冬の氷解④
ワタシは、学校に来ていた。
今は冬休みだから、部活動のあるヒトや補習のあるヒトが来るくらいで、すごく閑散としている。
ワタシ自身、冬休みに学校に来るのは今日が初めてだ。
当然駐輪場の自転車もまばらで、ワタシはいつもより広く空いたスペースに自分の自転車を悠々と停めるコトができた。
そしてワタシは、柔剣道場へと向かう。
昨日――
帰宅したワタシは、すぐお母さんに心配かけたコトを謝った。
お母さんは優しく微笑んで抱きしめてくれた。
すごく温かくて、すごく安心した。
もう二度とお母さんを悲しませたり心配させるようなコトはしない、とワタシはその時誓った。
そして部屋に戻ってスマホの充電をすると、案の定たくさんの着信履歴と<MAIN>のメッセージ通知があった。
お母さんとコジマからのものだったけど、<MAIN>のメッセージ通知の中に一件だけ、ツムから送られてきたものがあった。
あれ以来――ほとんどケンカ別れみたいな状態になって以来、お互い連絡を取り合うコトはなかった。
一体なんだろう、とワタシは少し緊張しながら<MAIN>を開いた。
『明日の朝、学校の道場に来てくれませんか?』
ツムから送られてきたメッセージは、その一文だけだった。
学校の道場で、一体何があるんだろう?
そもそも、明日からはたしか部活もお正月休み期間になるハズじゃなかったっけ?
いろんな疑問が湧き出すけれど、行くしかないと思った。会って、ツムに直接思いを伝えるチャンスだと思った。
だからワタシは了承の返信を送り、具体的な時間を決めた。その時は、それ以上の詳しい内容は聞かなかった。
「……はぁ」
吐き出したため息が、すぐに白く染め上がる。
ツムから<MAIN>で来て欲しい、と言われたものの、やっぱり気が重い。
ワタシは剣道部に復帰したいと願っているけど、みんなはこんな身勝手なワタシを許してくれるのかな?
そもそも、呼び出された用件はなんなのだろう?
そんな風に考えると、足が鉛をまとったように重く感じられて、前に進むのがツラくなる。
だけど、もう逃げない。迷わない。
ワタシは自分の胸の中に残っているモヤモヤと、心に刺さったトゲの後始末をするべく、道場のドアを開いた。
「ツム、いる? 来たよ……」
玄関でワタシは恐る恐る声をかけて靴を脱いで上がり、いつものように一礼してから道場に入る。
「ッ!」
ワタシは剣道場を見て驚いた。
そこにいたのはツムだけじゃなくて、シーコも、トモっちも、アッキーも、メイも――全員が道着と防具をつけて待っていたのだ。
まるで、今から部活が始まるかのようなその光景に、ただひとり私服姿のワタシは少し気後れしてしまう。
「……ミカ姐、来てくれてありがとう」
ツムが一歩前に出てワタシに言う。
その声は最後に会った時と同じで、いつもよりもトーンが低かった。
「ツム……」
謝ろうと思って口を開いたその時、
「お願い、ミカ姐。もう一度だけ道着に着替えて欲しい。みんなと試合をして欲しい」
今にも泣き出しそうな声で、ツムが懇願する。
「試合?」
ワタシはみんなを見やる。
誰もが真剣な眼差しをこちらに向けていた。
ワタシは――
「……わかった」
もちろん、承諾した。
ツムの――みんなの真意はわからないけど、ひさしぶりに剣道がやれるんだから、まずはそれを楽しもう。
ワタシは更衣室に入り、すぐに道着に着替えて防具をつけた。
「お待たせ」
ワタシは面と竹刀を持ってみんなの前に立つ。
「ミカ姐にはこれから、わたしたち全員と一本勝負の試合をして欲しいの」
「一本でイイんだね? OK」
ワタシはその場に座って面をつける。
「センパイ、よろしくお願いします!」
同じく面をつけたメイが、こちらに頭を下げる。
「最初はメイか。よろしくね」
ワタシも一礼し、試合場となるコートの中心で竹刀を構える。
試合だけど、審判もいなければ蹲踞などの正式な形式も省いた、いわばコートの中で行われる一本勝負の地稽古だ。
「ヤァァァァァッ‼︎」
メイが気合いの声を発する。
ワタシも目一杯肺に息を溜めこんで、
「シャアァァァァァッ‼︎」
闘志を示すように声を発して応じる。
正式な試合じゃなくても、否応にも緊張感が高まってくる。
「「面ェェェェェんッ‼︎」」
そしてお互い面を打ち合う。
メイは長身だから、遥か高い位置から振り下ろされる一撃は強烈だ。
結局お互いの竹刀がぶつかり合って打点がズレて、そのまま鍔迫り合いになる。
「センパイ。私、体ばっかり大きいクセに気が小さくて、小学生のころよくいじめられてたんです……」
不意にメイが静かな声で語り出した。
「そんな私をツムちゃんが助けてくれました。私の手を引いてくれて、私を剣道部に誘ってくれて……。ツムちゃんがいなかったら、今の私はいなかったと思います」
「メイ……」
ワタシは彼女の語る言葉にただ耳をかたむける。
「ツムちゃん、いつも言ってました。<ミカ姐がわたしを助けてくれた。だから今度はわたしが誰かを助けるんだ>って……。だから、今の私があるのはヒミカセンパイのおかげでもあるんです! だから……だから……」
メイは同じ言葉を何度も繰り返した後、
「私はヒミカセンパイにいて欲しい! ヒミカセンパイと一緒に剣道を続けたいです‼︎」
今度は今まで聞いたコトのないくらい大きな声を張り上げて、そう叫んだ。
「メイ……ありがとう」
ワタシは感激した。だから、ワタシは全力で立ち向かう。
ワタシたちは、鍔迫り合いから間合いを取り、しばらく膠着状態が続く。
そして、メイが動きはじめた刹那、ワタシは速く、鋭く、相手の懐に飛びこんで瞬撃を放つ。
「「面ェェェェェんッ‼︎」」
お互いの面打ちが交錯する。
パシィィィィィンッ‼︎
それは、ほんのわずかな差だった――
メイの放った一撃はワタシの頭のすぐ横をかすめ、ワタシの放った一撃はメイの面をしっかりと捉えていた。
「ああん、負けちゃったぁ!」
メイは悔しそうに肩を落としていたけど、
「ヒミカセンパイ、ありがとうございました!」
最後に晴れやかな笑顔でそう言い残し、コートを去って行った。




