冬の不協和音③
12月8日――
それは、ワタシの誕生日――
だけどワタシは昨日風邪をひいてしまい、大事をとってこの日は学校を休んだ。
1年に一度の大切な日なのに、最悪だ。
ううん、もうどうでもイイや。
どうせ学校に行ったところで、ワタシの胸のモヤモヤとか、針が刺さったような心の痛みは消えないのだから。
昨日、薬を飲んですぐに寝たから、風邪の症状自体はほとんど治まっている。
だけど、体はだるくて頭も霧がかかったように重い。
今日1日、ずっとベッドに横になっていたのだから、仕方のないコトだ。
おもむろに机の上に目を向ける。そこある置き時計は、17時35分を表示していた。
――もう、こんな時間か……
なんか、1日を無駄に過ごしてしまったような気がして憂鬱になる。
そういえば、去年もこんな感じで時計を見ては気分が滅入っていたような気がする。
ワタシは結局、あのころから何も変わっていなかったんだ。変われたと思っていたのは、結局ただの思い上がりだった。
自分自身にもわからないモヤモヤとした感情に心を乱されて、ワタシがワタシじゃなくなくなっていくような感覚。
どうしようもなくイライラしているのに、なんでイライラしているのかさえわからない。
わからないから、何もできなくて、ただ無為に時間を消費する。
ワタシは、もう何度目かもわからないため息を吐き出す。
コンコンコン
と、部屋のドアがノックされると、
『ヒミカちゃん、ちょっといい?』
外からお母さんが呼びかける。
「……なぁに?」
相変わらずの乾いた声で返事をする。
「ツムギちゃんがお見舞いに来てくれたんだけど……今、大丈夫?」
――ツムが?
時間的に考えると、部活帰りにここへ寄ったのだろう。
ワタシは……すぐに返事ができなかった。
『……せっかく来てくれたんだから、少しくらい大丈夫だよね?』
ワタシの体調が回復してコトを知っているお母さんは、まるで駄々っ子をなだめるような口調で言う。
ホントは会いたくなかった。
会っても、どんな顔をすればイイのかわからないし、何を話せばイイのかわからないのだから。
だけど、ここで断ったとしても、どうせ学校に行けば顔を合わせるコトになる。
それなら……
「……開いてるから、入ってもらって」
ワタシはベッドに潜りこんだまま、そう告げる。
『わかった』
お母さんがそう言って間もなく、
コンコンコン
再びノック音が響く。
『入るね、ミカ姐』
ツムが外から呼びかけ、ドアが開かれる。
「大澤センパイから聞いたよ。風邪ひいちゃったんだって? 大丈夫?」
そう言いながら、ワタシが寝ているベッドの方へと近づくツム。
ワタシは何も答えない。
「ゴメンね、押しかけちゃって。まだ具合悪そうなのに。<MAIN>も返信なかったし」
ツムは申し訳なさそうに言う。
ワタシがずっと体を横に向けたまま何も答えないものだから、まだ風邪の症状がツラいのだ、と思ったのだろう。
もう、風邪そのものはほぼ治っているのに。<MAIN>だって、ワタシは意図してスルーしているのに。
そして訪れる沈黙。
ツムはそれでもワタシの前に立ち続け、ワタシが何か言うのを待っている。
ツムはいつだって優しいし、気づかいのできるイイコ。
それなのにワタシは……
胸が……胸の痛みがさらに増していく。
「……ツムはさ」
ようやく口を開いたワタシは、少しかすれた声で言葉をしぼり出した。
「なんで剣道はじめたの?」
「え? どうしたの、急に?」
戸惑うツム。
まあ、そりゃそうなるよね。
「そうだなぁ……いろいろあるけど、やっぱり強くなりたいっていうのが1番かなぁ」
少し考えてから、ツムが答える。
強くなりたい――
それは、以前にコジマが答えたものと同じ言葉だった。
そういえば、コジマが柔道をはじめたのも、ツムが剣道をはじめたのも、ほぼ同時期だ。
もしかしたら、2人はもうその時から付き合っていたのかな?
――ああ、モヤモヤする……
「強くなって……それでなんになるの?」
「え?」
ワタシが吐き出した言葉は、ツムをさらに戸惑わせる。
「剣道が強くたって、それで就職が有利になるワケじゃないし、将来の役に立つワケでもないのに。それなのに、なんでしんどい思いをしてまで強くなろうとするの?」
「ミカ姐……それ、本気で言ってるの?」
「本気だよ」
ワタシがそう言い捨てると、
「どうしたの、ミカ姐? 最近、らしくないよ!」
ツムがめずらしく感情をあらわにして叫ぶ。
胸のモヤモヤも心の痛みも、これまでにないくらいに強く感じながら、ワタシは体を起こし上げると、
「ワタシらしさ、って何? それって、そっちが勝手に押しつけてるだけでしょ? ツムにワタシの何がわかるって言うの⁉︎」
胸の中でぐるぐると渦巻く感情の荒波はついにあふれ出し、勢いのままにそれを爆発させてしまう。
ツムはハッと息を飲むと、悲しそうに目を伏せた。
こんなコト、言いたくなかった――
ツムを悲しませたくなかった――
だけど、もう手遅れ――
その後、気まずい空気のまま沈黙が続いていたけど、
「……ゴメン、帰るね」
今にも消えそうなか細い声でツムが言うと、手にカバンともうひとつ、大きめの紙袋を持って踵を返す。
そして、部屋のドアの前に立つともう一度振り返り、
「今日ってミカ姐の誕生日なんだよね? おめでとう。ホントはそれを言いに来たんだ……」
すぐにでも壊れてしまいそうな悲しい笑みを浮かべて祝福の言葉を述べると、そのまま部屋を後にした。
ツムは、ワタシの誕生日を覚えていてくれた――
こんな最悪な雰囲気の中でも、祝意を伝えてくれた――
切なくて――
苦しくて――
「……ゴメン、ツム」
自分自身でもどうにもならないもどかしい気持ちにさいなまれながら、ワタシは誰もいない部屋のドアの方に向けてそうつぶやいた。
12月8日――
それは、ワタシの誕生日――
最低最悪の誕生日――
そしてこの日、ワタシはひとつの決心をしたのだ。




