真夏のたそがれ②
ツム 真田紬
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ワタシは、はぁ、と憂鬱のため息をついて上半身を起こす。
トモっちとアッキーはまだ寝そべったままだ。疲れすぎてこのまま寝ちゃうんじゃないかな?
ワタシは隣の柔道部の方に目を向ける。
青い畳が敷かれたその場所には、10人くらいの柔道部員が談笑している。
柔道部も練習が終わったみたい。
ちなみに柔道部は、剣道部とは逆に今は男子部しか存在しない。
――ん?
輪になって話をしている柔道部員の中でひとりだけこちらを見ている男子がいて、不意にソイツと目が合った。
「……何ジロジロ見てんの。スケベ」
「は、はぁ⁉︎ み、見てねえよッ‼︎」
ワタシがからかうと、ソイツは――児嶋颯汰は大きく目を開けて全力で否定する。
そのあわてぶりがおかしくて、ワタシは思わず笑ってしまう。
「見てたじゃん」
「べ、別に見てたって言うか……。そっちの部長は誰かなって探してただけだって」
「部長探して何するつもりなの?」
「オレ、柔道部の部長になったからさ。一応お隣さんにあいさつしておこうかなって思って」
「え? スゴイじゃん、コジマ。部長になったんだ!」
ワタシは驚いた。
コジマもワタシの幼なじみで、小学生のころはツムもふくめた3人でよく遊んでいた。
そのころのコジマはワタシよりも背が低くてか細く、よくイジメられて泣いていたっけ。
そのコジマも、中学になってから急激に成長して、ワタシの身長をあっさりと抜き去って、体つきもひと回りもふた回りも大きく、筋肉質のガッチリした体つきになっていた。
今だって、誇らしげに黒帯なんか巻いちゃって。何だか複雑な気分……。
「え? 何々? ソウちゃん、部長になったの⁉︎」
不意にツムがワタシの肩に手をかけながら話に参加してくる。
まあな、と言ってコジマは得意げにふんぞり返る。
コイツ、ちょっと調子に乗ってるみたい。ワタシは少しイラッとした。
「そうだ、これからソウちゃんの部長就任祝いやろうよ。<今田屋>で!」
「え〜? わざわざコイツのために〜ぃ?」
「だってソウちゃん、すごくがんばってたんだよ! 祝ってあげようよ。ね、ミカ姐⁉︎」
ごねるワタシ。それを諭すツムはまるでお母さんみたい。
ちなみにツムはワタシのコトを昔と変わらず『ミカ姐』と呼ぶ。
「……わかったよ。じゃ、コジマ。この後<今田屋>ね。着替え終わったら校門で待ち合わせってコトで」
「マジで? おごってくれんの? ラッキーッ‼︎」
あ、コイツ、ホントに調子に乗ってる。
「アンタ、女の子におごらせんの?」
「え? だって、オレを祝ってくれるんだろ?」
「祝ってはやる。けど、おごるとは言ってない」
「何だよソレ。ずっり〜ぃッ!」
不満そうに口を尖らせるコジマを見て、ワタシは思わず笑ってしまった。それにつられるように、ツムもコジマも笑う。
その時だけ、ワタシは昔に戻ったような気になれた。
更衣室に向かう前、もう一度窓際の方に目を向ける。
シーコはさっきと変わらずそこにたたずんでいた。
その凛とした立ち姿を美しいと思ってしまったワタシは、そんな自分に嫌悪感を感じて大きくかぶりをふった。
<今田屋>は、伊勢崎市に数あるもんじゃ焼き専門店の中でも老舗中の老舗だ。
伊勢崎もんじゃは、何度かメディアでも取り上げられたことのあるご当地B級グルメ。その特徴は何と言っても味のバリエーション。
店舗によって異なるけど、通常のもんじゃ焼き具材にイチゴシロップを加えた<あま>――要は甘口。カレー粉を加えた<から>――要は辛口。その両方を加えた<あまから>――要は甘辛。大まかにそう分けられている。
小学生のころはよくこの3人で来ていたのに、ワタシは中学に入ってからここに来るのは今日が初めて。
それでも店主のおばちゃんはワタシのコトを覚えていてくれて、ひさしぶりだねって迎えてくれたのがうれしい。
「それじゃ、コジマの柔道部部長就任を祝して」
「「「かんぱーーーいッ!!!」」」
ワタシの音頭で3人そろってジュースを掲げて乾杯。そして、目の前の鉄板に刻んだキャベツともんじゃの具材を投下。慣れた手つきでキャベツと具材でドーナツ状の堤防を築いてその真ん中に汁を流しこむ。ちなみに今日の味付けは<あまから>。この時に量を見誤ると、堤防はあっという間に決壊してしまうから注意。汁にトロみが出たらそれを堤防になっている具材と混ぜる。そして空いた真ん中のスペースに汁を流しこむ。これの繰り返し。
汁を全部流しこんでもんじゃがいい感じに香ばしく焼き上がったら完成。
「「「いただきまーーーす!!!」」」
専用のヘラで削り取るようにすくいあげて、
パクリ
「う〜ん、おいしい! ひさしぶりに食べたけど、やっぱり最高ッ‼︎」
焼き上がったばかりの熱々のもんじゃは格別で、ワタシはそのおいしさに舌鼓を打つ。
「うん、味も最高だけどさ、やっぱヒミ……クモコシはもんじゃを焼くのだけはうまいよな」
「だけ、ってずいぶん失礼じゃない? ソウ……コジマのクセにそういうコト言うんだ」
コジマの失礼極まりない発言に断固抗議。
お互い昔の呼び方で名前を言いそうになったけど、何とかセーフ。
やっぱ恥ずかしいよね、名前で呼び合うのは。中学生ともなるとそういうコトであらぬ誤解を受けて下世話なウワサ話が立ったり、いろいろと面倒なコトになるし。
「いや、言葉のアヤってヤツだよ」
「まあ、今日は一応コジマが主役だし、許してやるよ」
そう言うと、コジマはホッとしたようにため息をつく。
「でも、この3人がそろうと昔を思い出すよねぇ」
どこか遠い目でツムがポツリと言う。
「だな。あのころはクモコシに連れられていろんなトコ行ってたよな。冒険とか言って」
「ねー。クワガタ取りしてたらハチに追いかけ回されたり、二中の旧校舎に忍びこんだら警備員の人と追いかけっこになったり、ホントにいろいろあったよね〜」
「あー、今思うとロクなコトしてないな、ワタシたち」
食事を楽しみながら昔話に花を咲かせる。
「昔はよくいじめられてたよね、わたしとソウちゃん。その度にミカ姐が助けに来てくれて」
「すごかったよな、クモコシ。男子相手に本気で殴り合ってボコボコにしてたよな。それでついたあだ名が<広瀬川の猛犬>‼︎」
広瀬川はワタシたちが通っていた広瀬川小学校のコト。つまりワタシは広瀬川小の危険人物って思われてたワケ。失礼しちゃうよね。
「やめてよ、そのあだ名。恥ずかしい」
「だよねぇ。ミカ姐、ネコ派だもんね〜」
「いや、うん……たしかにネコ好きだけどさ。ソレは今関係ないし」
思わず苦笑するワタシ。
う〜ん、相変わらずツムはほんわかというか天然というか……。でも、そういうところがホント、カワイイんだよね。
「でもミカ姐、ホントにカッコよかったよ。わたしのヒーローだもん」
ツムはそう言ってニコリとほほえみを向ける。
――ヒーロー……か
だけどそのヒーローは、今じゃもう完全に落ちこぼれ。見る影もないよね。
かつてはワタシの後ろをついて歩いていたツムとコジマだったけど、小学校高学年になったころ、ツムは剣道、コジマは柔道の道場にそれぞれ通い始めた。
その結果、ツムは中学1年でもう剣道部のレギュラーとして大活躍。コジマは柔道部部長の座にまで上りつめた。
それに引きかえ、ワタシときたらすっかりやる気をなくして開店休業中。
「……はぁ」
ワタシはテーブルの上に腕を置いて、そこに突っ伏すように頭を乗せると、思いっきり大きなため息を吐いた。
「どうしたの、ミカ姐?」
「何だよ、クモコシ。たそがれてんのか?」
「ん〜。何て言うかさ……ワタシだけ成長してないんだなって、思っただけ」
「……」
2人とも黙ってしまう。さっきまで昔話に花を咲かせて楽しく笑ってたはずなのに、急に重苦しい空気がワタシたちを包む。
はぁ……ホント、自己嫌悪。