真夏のたそがれ③
コジマ 児嶋颯太
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「でもさ、クモコシ、最初野球部に入ってたんだろ?」
「そうそう。ミカ姐、昔から野球上手かったもんね!」
そんな空気を払拭しようと、2人は一生懸命にワタシを盛り立てようとしてくれる。
それがありがたくもあり、自己嫌悪感を募らせる要因でもある。
「ん……。でも、すぐやめちゃったけどね」
ワタシの口から出るのは空気の読めない言葉ばかり。だから余計に自己嫌悪。
ワタシは小学生のころ、地元のリトルリーグに所属して野球をしていた。ほとんどが男の子の中でワタシはエースで四番。力のこもったストレートで相手バッターをねじ伏せて、打つ方でもヒットを量産。チームは全国大会にも出場したし、テレビ局の人たちがワタシの取材に来て、夕方のニュースに取り上げられて全国放送デビューもした。
ツムとコジマも試合の度に応援に来てくれた。
『ミカ姐、スゴイ!』
『ヒミカちゃん、カッコいいよ!』
そう言われるのがうれしかった。ほこらしかった。
そのころのワタシはまさに無双状態。だけど、それはゲームとかでよくあるボーナス期間だったんだ、ってすぐに気づかされた。
中学に入ってワタシは迷うコトなく野球部に入部した。女子部員はワタシひとりだけだったけど、小学生の時みたいに男子と対等以上にやっていけると思ってた。
でも、現実はそんな甘くなかった……。
球威で抑えられていたはずのストレートは軽々と弾き返され、簡単にヒットを量産していたはずのバッティングも、前に転がすのがやっとだった。
しかも、そんなワタシに追い打ちをかけるようなタイミングで初潮が訪れた。
お前は女なんだ――
どんなに努力しても男には勝てないんだ――
そう宣告されたような気がして、ワタシは憂鬱と絶望のあまり泣いた。それはもう、大号泣。
別に男に生まれたかったワケじゃない。女であるコトが不満なワケでもない。ただワタシは"性"をまとうコトがイヤなだけ。
性別を得てしまうと、何をするにしてもソレが付きまとうから。"ワタシ"という人間を構成するモノのひとつとして、必ず付与される情報。
ワタシは性別を超越した存在でありたかった。自分の力だけで――能力でこの世界を渡り歩く、そんな特別な存在に。
だけどワタシは特別なんかじゃなかった――
そしてワタシは、1ヶ月で野球部をやめた。
ただ、その後に剣道部を選んだのは前述の通り。
シーコが――同性をも魅了してしまう凛とした美しさと、男性にも負けない身体能力を兼ね備えた特別な存在だったから。
手に入れたくても叶わなかったそのポジションに威風堂々居座る彼女は、まさしく絶対王者。
そんなシーコに一方的ライバル心を抱いたのは、なんてことはない、ただの嫉妬。
情けなくてどうしょうもない感情を発露させた挙げ句、ぐうの音も出ないくらいの徹底的な敗北をきっしたワタシの心は、その時完全に折れた。それはもう、完膚なきまでに粉々に。
そしたら何だかすべてがバカらしく思えて――
何をやってもムダに思えて――
ワタシはほとんど引きこもり状態になったんだ……
「……あ、そうだミカ姐! この前貸した小説の続き持ってきたよ」
最悪の空気の中、ツムがカバンの中から一冊の本を取り出す。
「お、クモコシってどんなの読んでんの?」
それをコジマがひったくる。
「……<乙女ちっく戦国策>?」
<乙女ちっく戦国策>――
それは、古代中国を舞台に天才美少女軍師のガクキがイケメン王子のために奮闘する、という内容の恋愛ファンタジー小説で、ツムがこの前熱心に薦めて貸してくれた。
ワタシは恋愛ものはまったく読んだコトなかったからどうかな、って思ったけど、これがけっこうおもしろい。
ただ、どちらかと言うとメインである恋愛要素よりも、女性であるガクキが男社会の中で対等以上に渡り歩いて奮闘している姿に憧れを感じるんだよね。
「恋愛ものかぁ。何かそういうガラじゃないよな」
コジマはそんなコトを言ってからかう。
「そんなことないッ!」
不意にツムがめずらしく大きな声をあげてコジマに抗議する。
「ガラじゃないなんて、そんなコトないよ! ソウちゃん、ミカ姐にちゃんとあやまって‼︎」
「あ……」
ツムに咎められたコジマは神妙な顔になって本をワタシの前に差し出すと、
「ゴメン……。オレ、無神経なコト言っちゃった」
妙にていねいな口調で謝罪する。
「いや、別に気にしてないよ。ワタシだってガラじゃないと思うし」
ホントにあやまられるほど気にしてなかったんだけど、ツムは呆れたようなため息をついて、
「ミカ姐もミカ姐だよ。カワイイんだからもっと自信持たなくちゃダメッ!」
立てた人差し指をこちらに向け、まるでいたずらっコをたしなめるような口調で、ワタシを咎める。
「あ、うん……ゴメン」
何でワタシまで責められるの、と思ったし、全然カワイくなんかないし、とも思ったけど、ツムはこう見えてけっこうガンコなトコがあるからここはワタシが折れるコトにする。
「はい、それじゃあこの件はこれでおしまい!」
パンッ、と手を打ち鳴らしてツムはニコリとほほえむ。こういう時のツムはホントにお母さんみたい……。