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秋の遠征④

 いくらなんでも打たれすぎだ、とその日のお風呂で自分の右手首と両脇腹にジンジンと残る痛みを感じながら、ワタシは思った。


 だけど、その分だけワタシは強いヒトが放つ太刀筋をこの目に、この体に覚えこませるコトができた。

 それを忘れないうちにモノにするため、ジャージに着替えたワタシは外に出て自主練をしようと思った。


 食事と入浴を終えたワタシたち二中メンバーだったけど、ワタシ以外で今部屋にいるのは読書をしているシーコと、スマホ片手に談笑しているツムとメイだけだった。みんなすでに浴衣を着て完全リラックスモードだ。


 ――トモっちとアッキーがいないなぁ


 朝からいつもと様子が違った2人だったけど、結局同じような行動しているんだよね。


 2人のコトも気になるけど、とりあえずワタシは竹刀を持って、


「ちょっと外に出てくる」


 ツムたちにそう告げて部屋を後にした。


 そしてロビーに差しかかった時、


 ――あれ?


 隅のソファーに腰かけて、物憂げな視線を宙に漂わせているアッキーの姿を見かけた。


 どうしようかと迷ったけど、ワタシは彼女と少し話をしてみようと思い、そちらに向かった。


「ねえ、アッキー」

「……ああ、ヒミカですか」


 ワタシが呼びかけると、アッキーは軽く見上げて力ない声でつぶやく。


「今日ずっと元気ないけど、何かあった?」


 ワタシは彼女の隣に腰かけ、たずねてみる。

 アッキーは何も答えず、しばらくうなだれていたけど、


「私、勝ててないんですよ……」


 まるでひとりごとのようにそう言った。


「勝ててないって、試合?」

「それだけではありませんが……」


 アッキーはそう言ったきり口をつぐんでしまう。

 思い返してみると、たしかにアッキーは四中との練習試合の時も、秋の新人戦の時も勝っていない。とはいえ、まだ新体制になってから数ヶ月だし、そこまで気にするコトじゃないと思うんだけど。


「小学生の時なのですが」


 そんなコトを考えていると、不意にアッキーが静かに語り出した。


「同学年にスゴいコがいたんです。そのコはスポーツでも勉強でも常にトップで、明るくて誰からも好かれる人気者でした」

「へー、そんなコがいたんだ」


 たしか、アッキーもワタシと同じ広瀬川(ひろせがわ)小出身のはずだけど……そんなコ、いたっけ?


 なんてコト考えていると、アッキーがジト目でワタシを見つめてくる。


「え? 何?」


 ワタシが問うと、なぜかアッキーは、ハァとため息をつく。


「私はそのコにあこがれていました。自分もああなりたい。負けたくない、と。ですが、いつも勝てなかった。何をやっても、そのコに届くことはなかった。すごくツラくて、心が折れそうでした」


 ――ッ! それって……


 続いてアッキーが吐露したその言葉に、ワタシはハッとした。

 それはまさしく、ワタシがシーコに対して抱いていたものと同じ気持ちだった。


「わかる! スゴくわかるよ、アッキー!」


 ワタシは思わずアッキーの手を握りしめて、噛みしめるように言った。


「くやしいよね。やるせないよね。なんか、自分がどうしょうもなく無力でちっぽけに思えてきてさ。力の差をまざまざと思い知らされて、焦りばっかつのって」


 だけど、ワタシがそう力説すればする程にアッキーはキョトンとした顔で目をぱちくりさせ、そしてしまいにはプッと吹き出し、笑い出すのだった。


「え? ワタシ、なんかおかしなコト言った?」

「すみません、つい……」


 ワタシが首をかしげていると、アッキーは目尻に涙を溜めながら言った。


「本当にヒミカはおもしろい人ですね」

「えー? いきなりなんでそうなるの?」


 突然<おもしろい>認定されて、今度はワタシの方が目をぱちくりさせて戸惑ってしまう。


「実は私、剣道をやめようと思っていたのです」

「え?」


 フゥ、とため息をついてから、アッキーが衝撃の告白。


「そもそも私が剣道をはじめたのは、体力をつけるためと勉強に必要な集中力を養うためであって、剣道で強くなりたいとか、どうこうしたいとか具体的な目的があった訳ではありませんから」

「……」


 はじめて知るアッキーの気持ち。ワタシは、それを黙って聞くコトしかできない。


「親からも、そろそろ受験勉強に専念した方がいいんじゃないか、と言われました。私自身、将来弁護士になることを目指しているため、その方がいいと思っていました」

「そうなんだ……」


 気のない返事しかできなかった。

 アッキーがやめてしまうのはさみしいと思った。だけど、ワタシにはそれを止める権利なんてない。部活動――ましてや中学という義務教育期間での活動で、ムリ()いなんてできるはずもなかった。


 だけど……それでも、ワタシはアッキーに残って欲しかった。ワタシの――ワタシとシーコの目標である<優勝>を果たすためには、今いるメンバーの誰にも欠けて欲しくない。


 それはワガママだ。独善的だ。

 でも、それでもイイ。せっかくここまで一緒にがんばってきたんだから。


「……ねえ、アッキー。もう一度だけ――」


 もう一度だけがんばってみない?

 そう言いかけた時――


「でも、もう一度だけがんばってみることにしました」

「そうそう、もう一度がんばろって……ええっ⁉︎」


 まさに同じ言葉を先にアッキーが口にするとは思わず、ワタシは驚きのあまり飛び上がってしまう。


「今日もヒミカ、強い人相手に自分から立ち向かっていきましたよね? 何度も何度も打ちこまれて。それでもずっと前だけを見て、最後まで戦い続けた。それを見て、私はまだ何もしていなかったな、と実感させられました。だから……私も最後まで戦うことに決めました」


 そう言うとアッキーは立ち上がり、


「話を聞いてくれてありがとうございました、ヒミカ。私、少なくとも勉強では負けませんから!」


 満面の笑顔でそう言うと、かけ足でその場を去って行った。


「えっと……とりあえず、やめないってコトでイイのかな?」


 そこにひとり残されたワタシは、状況がよく飲みこめなくて首をかしげる。


 特に何かしたワケじゃなかったけど、少なくとも元気になったみたいだし、これでイイのかな?

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