?」
「そんな訳ないでしょう。初段など、もうとっくに受かってます」
「だよねー」
2人が私服姿なところからして、審査を受けに来たワケじゃないコトはわかってたんだけどね。
「じゃあ、なんでココにいんの? まさか、わざわざイヤミ言うために来たワケじゃないよね?」
「当たり前です。私はそこまでヒマではありませんからね」
菊池はそう言うと、ショルダーバッグからスマホを取り出し、
「さあ、アナタの連絡先を教えてください」
突然そんなコトを言い出す。
「え? いきなり何?」
ワタシはいぶかしみ、
「もしかして、ワタシと仲良くなりたいの?」
冗談半分で聞いてみる。
「誰がアナタなんかと!」
全力で否定する菊池。
まあ、そうだろうとは思ってたけど。でも、そこまで頭ごなしに言われるとちょっとヘコむなぁ……。
「私ではなく、お嬢さまがご所望なのです。アナタと連絡が取りたいのだと、そうおっしゃられてますから」
「ああ、そういうコトね」
ワタシは納得した。
あの時――
ワタシが雨の中暴走して、自転車を壊して途方に暮れていた時に助けてくれた、リンリンこと姫神凛音。
ワタシたちは意気投合してお友達になって、お互いあだ名で呼び合うようになったんだけど、なんとリンリンはスマホを持っていなかったのだ。
なんでも家庭教育によるもので、高校生になるまではそういった通信機器の所持を禁じられているらしい。
SNSのアドレス交換をしようと思っていたワタシは面食らったけど、リンリンは後で菊池を向かわせて連絡先の交換をさせると言っていた。
つまり、ワタシとリンリンは、菊池のスマホを仲介してやり取りしようとしているのだ。
「じゃあどうせだからさ、一緒にお昼食べに行かない?」
どのみちスマホは更衣室にあるし、審査も無事に終わってお腹も空いたので、ワタシはそう提案する。
「えぇ……アナタとですか?」
「ええな! 行こ行こ!」
あからさまに難色を示す菊池と、目を輝かせてノリ気な瀧川。
「えぇぇ……」
まったく正反対の反応が返ってきて、ワタシは困惑してしまう。
どうにもこうにもワタシは菊池に敵視されてるみたいで、距離を縮めようにもぜんぜん取りつく島がなかった。
どうしようかと思案していると、
「気にせんでええよ。菊池はホントはキミに感謝しとるんよ」
今度は瀧川がそんなコトを言い出す。
「感謝って?」
菊池に感謝されるようなコトをした覚えのないワタシは、ただ首をかしげるばかりだ。
「瀧川ッ!」
あわててたしなめる菊池だけど、気にせず瀧川は続けた。
「この前な、お嬢が菊池とウチをティーパーティーに誘ってくれたんよ。そん時お嬢が、ウチらのコト、<友達>言うてくれたんじゃ。ほうじゃけん、菊池のヤツめっちゃ舞い上がってしもうてね。けんどお嬢に理由聞いたら、キミがそうするようアドバイスしてくれたらしいやないか?」
「あー、そういえば……」
ワタシは思い出した。
リンリンが友達ができないコトを悩んでいたから、菊池や瀧川をティーパーティーに誘って仲良くなればイイ、って勧めたんだよね。
「アナタのアドバイスというのが少し癪ではありますが」
菊池はひとつわざとらしい咳ばらいを入れてから、
「お嬢さまが私たちのためにお心を砕いてくださったことは、光栄の極みであり、そのきっかけを作ってくださったアナタにも……その、感謝してやらないわけではありません」
はずかしそうに目を伏せるけど、いつもどおりの強い口調で言う。
てっきりワタシは、余計なコトを吹きこむな、と怒られるかと思っていたから、この反応は少し意外だった。それだけうれしかったのかな?
とはいえ、だ。
「感情表現下手すぎない?」
ワタシは率直な感想を述べると同時に、
――よぉし、こうなったら絶対に菊池と仲良くなってやる!
なんとなく意地を張りたくなって、密かな闘志を燃やすのだった。




